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第37話 顕現

 後半はマリナ視点です。

「夜の見張りの件ですが、代わりにやってくれる()がいるので任せようと思います」

「……? その方は、どこにいらっしゃるのですか? これから合流されるとかでしょうか?」

「あーシンシア、姿を見せてやってくれるか?」

「《はいはーい、んじゃあ、ちょっと魔力をくれる?》」

 

 と、機嫌良く返事をしたと思うと、省エネモードを解除したシンシアが、ふわり、と俺の横に控えるように降り立った。

 

「どうすればいいんだ?」

「《そうねぇ、契約のつながりはわかるでしょう? それを通して、魔力を譲渡するイメージかしら》」

 

 改めて意識してみると、俺とシンシアの間には見えない線のようなつながりを感じる。

 そこに、魔力をゆっくりと流していく。

 

「《契約したときにも思ったけど、恭弥の魔力って濃いわねぇ。姿を見せるだけならこんなにも要らないけど……まぁいいでしょう》」

 

 そう言うと同時に、シンシアが顕現する。

 俺からすると、特段違いはないのだけど、他の面々にとってはいきなり女の子が降ってわいた状態だろう。

 いや、それ以上に、3人が3人とも何故(なぜ)か死を覚悟した表情をしている。

 

「――もしかして、精霊契約……?」

 

 やっと、声を絞り出したといった声で、マリナさんが(たず)ねてくる。

 

「彼女は俺の契約精霊のシンシアだ」

「シンシアよ、よろしくね! って……皆、どうしたのかしら? 表情が硬いわね」

 

 表情が硬いというより、どういうわけか死相が漂っているわけだけど。

 イリスまでこんな顔をするのは珍しいな。あのボス部屋でだってこんな顔はしていなかった。

 

「うーん、俺は契約者だからなんともないけど、威圧とか放ってるんじゃあ……? 何か魔力が漏れてる気がする」

「ああ、そういうことか。――はい、これでどう?」

 

 ぽむ、と手を打って魔力を抑えると、皆の表情に色が戻った。

 

「……っは……はい。楽になりました」

「ごめんね、初めて顕現(けんげん)したから、加減がわからなくて……それにしても、あの状態で声を出せるなんて、さすがは女神の巫女ってことかしら?」

 

 俺の魔力を得て顕現したシンシアは、大自然、超自然そのものとして顕現してしまう。

 風の精霊なら風そのもの、水の精霊なら水そのものとなるところが、シンシアの場合は全属性の脅威が固まった存在となってしまうため、普通であれば気を失ったり恐慌に陥ったりしてしまう。とのことだった。

 もちろん、シンシア自体が非常に強力な精霊というのもあるけど。

 

 マリナさんは案外、初めての実戦を前にしても然程(さほど)取り乱したりとかしないかもしれないな。それとこれとは話が違うのかもしれないけど、少なくとも恐怖で身体が竦むということはなさそうだ。

 それに、イリスにしてもヤスナにしても、正気と意識を保っている時点でかなり優秀といえるだろう。

 

 飽くまで自然そのもの。敵でも味方でもなく、ましてやシンシアが持つスキルでもない。そのため、契約者の俺がそれを感じることは逆に困難だったりする。

 元は、俺の魔力でもあるわけだし。

 

 顕現するたびに、俺まで恐怖するようなことにならずに済んで良かったともいえるのだけど。

 

「とにかく、今日の所はシンシアが見張りをしてくれるそうだから、みんなはゆっくり休むと良い。俺も今日は休む」

「はっはい。わかりました」

 

 

 

 †

 

 

 

 そうこうしている内に、スープが完成した。

 スープというより、リゾットというべきかもしれないけどね。

 仕上げに香辛料で味を調えて、器に盛っていく。

 

「へぇ、これが人の食べ物なのね!」

「野外料理も野外料理だけどな。さっき味を見たけど、そこそこの出来(でき)にはなっていると思う。立て役者はイリスだな」

「いえ、主様に仕上げをしていただいてこそです」

「うわーおいしそうですねぇ! アタシは大盛りにしてください!」

「昼にも思ったが、ヤスナってかなり食べるよな?」

「何か、行き倒れてから食べる量が増えたみたいなんですよねぇ……」

 

 身体が食べられる内に食べようとしてしまうのだろうか? さもありなん。

 

