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第36話 旅路より

 初めての外の世界に緊張していたのか、おとなしく付いてきたシンシアも、馬車が動き始めるとテンションが上がってきたようで、幌の上で跳ねたり、辺りを飛び回ったりとはしゃぎ始めた。

 かわいいというより、美人。美人というより美そのものと表現するべきシンシアが、まるで童女のようにはしゃいでいる姿は、なんとも言えない気持ちにさせられたが、慣れてくるとだんだんと穏やかな気持ちになってくる。

 特に、乗車席がどういうわけか私語厳禁状態であるため、シンシアが無邪気にはしゃぐ様は見ていて心癒やされるものだった。それだけで、「契約してよかった」と思えるほどに。

 

 しばらくすると、はしゃぎ疲れたのかシンシア(いわ)く「省エネモード」の、二頭身かつ手乗りサイズに変わり、俺の膝の上で寝息を立て始めた。

 その後の移動時間は、ガタゴト進む馬車の音と、シンシアの寝息だけが聞こえる静かなものだった。

 

 普通の馬であれば、一定時間毎に休憩を挟みながらの移動となるが、アスドラは馬より速い速度で移動しているのにもかかわらず休憩を必要としない。

 特に地竜の亜種であるアスドラは、他の地竜と比べても馬力、持久力、速度、どれを取っても頭ひとつ抜けているようだ。

 さすがに昼食時には短い休憩を取ったが、アスドラは一日一食で十分のようなので、いざとなれば馬車の中で昼食を摂ってさらなる時間の短縮も可能だろうし、そもそも乗り心地優先の全速力にはほど遠い移動速度でもあるので、乗り心地を捨てるか、馬車を高速移動に耐えうるようにすることでより行軍速度を上げることができるだろう。

 

 そうして精霊と妖精の国に立ち寄ったときと、昼休憩以外はぶっ通しで移動にあてた俺たちは、その並外れた行軍速度のため、予定の3倍以上の速度で道程を消化している。

 精霊と妖精の国への寄り道は、時間の流れが違うというシンシアの言葉は本当だったらしく、馬車を離れてから15分ほどしか経っていなかったため、さしたる問題にはならなかった。

 

 

 

 

 そして、日が傾く頃。

 ようやく俺たちは一日の移動を終える。

 

「じゃあ、テントを張って食事の準備だな。俺は馬車で寝るから、テントは一つだけ建てればいいだろう」

 

 テントはデルリオ公爵家から持ち出してきた高機能製品だ。

 さすがにワンタッチとまではいかないが、設営を補助する機能が組み込まれており通常のタープ風テントと比べれば幾分か設営が楽だ。

 加えて、断熱、防水、防汚の魔術が込められており、中は非常に快適となっている。

 イリスのテントも持ってきてはいるが、手間を考えて用意するのは一つだけでいいだろう。

 

「……でしたら私も……」

「イリスまで外で寝たら、誰がマリナさんやヤスナを護衛するんだ?」

「でしたら、主様もテントでお休みください」

「男の俺が同じテントで寝るわけにもいかないだろう……それに、馬車だって一人ならむしろテントより快適だと思うぞ?」

「……承知しました」

 

 と、しぶしぶながらも引き下がってくれたため、イリスと分担して野営の準備を始める。

 マリナさんとヤスナは雇い主であるため、作業の割り振りはない。

 ちなみに、シンシアはすでに目を覚まし、省エネモードのまま器用に俺の肩に乗っている。実体化しないと一切の干渉はできないようなので、まだ皆にシンシアを紹介していない今は手伝ってもらうことはできない。

 

 作業の割り当ては、俺が火起こしとアスドラの世話で、イリスがテントの設営と食事の準備だ。

 

 

 

「よーし、アスドラ。きれいにしてやるからな!」

 と声をかけると、アスドラは【調教】スキルを使わずとも、身を低くする。

 

 やはり、頭もいいな。

 

