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第38話 花の街フーリーン

 ヤスナ視点でお送りします。

 狐人(こじん)族の街、フーリーン。

 別名、花の都。

 獣人国きっての色街であり、寝物語と共に情報が集まる街です。

 

 炎に似た明かりがそこかしこに(とも)り、建物からは蠱惑的(こわくてき)(こう)(かお)りが漂ってきています。

 街並みは幾何学的(きかがくてき)の一言で、大小の建物が燦然(さんぜん)と建ち並んでいます。

 

 建物の上に更に建物を建てる時点でちょっと意味がわかりませんが、更にその上に建物を建てるなど、正気を疑います。

 ミレハイム王国内では、まずあり得ない景色です。

 

 その土地柄、獣人国の中では珍しく様々な種族が集まっていますが、元々は野狐(やこ)たちの街であり、今もそれは変わりません。

 野狐は、狐人族の中でも褐色肌を持つことが特徴で、白狐(びゃっこ)などとは違い髪色は様々です。

 

 情報収集のために立ち寄ることにしたこの街ですが、色街であることもあり、マリナ様とその護衛のイリスさんは、街の外に停めた馬車でお留守番です。

 いざという時のために、キョーヤさんの契約精霊であるシンシアさんが、眷属の妖精さんを残してくれていることですし、今しばらくは安全でしょう。

 

 フーリーンにたどり着くまでに幾つか戦闘をこなしたおかげで少したくましくなったマリナ様は、まだ人を相手にしたことはありませんが、すでに自分の身を守るくらいはできるでしょうし、イリスさんの場合は、襲ってきた相手が逆に気の毒なくらいです。

 

「キョーヤさん! ここが花の街、フーリーンですよ!」

「どこからどう見ても、街中に花なんて見えないな」

「キョーヤさん、それは失礼ってものですよ?」

 

 花。それは、女性を指す隠語なのですから。

 

 「花が見えない」などと言ってしまうと、好みの女性がいない、美しい女性がいないと言っているのと同じだったりします。

 

「軽い冗談だ。それに、聞いた限りだとこの街で女性を口説くときは、そう言うんだろ? “この街は花の街と言うのは(いつわ)りだ。君という花以外に花はないのだから”とか」

 

 若干芝居がかったように、使い古された口説き台詞を述べるキョーヤさん。

 くっ、末恐ろしいものを見た気がします。

 

 いえ、アシハラ出身のキョーヤさんは、見た目は若く見えても、アタシより年上でしたか……末恐ろしいというのは、失礼でしたね。

 アタシたちの感覚では、まだ少年といった見た目なのに、実は18歳。アタシより2歳年上のお兄さんです。

 

 実際、こうして話すと落ち着いていて年上のお兄さんといった感じなのですが、見た目とのギャップがすごいです。

 

「……一体、どこでそんな情報を仕入れてくるんですか?」

「ん? 都市セーレで知り合った衛兵のおっちゃんだな。雑談ついでに聞いた」

 

 ああ、あの方ですか。

 街門で門番をしている、がたいのいい兵士の方ですね。

 彼が休日にどこで何をしていようが勝手ですが、長期休暇を取るときにどこで何をされているのか少し気になりますね。

 

「そんなの、使い古されすぎて誰も言いませんよ。そうやって、冗談で言うくらいが関の山ですよ」

「なるほど、「君の瞳に乾杯」みたいなものか?」

「いえ、それは聞いたことないですねぇ。ですが、センスのある口説き文句だと思いますよ!」

 

 そう言うと、キョーヤさんは何故(なぜ)か微妙そうな表情をしました。素直に褒めたつもりなのですが……

 

「まぁ、それはいいんだけどさ……これ、こんなにくっつく必要ってあるのか?」

 

 今、アタシはキョーヤさんの腕にしがみつくようにして歩いている、距離ゼロ状態です。

 

「当たり前ですよ。周りを見てください、どの()()()()()()もこの距離感じゃあないですか」

 

 同伴というのは、お店の女性が出勤する前に指名してくれる男性と食事したり、軽くお酒を飲んだりすることです。

 周りを見ると、出勤前のお姉さんたちが、男性と腕を組んで次々と店に消えていっています。

 

「別にわざわざ演技しなくても、普通に酒場にいけばいいじゃないか」

「そんな状態で、あれこれ聞いたら怪しんでくれと言っているようなモノですよ。ほらほら、いきましょう。何軒かはしごしますからねー」

 

 

 

 

 そうしてアタシたちが最初にやってきたのは、ちょっとお高めの酒場です。

「(よくよく考えたら、シンシアに頼んで周りの声を集めてもらえば良かったんじゃないのか?)」

 

 と、キョーヤさんが、周りに聞こえないよう小声で話しかけてきます。

 

「(なるほど……それが可能なら、それ()お願いします)」

 

 受動的に入ってくる情報と、能動的に仕入れる情報、両方あれば心強いですからね。

 しかし、精霊魔法とはそんなことまでできるんですね。

 シンシアさんは、風の精霊なのでしょうか?

