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第43話 農商都市ヘルムント

 都市セーレを出立してから、8日。

 予定より随分と早く、農商都市ヘルムントにたどり着いた。

 

 情報収集のために立ち寄ることにした農商都市ヘルムントは、ある意味では、ハインツエルン王国の首都である王都シュテート以上の大都市だ。

 

 農業と林業、それに水産が主産業と聞いて、何となく牧歌的な国だと思っていたけれど、そんなことはなかった。

 いや、旅の途中遠目に見た農耕風景はイメージ通りだったのだ。

 

 だが、ヘルムントは違う。

 自然の恵みを利用した天然農法を(おこな)っている農場だけではなく、魔術や魔道具を利用した農業プラントも櫛比(しっぴ)しており、正に近代農業――いや、SF農業だ。

 

 さらには、それを加工する工場が建ち並び、それらを仕入れる商人たちが多く出入りをしている。

 

 また、ハインツエルン王国経由内で作られた作物は、物税で納める物を除いて殆ど現金化されるが、それも多くはここヘルムントで行われる。

 ここで現金化し、生活必需品や、食料を購入するのだ。

 

 多くの市民にとっては、王都より身近な大都市というわけだ。

 

 

 俺とイリスは冒険者であり、審査のみで入街税は取られない。

 さらに、ヤスナも冒険者登録をしており、冒険者カードを所持しているので、彼女も問題ない。ちなみにDランクだそうだ。

 何故(なぜ)持っているのかというと、「隠密(おとめ)の嗜み」だそうだ。

 

 ということで、問題となるのはマリナさんだけだ。

 教会のシスターであることや、公爵令嬢であることはもちろん明かせない。

 

 その為、マリナさんだけは仮身分証を発行しそれを使用することになった。

 

 仮身分証の発行の仕組みは、都市セーレと然程(さほど)変わらない。

 

 流石(さすが)に偽名を使用することはできないが、フルネームを記載せず名前だけの記述でも、腕輪の認証を通過できるようで、マリナさんはマリナ・デルリオではなく、ただのマリナとして身分証を作成した。

 

 建前としては、冒険者見習い。

 この街で、冒険者登録をする予定だということにしてある。

 

 そもそも、面倒がないようにこのまま冒険者登録を済ませてしまう予定だ。

 

 活動しなければ、失効してしまう類いの物だし、貴族が登録してはいけないという不文律もないようだ。

 

「久しぶりの人里ですね」

 

 と、マリナさんが声を弾ませる。

 俺とヤスナ、それにシンシアはフーリーンに立ち寄っているが、イリスとマリナさんは馬車の中で待機だった。

 彼女にとっては、久々の街というわけだ。

 

「これは、凄いな……」

「ヘルムントは元々、ハインツエルン王国内で消費される食料を生産する街だったんですよ。

 なので、当然お値段控えめで販売されていたのですが、そこに目をつけた商人がそれを仕入れて、安価なハインツエルン王国産の品物として売り出したところ好評だったため、今は新たな収入源となってるんですよ! 凄いですよねっ!?」

 

 流石(さすが)に、情報収集が得意と言うだけあって、各国の事情に詳しいな。

 ある程度有名な話ではあるのだろうけど。

 

「そんなことをしたら、高い品物が売れなくなるのでは?」

 

 イリスの質問に、ヤスナは(かぶり)をふる。

 

「いえいえ、高級品は高級品。やはり質が違いますし、高級品を買う層がわざわざ廉価品に流れるようなことはありませんよ」

 

「ある程度保護してやらないと、今度は自国民が大変なことになりそうだな」

 

 廉価品を国民が買うことができなくなって、単価の高い高級品を自前で消費し始めたりしたら本末転倒だろう。

 

「当然、生産量は増えていますよ? ヘルムント式農業のいい部分は、人手が余りかからないってところですからね。作ることができる作物に色々制限があるそうですが……」

 

 なるほど、売る分を追加で生産しているのか。

 それなら、ある程度は安心か。

 

 地竜であるアスドラは、街の中まで入ることはできないらしく、外の畜舎に料金を支払って馬車ごと預けることになった。

 