 今日は丸一日御者席に乗っていたが、手綱を使う必要は一切なく、方向転換のときだけ指示を出せばいいだけだった。事前情報の通り、魔物も寄ってこないし、さすがに外の様子がわからないというのも問題なので、御者席に誰も座らないというのは無理にしても、御者席に座るのは交代でも良いかもしれない。

 

「『ティア』」

 ぬるめに設定した水で、アスドラを水洗いしていく。

 餌はもちろん手入れ用品もセーレの馬車屋で買い求めておいたため、左手で【水魔術】の『ティア』を発動させつつ、右手には地竜用のブラシを持って清めていく。

 生活魔術の『クリーニング』を使っても良いが、こうしてねぎらってやるのも(あるじ)としてのつとめだろう。

「クルルゥ」

「よぉーしよし」

 アスドラも気持ち良さそうで何よりだ。

 

 一通り清め終わったら、バケツに水を満たし、餌の干し草と干し肉を置いてやる。

 

「食っていいぞ」

 と、声をかけてやると、もそもそと食餌(しょくじ)を始める。

 

「《へぇ、この地竜は……完全に恭弥に従ってるのね》」

 

 作業をじっと眺めていたシンシアが感心したようにつぶやいた。

 

「(【調教】スキルがあれば、従わせることはできるんじゃあないのか?)」

「《私も詳しいことは知らないけど、【調教】も、相性が悪いと命令を無視されたりするんでしょう?

 それとは逆で、魔物が心から認めた場合は、【調教】を使わなくても、いうことを聞くようになるらしいわ。

 ある程度知能がある魔物に限って、ね?》」

 

「へぇ? そうなのか? アスドラ」

 と、訊ねてみると、アスドラは餌を()むのを止めて、一言「クルルゥ」と鳴いて恭順を示した。

 【調教】スキルがあるので、それ自体に別段メリットは感じられないが、そう聞くとかわいく思えてくるから不思議なものだ。

 

 しかし……よくよく考えてみると、アスドラは俺とシンシアの会話は聞こえていないはずなのに、よくわかったな……

 恐らく、人間の言葉をそのまま理解しているわけじゃあなく、込められた意思やら意味やらを読み取っているのだろう。

 その辺りは、【調教】スキルと変わらないようだ。

 

「《まぁ、下級でも、竜種は竜種。格の違いを感じ取ったってことでしょう。私のマスターなら当然よね!》」

「(なんだそりゃ?)」

 

 と訊ねるが、「ふんふーん」と機嫌が良さそうに飛び回るのに夢中で、聞いていないようだ。

 

 やれやれと肩をすくめつつ、火の準備に取りかかる。

 

「あの……何かお手伝いさせていただけませんか?」

「一応、マリナさんは雇い主なんですが……」

「そうおっしゃらずに。是非やってみたいのですよ。(わたくし)はこういう機会でもない限りできませんから。それに――」

「それに?」

「こんなときに不謹慎かも知れませんが、柄にもなくワクワクしている自分がいるのです」

「まぁ、ずっと(ふさ)ぎ込んでいるよりは、よっぽど健全だとは思いまけどね。まぁ、わかりました。それでは、お教えしますので、一緒に火の準備をしましょう。マリナさんは土魔術を使えますか?」

 

 答えは知っているが、「何故知っているのか?」と聞かれると面倒なので、訊ねただけだ。

 

「いえ、(わたくし)が使えるのは、【神聖魔術】の他、風、水、それに光だけです」

 

 ()()とはいうものの、人間族はエルフなどとは違って複数属性に適性があることは珍しいんだったか。

 さすがは、女神の巫女といったところか。

 シンシアのおかげで、全属性に適性があることがわかった俺がいうのも変な話かもしれないが。

 

「それでは、俺が土魔法で土台を作りますから、それ以降の作業を一緒にやりましょうか」

 

 あれ? なんかマリナさんが不満そうだな。

 ――そうか、マリナさんは複数属性、それも4属性持ちなのに、俺が驚かなかったからか。

 しまったな。今更取り繕っても白々しいか……? 驚く演技をしたとしても、俺が4属性以上使えることはすぐにわかるだろうしな。そのときの方がもっと酷いことになるだろう。

 結果オーライということにしておこう。

 

「『クリエイトブロック』」

 

 詠唱とともに三つの壁がせり上がり、簡易型のバーベキューコンロを形成する。

 【錬金】でも同じことが可能だが、【土魔術】が使えるなら、こちらの方が手軽だ。

 

「えっ!?」

 と、何やら驚いているがどうしたのだろうか?