 何となく違うような気もしますが……

 

 まぁ、冒険者さんは自分の力を探られるのを嫌がる人が多いですからね。

 つっこんで聞きすぎると、やぶ蛇になりそうです。

 

 シンシアさんの姿を見せていただけただけでもよしとしないと。

 しかし、仲間であるはずのイリスさんも初めましてな感じだったのが、気になりますね。

 考えられるとすれば、別行動を取った森で何かがあったということになりそうですが……

 

 っといけませんね。迂闊につっつかないと決めた傍から、あれこれ推察してしまいました。

 

 

 酒場の中は、さすが高級店と銘打つだけはあって、客の筋は良いようです。

 これは、情報の質にも期待できそうですね。

 

 L字の二名がけテーブルに案内され、

「ご注文はいかがいたしましょうか?」

 と訊ねてきました。

「俺は、ミル――」

「ほら! この店は、アシハラのお酒も扱っているんですよ! これにしましょう!」

 

 慌ててキョーヤさんの台詞を遮って、アシハラ酒を薦めます。

 

「ジュンマイと、ギンジョウがございますが……」

「ギンジョウを2つお願いします!」

「かしこまりました」

 

 ウエイターが下がるのを確認して、恭弥さんに説教を始めます。

 

「キョーヤさん。ミルクを頼もうとしませんでしたか?」

「健康的でいいだろう? ミルクは持ち運びできないから、街に入らないと飲めないわけだし。それに、俺が育ったところでは、酒は20歳になってからと決まってるんだよ」

「キョーヤさんは、もう少し自分の童顔を自覚した方がいいです。こんなところで、キョーヤさんみたいな人がミルクなんて頼んだら、「子供が来る所じゃない!」って、つまみ出されちゃいますよ。それに、お酒は15才から合法です」

「いやいや、老け顔と言われたことはないけど、童顔って言われたことも今まで一度もないぞ?」

「それは、アシハラの人たちがそうだからですよ。例えば、門番の、ドッジさん――キョーヤさんに口説き文句を教えた兵士ですが、彼は19歳ですよ。そして、アレが平均的な19歳です」

「……マジか……30過ぎてると思ってたわ……」

 

 あれ? セリフこそ驚いていますが、実際はあまり驚いていないようにも見えますね。

 知っていたのでしょうか?

 驚いているのは、むしろアレが平均的だという部分でしょうか?

 実際のところ、彼は老け顔なのですが。大筋では間違っていないので、よしとしておきましょうか。

 

「黒髪黒目は確かにアシハラ人の特徴ですが、それでイコールというわけでもありませんから、気をつけてください」

「わかったよ。で? こんなテーブル席で盗聴以外のどんな手段で話を聞くんだ?」

「それは、乙女の秘密ですよ。ちょっといってきますから、キョーヤさんはしばらくの間、盗聴とアタシと話す演技をお願いします。適当にくっついて愛を囁くフリでもしておいてください」

 

(『影人形』『影潜り』)

 

 詠唱を省略し、短時間で魔術を連続発動させることができる【詠唱破棄】を使って【影魔術】を実行すると、アタシの影から作り出した精巧な人形と入れ替わるように、アタシ自身の身体は影へと沈んでいきます。

 入れ替わりにかかる時間は、一瞬。

 仮に目撃されても、気のせいということで納得してもらえるレベルです。

 影人形の欠点は影がないことですが、こうした薄暗い中ではそもそも影が落ちることもありませんから、何の問題もありません。

 

 影の中を移動しながら、有力な情報を持っていそうな人が座っているテーブルを探します。

 

 よし、このテーブルが良さそうですね。

 アタシが見付けたのは、身なりの良い格好をした人間族の男性が座っているテーブルです。

 紳士なのか、女性の身体に触れることはせず、あれこれ自分の武勇伝を語っているようです。

 

 さて……

 

(『影人形』『影潜り』)

 

