第40話 国境越えに向けての作戦
そうして向かった先は、背丈の倍ほどもある大きな石の麓だった。
魔力が濃い魔物の領域はどこかどんよりとした雰囲気があるが、それが薄いこの場所はまさに「ほっと一息」つくには丁度いい場所といえる。
とはいえ、魔物が一切寄ってこないというわけでもないので、注意は必要だが。
今日の昼食は、昨日ヤスナと一緒にお土産代わりに購入してきた、フーリーン産の焼き菓子と、フルーツだ。
昼食というよりおやつみたいだが、食べ盛りの男子高校生である俺と、日増しに摂取カロリーを増やし続けているヤスナ以外の二人は燃費がいいため、これで十分といえる。
「すみません、何もかも主様にお任せして……」
「いやいや、イリスこそこうして皿の準備をしたりしてくれているし、マリナさんたちもアスドラに水をやったりしてくれているじゃあないか」
「いえ、移動中のお話しも含めてです。移動も哨戒もすべて主様にお任せしている状態ではありませんか……こうした休憩のときくらいお休みいただかないと……」
なるほど、ここでの休憩を提案したのは、俺のためだったのか。
でもなぁ、実際、頑張っているのは大体シンシアだからな。
そのシンシアにしても、片手間にやっているというか、半分以上は『発見即消滅』状態だし、移動はアスドラが賢すぎてぶっちゃけ御者台に座ってるだけだし……
ちなみに、そのシンシアは現在省エネモードで俺の肩の上に乗っている状態だ。
移動中は半顕現状態とでもいうのか、「俺の魔力を受け取って力は扱えるけど、他人には姿を見ることができない」といった状態で、索敵やら雑魚散らしを行っていた。
索敵も必要ないし、アスドラも【調教】スキルに関係なく俺に従っている状態だし、俺も座席に座ればいいんじゃないかという話になるかもしれないが、俺が御者台にいないと、アスドラが寂しがるので結局御者台に座り続けている。
天候が崩れたら、流石に中に入るつもりだが、今のところそんな素振りもない。
「ありがとうな」
「いっ、いえ……」
気遣いが素直に嬉しくて礼を言うと、照れてしまったのか、俯いてごにょごにょ言うだけになってしまった。
「まぁ、イリスが楽をできるのは今の内だけだ。ここから先は、イリスにもビシバシ働いてもらうからな」
「はい! 鼻には自信がありますから!」
警察犬みたいに第三王女の持ち物の匂いを辿るとか、そんな感じで探すつもりじゃないだろうな……
それはそれで凄い気がするけど、なんか急に不安になってくるな。
「アスドラのお世話、終わりました!」
と、マリナさんとヤスナが戻ってくる。
「こっちも準備はできてるからな、さっさと食べてしまおう」
「はい、わかりました」
机もテーブルもなく、適当に石を取りのぞいた地面の上にゴザを敷いてあるだけだ。
皿やコップは、その上に直接置かれている状態だ。
フルーツは大皿にどかっと盛りつけられ中央に置かれており、水と焼き菓子は取り分けられ各人にいき渡らせている。
よくいえば、ピクニック、運動会状態だ。
全員で「いただきます」をした後、食事が始まる。
「食事をしながら、今後の予定を確認しておこう」
「はい」
「はいっ!」
「承知いたしました」
「ミレハイム王国から獣人国へ移動するときと違い、ハインツエルン王国へ移動する場合は、ドーベラン洞窟を通る必要があり、実質的には密入国は不可能……だったか」
「はい。ついでにいえば、ハインツエルン王国とゲルベルン王国の間に、入る際も誤魔化すことはほとんど不可能です」
ハインツエルン王国とゲルベルン王国の間には、万里の長城のような壁が建っておりこちらも密入国はほとんど不可能という状態だ。
「身分証明がないと流石に国境を越えることはできません。冒険者であるお二人は問題ありませんが、アタシたちをどうするかですね」
「あの影に潜るやつで何とかならないのか?」
「あれは、影同士が繋がっている必要があるなど、制限が厳しく……アタシ一人で移動するならともかく、マリナ様を連れての移動はほぼ不可能なんですよ」