「どうしたんですか?」

「いえ、魔術の実行速度があまりに速かったものですから……」

 

 確かに俺は、複製した知識と比べて段違いに速い速度で魔術を実行できている。

 

「魔力操作に()けていると、手早く実行できるようになりますよ」

「へぇ、そうなのですか?」

「ええ、恐らくですが……

 っと、話がそれましたね。(たきぎ)を組んでしまいましょう。こうして太い薪を周りに置いて――」

 

 と説明しながら、薪を組んでいく。

 結局ほとんど俺が一人でやることになったが、今日だけでなく明日以降もやりたいとのことなので、丁寧に教えていく。

 

「最後に、剥いだ木の皮に火を付けると、だんだんと火が大きくなっていきます。火の魔道具を使えば簡単に火を付けることができますが――

 『トーチ』」

 詠唱とともに、指からガスバーナーのように強い炎が(とぼ)り、薪に火を付けていく。

 

「なるほど、トウドウ様も4属性持ちだったのですね。どうりで……」

 

 と何やら納得してくれたようだ。実際は、全属性持ちだったりするのだけど、それはわざわざ教える必要もないか。

 

「キョーヤさんは、前衛の装備なのに魔術も得意なんですね!」

 

 と元気よく割り込んできたのヤスナだ。

 

「まぁ、二人パーティーだからな。色々できた方が良いだろう」

「そこが不思議なんですが……っと、網をお持ちしました!」

 

 どうやらヤスナはヤスナで、イリスを手伝ってくれているようだ。

 

「おお、ありがとう。ここに置いてくれるか?」

「土魔術で作ったんですか? やはり、便利なもんですねぇ。しかし! アタシも戦闘ならちょっとしたものですから、期待しておいてください!」

「一応、ヤスナも護衛対象なんだけどな」

「それはそうなんですけど……普段は護衛する側にまわっているので、どうにも落ち着かないんですよねぇ。それに、ゲルベルン王国に着いた後は護衛任務はなくなって、アンナロッテ第三王女救出作戦に変わるわけですし、あまり(なま)らせるわけにもいかないんですよね」

 

 そりゃあそうか。

 王女を助けるのに協力はするが、作戦の要は公儀隠密であるヤスナになるだろうしな。

 

「んーじゃあ、このままいけば明日は国境越えだろ?」

「はい。ですが、国境警備に見つからないようなルートを取る予定ですよね?」

 

 獣人国はその実複数の集落が集まってできているだけで、国としての(てい)をなしておらず、それぞれの里に入る際に何らかの手順を踏む必要があり、獣人国内に入るだけであれば、特に審査などは必要ない。

 ただし出国に関しては別だが、ミレハイム王国と獣人国の国境線は広く、壁などもないため、入出国はザル状態なのだ。

 その代わり、魔物の領域に面していないルートにはすべて国境警備がいるため、密出国しようと思ったなら、魔物の領域を通る必要がある。

 また、獣人国内および国境近辺の魔物の領域に生息する魔物は強力な個体が多く、普通であれば命がけだ。

 壁などの設置ができないのもこれが理由だが、その代わりに魔物たちが壁の代わりになってくれているのだから、皮肉なものだ。

 

「そうだな、今日は順調に来すぎているからな。早速明日からは魔物の領域を移動することになるだろうから、今日ほどの移動速度も出ないだろうし、戦闘も増えるだろう」

「じゃあ、そこからアタシも戦闘に参加しますよ」

「まぁ、手伝ってくれるなら楽でいいけど、怪我はしないでくれよ?」

「あはは、大丈夫ですよ。きっちりアタシの実力をお見せしますから」

 

「わ、(わたくし)も……」

 

 と若干置いてけぼり状態だったマリナさんが声を上げるが――

 

