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第42話 旅路は順調。ならば模擬戦だ

 マリナ視点でお送りいたします。

 獣人国とはうって変わって、ハインツエルン王国内の旅路は順調すぎるほどに順調と言えます。

 

 魔物と出会うことも、盗賊の類いに出くわすことも、今のところ一切ありません。

 

 その為、昼食時には一時的に馬車を止めて、休憩をとっています。

 

 獣人国ほどの悪路ではありませんが、それでも長時間馬車に乗っているとお尻が痛くなってしまいますので、こうした休憩はとても有り難いです。

 

 今日の昼食は、いつの間にかトウドウ様が作ってくださっていた、サンドイッチです。

 具は、塩漬けの肉を朝の内に美味(おい)しく料理したものが挟まれています。

 

 しかし、このパンは都市セーレで人気のベーカリーレストラン、石臼屋のパンに似ている気がするのですが……

 

 まぁ、魔法の鞄とはいえ、セーレを出てそろそろ一週間以上()って、ここまでの美味(おい)しさを保つのは難しいでしょうし、気のせいかも知れませんが……

 

 気のせいでないのなら、一体このパンは、どうされたのでしょうか?

 謎が深まります。

 

 トウドウ様が独自で持っていらっしゃる、長期保存方法があるのかも知れませんね。

 教えていただけるかはわりませんが……また今度、聞いてみることにしましょう。

 

 

「あー、余裕すぎですねぇ。腕がなまらないか不安ですよ!」

 

 と、ヤスナがぼやきます。

 ああ、そんなことを言ってしまうと……

 

「何なら、ちょっと相手をしてやろうか?」

 

 案の定の提案に、ヤスナは顔を引きつらせます。

 トウドウ様は100%親切心なのでしょうが……

 

「げ……ゲルベルン王国にたどり着く前に、怪我(けが)をしたら元も子もないですから……」

「あら? 死んでさえいなければ、(わたくし)の【神聖魔術】で完璧に治して差し上げますけど?」

 

 と、(わたくし)もイタズラ心を発揮し提案します。

 

「だ、そうだぞ? イリスも一緒にどうだ?」

「是非、お願いします!」

 

 イリス様は即答でした。

 彼女はトウドウ様を慕っている……と申しますか、崇拝している所がありますから仕方がないのかも知れませんが。

 

「にっ2対1なら……何とかなるかもです……」

 

 と、ヤスナが苦し紛れに言っていますが、トウドウ様がそんなに甘い方かどうか……

 

 

 

 

「みなさーん、がんばってくださいねー」

 

 と(わたくし)の応援が響く中、トウドウ様とイリス様ヤスナペアは正面から対峙(たいじ)しています。

 

 ヤスナにハンデを請われて、快くそれを受け入れたトウドウ様は、突貫で作り上げたハンデ用の装備を着用しています。

 

 何でも、『鉄下駄(てつげた)』というモノだそうです。

 

 魔法の鞄から、大量の(やり)の穂先を取り出してぱぱっと作り上げてしまいました。

 【錬金】もお使いになることができるなんて……段々と驚くことがなくなってきている自分が恐ろしい気がします。

 これが、慣れというものなのでしょうか?

 

 できあがった、『鉄下駄(てつげた)』を見てトウドウ様が何やら驚いていたようですが、一体どうされたのでしょうか?

 

「じゃあ、いきますよ!」

「胸をお借りします!」

「どっからでも、かかってこい!」

 

 先に動き出したのは、ヤスナ。それに続いてイリス様でした。

 

 ヤスナが【韋駄天(いだてん)】を発動させ、イリス様は自身の身体能力だけでそれに追従し、二人で対になってトウドウ様に躍りかかります。

 

 対してトウドウ様は、その場から一歩も動くことなく直線的なヤスナの攻撃をはじき、上体を反らしてイリス様の攻撃を(かわ)します。

 

 通常、ヤスナと戦うなら、距離を取って絶対に近寄らせないようにする必要があります。

 彼女には、【影魔術】の『影縫い』があるのですから。

 

 先ほどのお二人の攻撃も、それ自体はどちらも本命ではありません。

 案の定、トウドウ様はヤスナの影縛りに捕らわれ、動きが止まってしまいました。

 

 ですが、恐らくアレはわざと受けたのでしょう。

 

 呪縛に捕らわれたと疑っていない二人が、トウドウ様に躍りかかります。

 

「主様! お覚悟!」

「もらいました!」

 

 二人の同時攻撃がトウドウ様に届く瞬間――

 

 トウドウ様の周りに炎の壁が立ち上ります。

 

 二人に怪我(けが)をさせないように威力は抑えられているようですが、トウドウ様が本気であったのなら、この時点で二人は終わってしまっていたでしょう。

 

 あら?