俺も一緒に【影魔術】を使えば何とかなる気がするが……
ヤスナの知識と経験は俺の中にもあるわけだし。
もちろん、元々都市セーレを出る前に作戦は考えてあるのだが、あのときとは違い俺がヤスナの【影魔術】を知っているとか細かい条件が変わってきているからな。
念のための確認だ。
その作戦というのが……
「奴隷魔術を使って、奴隷として移動する……ねぇ。そりゃあ、かけた本人なら解除も簡単だけど、正直気は進まないなぁ……」
「《ねぇ?》」
「どうした、シンシア」
「《誰にもバレないように、マリナとヤスナを運べばいいの?》」
「まぁ、そうだな」
「《私がやって上げようか?》」
「できるのか?」
「《ええ、そこの二人を送るくらいなら、時空属性の力を使えば簡単よ。空間を跳躍して運んで上げるわ》」
「あれ? じゃあ、こうして旅をしている意味ってないんじゃないか?」
「《そんなことはないわよ。恭弥は飛ばせないし、行ったことのない場所にも飛ばせないもの》」
「え、契約者は飛ばせないとかそんなのあるのか?」
「《正確にいうと、恭弥の存在格が大きすぎて、移動させると色々と大変なことになるのよ。精霊と妖精の国に転移できたのも、あそこが次元の違う空間だからだし》」
「すまない、ちょっと意味がわからないんだけど……」
「《そうねぇ、普通の人を転移させるのは、いってみれば水滴一粒、砂の一粒を移動させる程度のことでしかなくて、世界的に見ても大した変化じゃないのよ。だけど、恭弥を移動させるのは、海や大陸をごそっと移動させるようなものなのよ。もちろん、こうして普通に移動している分にはほとんど影響はないけどね。っていうか、恭弥の存在格は下手したら私より上かも? ってレベルだから》」
地盤がぶつかって徐々にエベレストができたなら大した影響はないけど、同じ距離を一秒で縮めたとかだと、何が起こるかわからないレベルで影響があるとかそんな感じか?
「そんな便利そうな、能力がありながら使えないなんて……」
何というがっかりさだ……
「《まぁ、恭弥もアタシみたいに存在格を自由に操れるようになれば移動できるわよ》」
そう言いながら、省エネモードの二頭身ボディを指さす。
俺に二頭身手乗り状態になれと?
まぁ、そもそもやり方の見当すら付かないけどね。
っと、いけないいけない。
シンシアの姿は消えたままなので、他のメンバーが置いてけぼり状態だ。
取りあえず、俺の存在格云々の話はぼかしつつ、シンシアの時空属性の力で飛ばせるという話をする。
奴隷契約して無理矢理通過する作戦だが、実のところ成功率100%とはいえない。
ミレハイム王国からやってきたCランク冒険者二人が、「我々の所有物であり、獣人国で購入した奴隷であるため、身分証などは存在しない」と言えば、慣習的にいって問題なく通ることができるというだけの、何ともずさんなものだ。
国境警備の兵士が熱心であった場合は、うっかりバレてしまう可能性すらあるのだ。
ここは、確実な方法をとりたい。
「時空属性の精霊……? トウドウ様、あなたは一体……?」
「気になるところはそこですか?」
「……精霊契約は、適正がある属性の精霊としか契約できないそうですが……キョーヤさんは、時空魔術を使うことはできるんですか?」
あれ? ヤスナは、こういうときつっこんで聞いてこないタイプだと思ったが……
「いや、使えない。けど、適正があるならいずれは使えるようになるかもな?」
「キョーヤさん。アンナロッテ第三王女は、時空属性の魔術が使用できたため、今回のような事件に巻き込まれました。ということは、この力がバレれば、キョーヤさんにも同じような人災が降りかかる可能性があるということです」
それは、何とも面倒なことだな……
精霊と同じことができるとは限らないが、瞬間移動の力だけでも、いきなり暗殺者を送り込んだり、物資を輸送したりと、権力者にとってわかりやすく脅威だからな。
「じゃあ、知らないことにしておいてくれ。幸い、ここにいる連中しか知らないからな」
イリス……二人を威嚇しなくても恐らく大丈夫だと思うぞ?