「まぁ、いっぱいあるから好きなだけ食べろ。余ったら、明日の朝食にするだけだから、無理して食べる必要もないぞ?」

「はい!」

 

 と、わかっているのかわかっていないのか不明なニコニコ顔で返してくる。

 まぁ、いいけど。

 

(わたくし)は、こんな風に街の外で料理を作って食べること自体初めてです」

 と、マリナさんは、ヤスナと比べるとかなり盛りの甘いスープボウルをかかえてにこにこしている。

 

 程度の違いはあれど、シンシアもマリナさんも初体験というわけだ。

 

「じゃあ、食べようぜ。――いただきます」

「「「いただきます」」」

「いっただきまーす」

 

 何故(なぜ)か、昼食からアシハラ流の挨拶がこのパーティーの標準となってしまった。

 それを知らないはずのシンシアも、一歩出遅れながらも元気よく挨拶している。

 

「教会とかでルールがあったりするんじゃあ、ないのですか?」

 

 と聞いてみたが、

 

「あるにはあるのですが、私自身は女神の巫女として教会に所属しているだけで、敬虔な教徒というわけでもないのですよ」

 

 とのことだった。

 

 スープの出来(でき)は上々。評判も良いものだった。

 味的にはチーズと生クリームの入っていないリゾットという感じだ。パンを追加すれば朝食になるくらいは残ったので、朝はチーズを入れてみるのも良いかもしれない。

 

 干し野菜は、むしろ一度干されることによってよりよい味へと変化していたし、ホーンラビットの肉はアイテムボックスに入れいていたため、鮮度を保ったままだ。

 焼いたときは少し固かった肉も、煮込まれることでずいぶんと軟らかくなっている。

 

 やはり、おいしい食事というものは人を饒舌(じょうぜつ)にさせる力があるらしい。

 馬車の中では私語厳禁状態だった彼女たちも、少しずつ打ち解けてきたようだ。

 シンシアの影響は大きい。

 やはり、人と話せるのは嬉しいのか、にこにこしながら話題を振っているため、会話が途切れることもない。

 ヤスナも物怖じしないタイプだし、それにつられて、マリナさんやイリスもあれこれ話しているような状態だ。

 

「じゃあ、しばらくは人のいる街には行かないの?」

「いや、獣人国とハインツエルン王国で1回ずつ、情報収集のために大きめの街に寄るつもりだ。都市セーレで得られなかった情報や、何か新しい情報があるかもしれないからな。でも……」

「わかってる。顕現させろなんていわないわ。連れて行ってくれればそれで十分よ!」

「そうですね、精霊使い自体は珍しいものではありませんが、これほど強力な精霊となると、少々問題になるかも知れません」

「本気で隠れちゃえば、恭弥くらいの格と魔眼がないと見ることはおろか、感じることもできないわ。といっても、同じ精霊同士なら見えちゃうけどね」

 

 精霊が見つけて契約者に教えてしまえば、隠している意味もなくなるのか。

 まぁ、それは仕方がないか。

 

「明日は、魔物の領域を突っ切る形で国境越え。明後日には目的の街に着く予定だ」

 

 俺自身も都市セーレ以外の街は初めてだからな。実際、かなり楽しみだ。

 

 

 

 †

 

 

 

 トウドウ様とアスドラのお陰をもちまして、都市セーレを出て2日で獣人国との国境越えとなりました。

 

 そして、(わたくし)マリナ・デルリオの初陣でもあります。

 

 幼少の頃、【神聖魔術】の才が――女神の巫女の力があるとわかってからは、魔術の訓練に時間を費やして参りました。

 周りに期待されているのは当然【神聖魔術】でしたが、複数属性の才にも恵まれた私は、他の三属性に関しても欠かさず訓練を重ねてきました。

 

 私も戦えると、証明しなければなりません。

 何より、アンナのために。

 すこしでも、無事救出できる確率を上げるために。

 

 少なくともずっと守られている必要はないと理解していただかないと、私の護衛にただでさえ少ない人員を割くことになってしまいます。そして、できれば戦力として、アンナ救出に連れて行ってほしい。

 そうでないと、わざわざ無理をいって付いてきた意味がありませんもの。

 

「そろそろ、魔物の領域に入るぞ!」

 

 トウドウ様の声で昨日より若干緩んだ馬車内の空気が張り詰めます。

 イリス様とヤスナはいつでも飛び出せるような体勢を取っています。いえ、それだけではなく、目をつぶり何かの気配を探っているようです。

 