 いつの間にか、トウドウ様は動けるようになったみたいですね。

 

 なるほど、あの炎は二人を牽制(けんせい)するだけではなく、一度自分の影を消し【影縫い】を打ち消す為でもあったということですか……

 あんな方法で、ヤスナの十八番(おはこ)を打ち破るとは……

 

 魔物との戦闘を見る限り、あれこそがヤスナの必勝パターンなのでしょう。

 必勝パターンを潰されたヤスナがどう対処するのか、楽しみです。

 

 以前聞いたお話によると、隠密(おんみつ)は、同じ相手に何度も同じ技を見せることはないそうです。

 

「必ず殺す技がひとつあれば、次に同じ相手と出会うことはない」

 

 というのは、誰の言葉でしたか……

 

 ともあれ、ヤスナの攻撃が完璧に防がれることは、彼女にとって予期せぬ事態の(はず)です。

 ですので――

 

「やあああ!」

 

 先に立ち直ったのはイリス様でした。

 裂帛(れっぱく)の気合とともに、放たれた袈裟(けさ)斬り。しかし、その斬撃がトウドウ様に届くことはありませんでした。

 

 傍目(はため)には一歩も動いているようには見えません。ですが、地面に付いた鉄下駄(てつげた)の痕を見れば一目瞭然です。

 いつの間に動いたのでしょうか?

 私に武道の心得がないからかと思いましたが、間近で見たイリス様も目を見開き驚いているので、恐らく彼女にもわらなかったのでしょう。

 

「ちょっと間合いを外されると、どうしようもなくなるような攻撃をしていると危ないぞ?」

 

 とダメ出ししつつ、すれ違いざまに刀の柄頭でコツンとイリス様の肩を(たた)くと、攻撃を外されバランスを崩していたのが災いしたのか、5ヤークト(5メートル)ほど吹き飛ばされてしまいます。

 

「まだまだ! いきますよ!」

 

 と、ようやく再起動を果たしたヤスナが投擲(とうてき)用のピックを投げつけます。

 真っ()ぐに飛んでいくのが1本、トウドウ様の死角を付くように投げつけられたのが2本。

 

 意識の隙間を縫うように、着弾時間を操作した(いや)らしい投擲(とうてき)です。

 

 放っておくと一番最初に着弾するのは、真っ()ぐに向かっていくピックでしょう。

 

 刀を抜き、キィンという金属音とともにピックを(はじ)きます。

 (はじ)かれたピックは、死角から飛んでくるピックに吸い込まれるようにして飛んでいき、次々とピックをたたき落としてしまいました。

 

「んなばかな!」

 

 と、ヤスナは物語の悪役のような……しかし、(わたくし)の言葉を代弁するような叫び声をあげます。

 

「まぁ、これくらいはな」

 

 と、刀を肩に担ぎ、気軽そうに言っていますが、素人目に見ても(すき)だらけのトウドウ様相手に、肩を押さえているイリス様は元より、ヤスナも打ち込むことができないようです。

 

 後で不思議に思って聞いてみましたところ、「(すき)だらけに見えて、どこからどう攻めても真っ二つにされる未来しか見えなかった」とのことでした。

 武術は奥が深いですね。

 

 

「これならどうですか!?」

 

 と、【韋駄天(いだてん)】を発動したヤスナがトウドウ様に突っ込んでいきます。

 これでは、先ほどの焼き直しです。

 

 ですが、今はトウドウ様の剣は抜き放たれており、

「避けろよ? ――『飛刀』!」

 と、飛ぶ斬撃がヤスナに向かって放たれます。

 