 女性の影人形を作り、それを上からかぶりつつ、女性と入れ替わります。

 ちょっと、女性には申し訳ありませんが、彼女には影の中でしばらく眠っていただきましょう。

 

 男性が自分語りに夢中になってくれていたおかげで、入れ替わりに気付かれることはありませんでした。

 

「――そこで、次々と現れる魔物を斬り捨てて……まぁ、俺たちじゃなかったら、『魔寄せの香』を使って魔物を集めたところで、逃げるしかできないだろうな。事前情報の通りに、ものすごい効き目だったからさ!」

 

 都市セーレでも噂になっていた、強力な効果を持つ特殊な『魔寄せの香』ですか。

 所持しているという噂の冒険者たちは流れの冒険者ばかりで、都市セーレでは情報を得ることができなかったんですよね……もう少し時間があれば何かわかったかもしれませんが、ほとんどの時間を療養して過ごしたため、あまり調査できなかったんですよね……

 アタシの勘が、裏に何かあると訴えかけていたのですが……

 ちょうどいいですね、彼から詳しいことを聞いてみるとしましょうか。

 

「すごいですね! でも、そんな強力なアイテム、どこで手に入れたんですか?」

 

 声を変えるのは、隠密の基本技能です。特にアタシは、影魔術の特性から、かなりの修練を積んでいますので、違和感を感じ取られたことは一度もありません。

 案の定、この男性も疑うことはなかったので、一安心です。

 

「「ハインツエルン王国の()から来た」って商人から買ったんだけどよ、ここだけの話、ありゃあゲルベルン王国の人間だな。一生懸命誤魔化そうとしていたが、魔眼持ちの俺にはわかっちまうんだなぁ、これが」

「すごいですね! 尊敬してしまいます! ところで、その商人さんは今どこに?」

「おっ、そうか? 商人か……? 迷宮前にいる行商人だったから、またどっか別な迷宮にでもいるんじゃネェか?」

 

 ゲルベルン王国から来ていたとしても、ハインツエルン王国の()角から来たことに変わりはないでしょう。

 仮に彼が、何かしら嘘を見抜く魔眼を持っていたところで、見抜けるわけはないはずですが……

 まぁ、“やましさ”を感じてしまえば、それを見抜かれてしまうこともあるようですから、その商人は工作員として見た場合あまり優秀とはいえないでしょう。

 怪しまれても、すぐ切り捨てられる人員なのか、それとも、優秀な人員を動かせない理由があるのか……

 

 ではでは、魔眼持ちであるなら、長居は無用ですね。

 さっさと去りましょう。

 

 そうして、また女性と入れ替わり、何食わぬ顔でキョーヤさんの席に戻ります。

 

「おっ、戻ったか?」

「あれ? わかるのですか?」

「そりゃあ、木偶か血と魔力の通った人間かどうかくらいわかるさ。入れ替わりに全く違和感を感じないから、知ってないと気がつかないかもしれないが……」

 

 普通は知っていても気がつくことはないのですが……

 影人形は、その魔力の流れすらも表面上は同じに見せるのですから。

 何というのか、底が見えない方ですね……

 

「少しへまをしてしまったかもしれません。騒がれる前に出ましょう」

「ん? じゃあ、会計を済ませて出るとするか」

 

 あれよあれよと言う間に、キョーヤさんは手早く会計を済ませてしまいました。同伴デートという設定になっているので、支払いはキョーヤさんですが……

 なんか、妙に手慣れているような気がするのは気のせいでしょうか?

 

 

 

 

 そのあと、何軒か酒場を回って見ましたが、先ほど仕入れた魔寄せの香に関する情報の裏付けが取れただけで、新しい情報を手に入れることはできませんでした。

 後半は、普通に楽しんでいるだけとなってしまったような気がしますが、気のせいということにしておきましょう。

 

 短時間で裏付けまで取れた情報が手に入ったのですから、よしとしておきましょうか。

 

 

 そうして、アタシたちはマリナ様たちと合流し、短いデートを終えたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■改稿履歴

 旧 :

「それは、企業秘密ですよ。ちょっと行ってきますから、キョーヤさんはしばらくの間、盗聴とアタシと話す演技をお願いします。適当にくっついて愛を囁くフリでもしておいてください」

 新 :

「それは、乙女の秘密ですよ。ちょっと行ってきますから、キョーヤさんはしばらくの間、盗聴とアタシと話す演技をお願いします。適当にくっついて愛を囁くフリでもしておいてください」

 

 過去の状況と矛盾がありましたので、修正しました。

 

 

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