 ここからは、徒歩で移動するか、乗合馬車か、辻馬車に乗って移動するしかない。

 

 乗合馬車が所謂、バス。

 辻馬車が、タクシーだ。

 

 流石(さすが)に外周区の農園地帯を徒歩で移動するわけにもいかないため、乗合馬車に乗ることにする。辻馬車でも良かったが……

 

「乗合馬車! 初めてです!」

 

 と、マリナさんが大喜びしているので、乗合馬車に乗ることになった。

 

 これは、単にマリナさんが世間知らずというわけではない。公爵令嬢でもあるマリナさんが庶民文化に触れることになったのは、都市セーレの教会に入ってからであり、都市セーレ内は一部地域を除いて馬車が禁止されており、速度制限も厳しく乗合馬車が存在しない為だ。

 

 かく言う俺も、乗合馬車は始めてだしな。

 ……まぁ、それは当たり前か。

 

 乗合馬車は10人乗りで、大きな馬2頭に引かせるようだ。

 街の入り口はそこそこ混み合っているが、当然、全員が乗合馬車に乗るわけではない。

 

 しかし、先客は9人。

 女性のみの冒険者パーティ4人と、男性のみの冒険者パーティ5人だ。

 

「あらら、こりゃあ、無理そうだな……」

「ですね……次の乗合馬車がいつになるのかわかりませんし、ここは大人しく辻馬車にしましょうか?」

 

 と、諦めモードの俺たちに女性グループの一人が話しかけてきた。

 

「いやいや、待ってれば、もう一台来るよ?

 っと、ほら来た」

 

 彼女の言う通り、先にある乗合馬車と同じ形の馬車がもう一台やってきた。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして。頑張りなよ、若人(わこうど)たち!」

 

 そう言って、彼女たちの馬車は先に出発していった。

 

「さて、乗るか」

「はい」

 

 そうして、俺たちは馬車に乗り込んだ。

 ――が、結局出発までの間に俺たち以外の乗客は現れなかった。

 

「これじゃあ、辻馬車でも変わらなかったな」

「馬車停で新しく乗客が乗ってくる可能性もありますから、完全に一緒というわけではありません」

 

 と、マリナさんは言うけど、乗ってこない気がするんだよなぁ。

 俺たちが乗っていくのは、農園やらプラントが続いている区域を抜けて、人々が生活をしている街の中心に入ったあたりまでの予定だ。

 ちなみに、時刻はまだ午前中だ。

 この時間帯に農場にいる人はまだまだ仕事をしているはずで、途中乗車で乗合馬車には乗ってこないと思うんだ。

 

「ハインツエルン王国には、余り冒険者はいないと聞いておりましたが、街の入り口でいきなり9人も出会うとは思っておりませんでした」

「それは多分、腰を据えて拠点にしている冒険者が少ないだけで、この街に買物に来る商人の護衛としてなら、それなりの数がいるんじゃあないのか?」

「はい。キョーヤさんの言う通りですね。

 片道だけの依頼で受けて、復路は別な商隊と契約することが多いようです。それもあってか、滞在している冒険者の数こそは多いですが、定住している冒険者となるとやはり少ないようですね」

 

 ガタゴトと馬車に揺られること一時間半。

 ようやく、俺たちはヘルムントの中心、市街区にたどり着いた。

 市街区には農園やプラント、加工工場などはなく、加えて大きな倉庫を持つような大量な商品を扱う問屋等も存在しない。

 

 あるのは、住宅や、市民が利用するような小さな商店やレストラン。

 各種ギルドの支部や、教会等だ。

 

「じゃあ、まずは冒険者ギルドに()って、マリナさんの冒険者登録を済ませてしまいましょう」

「はい! まさか、(わたくし)が冒険者登録をする日が来るとは思っておりませんでした! これで、(わたくし)も迷宮に入ることができるようになるのですね!」

 

 嬉しそうで何よりだ。

 