 斬撃は本来目に見ることはできません。ですが……(かわ)しやすいようにとの配慮なのでしょうか? 今し方放たれた『飛刀』は、地面を斬り裂きながら飛んでいきますので、それを元に目で追うことができますし、ふだん戦闘で使われているものと比べると随分と遅いようです。

 ふだんは詠唱せずに発動させているトウドウ様が、詠唱をした時点で手加減をされているというのが、ありありとみて取れますが。

 

 そんな(わたくし)の目でも見ることができる斬撃は、そのままヤスナに直撃してしまいました。

 

「ヤスナっ!?」

 

 思わず、声を上げてしまいましたが、『飛刀』が直撃した(はず)のヤスナは、まるで(かすみ)のように虚空に消えてしまいました。

 

「『影人形』を身代わりにしてみました! これなら……」

 

 と、トウドウ様の背中に回ったヤスナが短剣を突き立てます。

 といっても、寸止めするつもりだったのでしょうが……

 

 どちらにせよ、それが(かな)うことはありませんでした。

 

「まぁ。【影魔術】を使うことができるのは、ヤスナだけじゃないってことだな」

 

 と、更にヤスナの後ろに回ったトウドウ様が、イリス様にしたのと同様に肩に向かって柄頭を(たた)きつけ、ヤスナを(はじ)き飛ばしてしまいました。

 

 

 勝負あり。

 

 と言った所でしょうか?

 

 あのお二人を相手にして、ここまで余裕の状態で立ち回れるとは……

 

 我が国にトウドウ様のような方がいてくれたのなら……

 いえ、それをいっても詮無きことですね。

 

 

 

 

「いてて、もう少し優しく降伏勧告するなりしてくださいよ……」

 

 と、ぼやくヤスナに、回復魔術をかけていきます。

 

「ひふみ よいむなや こともちろらね」

 

 【神聖魔術】は他の魔術とは違い、祝詞や、歌などを奉納し、神様にお願いして奇跡を起こしていただく魔術ですので、発動のさせ方も独特です。

 自分ではなく誰かにお願いして発動するという点は、【精霊魔術】に近いでしょうか?

 

 神聖魔法は、この「ひふみ歌」を奉納することで発動できます。

 何節奉納したかで、効果が変わってきます。

 

 この程度であれば1節でも十分だとは思いますが、かなり勢いよく吹き飛んでいましたので、念には念を入れて、3節での回復です。

 

 また、回復力は【光魔術】などよりも断然上ですが、【神聖魔術】の回復魔術を使用するには、本来は歌の奉納の他に触媒として聖水が必要となります。

 ですが、私は女神の巫女(みこ)の力を使い、触媒を使用せずとも回復魔術を使用できます。

 ちょっと、ズルをしているような気になってきますが、女神の巫女(みこ)としての苦労と合わせると帳消しでしょう。

 

「イリス様は本当に必要ないのですか?」

 

 ヤスナより先に回復させていただこうとしたのですが、断られてしまいました。

 

「ええ、これくらい何ともありません」

「結構強く打ったからな……(あざ)になったら大変だし、回復してやるよ」

 

 という、トウドウ様の台詞(せりふ)に、耳がピンと立ったのを見逃す(わたくし)ではありません。

 ふだんの口調やら様子やらは、正に女戦士、女騎士といった感じですのに、こういった所はわかりやすい方ですね。

 

 ですが、何故(なぜ)かイラッとしましたので、

 

「ひふみ よいむなや」

 

 と、問答無用で回復魔術をかけてしまいました。

 

「ああっ!?」

 

 と、恨めしそうに(わたくし)を見やるイリス様。

 

 トウドウ様はというと、

 

「マリナさん、ありがとうございます。やはり、本職は違いますね」

 

 とあっけらかんとしたものです。

 こうして面と向かって褒められるのは慣れていますが、トウドウ様のような実力を兼ね備えた方に褒められると、喜びが大きいですね。

 おべっかでは無さそうなところも、高評価です。

 

「ありがとうございます」

 

 と、表面上は照れずに言えたことを、自分で自分を褒めてあげたいと思います。

 

 

 

 

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