 シンシア様は今のところ顕現しておりませんが、トウドウ様のところで一緒に警戒にあたってくださっているはずです。

 

 街道を逸れてから悪くなった馬車の乗り心地が、さらに悪化してしばらく経つと、ソレはあらわれました。

 

 トウドウ様の「魔物が来るぞ!」という警告より早く、イリス様とヤスナは馬車を飛び出し、私も馬車の急停止を堪えてから慌てて外に飛び出します。

 

 あらわれたのは、大きい熊型の魔物、『ビッグベアー』が1体と、素早い猿の魔物、『ビーストエイプ』が5体でした。

 

「『雷纏(らいてん)』」

「『韋駄天(いだてん)』」

 

 イリス様が全身に雷を纏いながら飛び出した直後、ヤスナも目にもとまらない速度で飛び出していきました。

 トウドウ様は、私を護るように側に立ち、あたりを警戒してくださっています。

 

 1体のビーストエイプが黒焦げの何かに変わる直前、ビッグベアー、ビーストエイプ合わせて6体。そのすべての魔物が動きを止めます。

 恐らく、アレはヤスナの【影魔術】でしょう。昨日の、トウドウ様の魔術発動速度にも驚きましたが、ヤスナの【影魔術】は発動の兆候をつかむことすらできませんでした。加えて、詠唱もしていなかったように思います。

 【影魔術】を扱うということは知っておりましたが、これほどとは……

 

「『エアカッター』!」

 

 狙いはビッグベアーです。ビーストエイプの近くには、高速戦闘を繰り広げているイリス様とヤスナがいるため、消去法でビッグベアーとなっただけですが……

 

 私の生み出した風の刃は、胴体を少し()れて右手を半ば切り落としました。

 

 魔物とはいえ、生き物を殺すのは初めてですので、狙いを外してしまったようです。

 

「焦らなくていい、ゆっくり首を狙ってください。威力は、もう少し高めで」

 

 トウドウ様の指示に従って、威力を上げた『エアカッター』を放ちますが、またもや狙いが逸れ、今度は左手を肩から切り落としてしまいました。

 

 やはり、ダメなのでしょうか……?

 

 気がつくと、ビーストエイプはすべて片付き、残すはビッグベアーのみとなっており、イリス様とヤスナも私の周りに集まってきました。

 

「初めての戦闘では、大なり小なり忌避感があるものです。――が、無駄に傷つける方が残酷ともいえます」

 

 イリス様の言葉にはっとし、今度こそ! と狙いを定めて、

 

「『エアカッター』!」

 

 今度こそ風の刃は、ビッグベアーの首を切り落としました。

 

「元々の打ち合わせ通り、魔物素材は回収しないままいく。

 『ファイアボール』」

 

 何故(なぜ)かたった1回の詠唱で6発のファイアボールが生み出され、魔物たちを瞬時に焼き尽くしてしまいました。

 恐らくですが、トウドウ様はこの程度の魔物であれば、御者席の上からでも瞬時に対処できるのでしょう。

 

 それでも、わざわざこうして戦闘を(おこな)うということは、私たちの実力を確認し、力を付けさせるためということなのでしょう。

 

 漠然と持っていた自信が、跡形もなく消えていくのがわかります。

 

「マリナ様、キョーヤさんは色々特別だと思いますよ?」

 

 と、ヤスナはなんとも思っていない様子で、慰めてくれます。

 

 色々特別……ですか。

 

 それでも、近くにこれほどの実力者がいるのであれば、それをお手本として頑張ってみましょう。

 そうすれば、基本属性魔術だけでなく、【神聖魔術】もより強力な力を発揮してくれるでしょう。

 

 まずは、試しにトウドウ様のおっしゃっていた【魔力操作】の訓練でもしましょうか。

 

 

 

 

 

 ■改稿履歴

 旧 :

「ああ、さっき森に入ったときに誘われて契約した。彼女は精霊のシンシアだ」

 新:

「彼女は俺の契約精霊のシンシアだ」

 

 すみません、後々の展開で矛盾が生まれるので……

 

 旧 :

 1体のビーストエイプが黒焦げの何かに変わる直前、6体すべての魔物が動きを止めます。

 新:

 1体のビーストエイプが黒焦げの何かに変わる直前、ビッグベアー、ビーストエイプ合わせて6体。そのすべての魔物が動きを止めます。

 

 

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