「獣人国の魔物は危険です。おとなしくしておいてください」

 

 と、いつの間にかマリナさんの背後に立っていたイリスがたしなめる。

 イリスが手に持っているのは、丁寧に骨を取り除いたホーンラビットの肉と、水で戻した干し野菜、それに押し麦が入った鍋だ。

 単純に焼くだけより手間がかかる料理ではあるが、今日以降しばらくの間は、こうしてのんびり食事を取ることもできないので、リクエストしたのだった。

 

「ああ、イリス、こっちに置いてくれ」

「はい、承知しました」

 

 と、先ほどヤスナが置いた網の上に鍋を乗せる。

 

 あーマリナさんしょんぼりしちゃってるな……

 

「まぁ、マリナさんは俺たちと違って、矢面に立ってドンパチやるってわけにもいかないでしょう。それでも、いざってときの回復役としていてくれたり、神聖魔術で加護を付与してくれるだけでも十分助かると思いますよ」

 

 ヤスナは実力が何となくしかわからないからなんとも言えないが、俺とイリスに関してだけならば、怪我をすることはまずないだろうし、補助の魔術をかけてもらわなくても何の問題もないだろうけどね。

 まぁ、何が起こるかわからないしな。保険は大事だろう。

 

「いえ、マリナ様は神聖魔術だけでなく、それ以外の魔術もかなり優秀ですよ! でないと、さすがにお連れしません!」

 

 確かに魔術は得意だろうが……戦闘経験ゼロでやれるほど甘い世界ではない。ヤスナがそれを知らないはずはないだろうし、慰めの言葉というわけでもなさそうだ。

 って、ああ、そういうことか。ヤスナの視線を受けて、大体の考えを察することができた。

 

「じゃあ、二人とも様子を見ながら戦闘に参加って感じで良いですか?」

「主様、よろしいのですか?」

「まぁ、馬車の中に引きこもっている方が危険って可能性もあるからな。目の届くところにいてくれた方が、守りやすいはずだ。それに、ヤスナはともかくマリナさんは自身で魔術師タイプだと理解しているから、どちらにせよ後方支援であることは変わりはないはずだからな。

 それに、今経験を積んでおいてもらうことは、別段悪いことでもないしね。ゲルベルン王国に着いた後、ある程度自分で自分の身を守れるようになっておいてくれた方が色々動きやすい」

 

 つまるところ、実戦経験させてみましょうってことだ。

 王女救出を優先させるなら、無理そうだった場合、まだミレハイム王国にいるうちに送り返した方が良い。

 ゲルベルン王国にたどり着いて王女救出に向かうにしても、必ず一人が護衛に付くとなると行動の範囲が狭くなってしまうしな。

 

「そうですか、主様がそのようにお考えであれば……」

 

 俺とイリスの台詞を受けて、マリナさんは落ち込んだ顔はどこへやらといった様子だ。

 

「では、早速今夜の見張りから……」

「ねぇ、夜の見張り私がやってあげようか?」

 マリナさんの台詞にかぶせるように、シンシアが提案してきた。

「(いや、悪いしいいよ)」

「私たち精霊は別に眠らなくても平気よ?」

「(さっき、昼寝してたじゃあないか)」

「眠らなくても大丈夫なだけで、眠ることはできるわ。娯楽としてね。食事も同じね。それに、この辺りの精霊にも手伝ってもらうから平気よ」

「(なんだ、普通に食事も摂れるのか。花の蜜しかダメとかそんな感じじゃあないんだな)」

「妖精の中にはそんな子もいるけどね」

 

 ふむ。シンシアやその眷属の妖精にやってもらった方が確かに楽だ。

 お言葉に甘えたいが、そうすると、シンシアの姿を皆に見せる必要があるな。

 

 まぁ、せっかく外の世界に出て話し相手が俺だけってのもかわいそうだとは思っていたしな、食事も摂れるなら頃合いだろう。とはいえ、本当はもう少し隠すつもりだったが……

 まぁいい。シンシアに顕現してもらうとしよう。

 

 

 

 

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