「迷宮に入るだけなら、コネを使って騎士やら宮廷魔術師になった方が早いんじゃないのか?」

「出家はしておりませんが、(わたくし)は教会のシスターですから……嫁ぐまでは、教会に身を寄せ続ける必要があります。

 貴族が冒険者の身分を得るのは何の問題もありませんが、出家したシスターが俗世の事情に係わること――冒険者登録をすることは余り良いこととはされていません。

 御存じの通り(わたくし)は特殊なシスターですから、他のシスターほど問題にはならないのですが……こういった機会に恵まれない限りは不文律を守るつもりでした」

 

 何と言うか、こうして旅に出たせいで、マリナさんに「冒険癖」が付いてしまったような気がするな。

 迷宮探索など、冒険の最たるものだしなぁ。

 

「(キョーヤさん、キョーヤさん)」

 ヤスナが小声で話しかけてくる。

「(どうした?)」

「(キョーヤさんが何か誤解をしていそうなので、念のためお話ししておきますが、マリナ様は教会に入られてからはなりを潜めていましたが、元はかなりお転婆だったのですよ……アンナロッテ様とともに、よく護衛の者を泣かせていました)」

 

 第三王女もお転婆姫なのか。

 護衛泣かせという意味では、今もこうしてヤスナを泣かせているわけだしなぁ。

 

 ちらっと、「自業自得」という単語が思い浮かんだが、何とか消し去ることに成功する。

 

「お二人とも、こそこそとどうされたのですか?」

「いっ、いえ、何でもありませんよ! では、さっさと冒険者ギルドに向かいましょう!」

 

 良い情報を教えてもらったのだ、ここは助け船を出してやろう。

 

「そうだな、冒険者ギルドはこの近くだそうだから、さっさと向かおう」

 

 

 

 †

 

 

 

 ケットシーの看板が目印の冒険者ギルド。

 その点は都市セーレと変わらないが、建物の規模も職員の数も全然違う。

 

 都市セーレの冒険者ギルドが本局郵便局なら、ヘルムントは出張所というくらいの違いがある。

 掲示板と窓口だけは存在しており、辛うじて冒険者ギルドとしての(てい)をなしているに過ぎず、修練場や治療院などは存在しないようだ。

 

 ただし、掲示板には全くといっていいほど依頼書の掲示はない。

 商隊護衛はもっぱらCランク以上の依頼なので、貼り出されてないのだろう。

 

 貼り出されているのは、ハインツエルン王国内での護衛依頼(Dランク)と、定番の薬草採集依頼のようだ。

 確かに、ハインツエルン王国内であれば魔物に遭遇する確率はほぼゼロに等しいため、妥当かもしれない。

 

 当然、先客など誰もいない。

 いるとしたら、酒場の方だろう。

 

「すみません、冒険者登録をしたいのですが」

「はい、ありがとうございます。登録されるのは、ここにいる皆様全員でしょうか?」

「いえ、(わたくし)だけです」

 

 と、その後は定型的なギルドの説明が続き、木製の仮証が発行される。

 これで、晴れてGランク冒険者ではあるのだが、早い内に一回依頼を達成し、本登録しなければならない。

 

「彼女を本登録させるにあたって、何かちょうどいい依頼などありますか?」

「そうですねぇ、この街の冒険者ギルドは御覧の通り、護衛依頼ばかりでして……ギルドからの常時依頼として、薬草の採集依頼はありますが、このあたりでは回復の薬草(ヒポクネ草)も、毒消し草(デヤクト草)も採取できませんから……」

 

 そういえば、あの森に飛ばされたばかりの頃、ヒポクネ草を()んでそのままアイテムボックスに入れっぱなしだったな。

 

「ちょっとズル臭いけど……」

 

 と前置きして、ヒポクネ草を取り出す。

 

「いえ、こちらとしてはどんな手段であっても依頼を達成していただければ、それでいいので……」

 

 それもどうなんだ? と、思うけど……「いい」と言ってくれるなら、問題なしということにしておこう。

 何かの役に立つかも? とは思ったが、こういう風に役に立つとはなぁ。

 

「トウドウ様、ありがとうございます」

「まぁ、必要経費って奴だな」

 

 元手はゼロだけどね。

 

「それでは、マリナ様のカードを本登録の物に切り替えますので、少々お待ちください」

 

 ――と、こうして、マリナさんは無事冒険者デビューを果たしたのだった。

 

 

 

 

 

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