「はい、それはもちろん。殊更に言いふらすつもりもありません」
「《キョーヤ、お願いがあるんだけど……》」
「(どうした?)」
深刻そうなので、念話に切り替えることにする。
「《キョーヤが力を隠したいのはなんとなくわかるんだけど、私の属性をあえて勘違いさせることだけはしないで欲しいのよ》」
「(……まぁ、それくらいなら構わないけど、聞いていたような事情もあるから、自分から喧伝するようなことはしないけど、それでもいいか?)」
「《ええ、構わないわ。戦った相手にまで、丁寧に説明してあげる必要まではないのよ。ただ、こうして力の説明をするようなときに、しっかりと全属性だと言ってくれればそれでいいわ》」
「(ちなみに、何か理由があるのか?)」
「《精霊族としてのプライドの問題よ。譲れない一線って人にもあるでしょ?》」
「(すまない、知らない内に貶めていたんだな)」
「《知らなかったんだもの、仕方がないわ。怒ってもいないから安心しなさい? 人にはちょっとわからない感覚だと思うもの》」
精霊は属性そのものの存在だ。
それを偽ったり、貶めたりするってことは自分自身を否定されるのと同じってことだろうか?
知らなかったとはいえ、やっぱり、悪いことをしてしまったな。
「トウドウ様?」
「ああ、すまない。ちょっとシンシアと話をしていた。シンシアの属性だけどな、時空属性だけじゃない。全属性の精霊だ」
「「は?」」
マリナさんとヤスナの声がハモった。
イリスはというと、したり顔で「うんうん」と頷いている。
なんとなく、想像が付いていたということだろうか?
「キョーヤさんが強いのは、アタシも気がついていましたが、いくらキョーヤさんでも流石にそれは……冗談ですよね?」
「……いえ、事実でしょう。でなければ、顕現しただけであそこまでの力を発することなどないでしょうし」
「……ということは、【影魔術】も使えたり……?」
「ああ。それは使えるようになった」
つい先日に。
「うわあああ! アタシの存在意義がぁぁぁぁぁ」
ヤスナが頭をかかえて、絶望したような表情になる。
いやいや、ヤスナがどんな風に【影魔術】を使っているのかは知っているが、自在に声を変えるなんてことは俺にはできないから、ヤスナが凄いことには変わりはないと思うんだけど……
自在に声を変えるスキルは【変声】として存在はしているが、あくまで補助的なスキルだ。
魔術の威力調整に手こずったのと同じ理由で、経験や知識を得ても、こういった感覚的なものを完全再現するのは難しい。
ついでにいえば、それを再現するための筋力なり魔力なりがないと、当然ながらスキルがあっても使用することもできない。
全く同じ声を出すことができるのは、ヤスナの訓練された声帯があってこそで、俺にはできない。まさにスキルの持ち腐れ状態だ。
戦闘系スキルなら、わりかし簡単に再現できるのだけど……
こればっかりは嘆いても仕方がないな。
「俺が、【影魔術】を使えたからって、ヤスナと同じことができるわけじゃないだろう? 俺は隠密としての訓練を積んだわけじゃないんだから」
「そっ、そうですよね! アタシ、要らない子じゃないですよね!」
何だ、要らない子扱いされるのにトラウマでもあるのか?
「ああ。俺じゃあ、あんな風に情報を集めたりはできないからな」
と言ってやると、露骨に安心したような顔をしている。
何か、ヤスナのおかげで色々うやむやになったな。
有り難いことだ。
「じゃあ、これを食べ終わったらドーベラン洞窟に向かい、まずは俺一人で国境を越える。イリスは二人の護衛としておいていく。その後、みんなを呼び寄せる。これでいいか?」
「はい」
「問題ありません」
「お任せします!」
「《時空属性の妖精を置いておくから、すぐに合流できるわよ》」
「わかった」
今から出れば、夕方までにはドーベラン洞窟を超えることができるだろう。
ハインツエルン王国に行ってしまえば魔物と戦う必要もなくなるし、スピードアップするだろう。
本日で1話の投稿から1ヶ月です。
みなさん、ありがとうございます!




