第34話 調教スキル
お待たせしました。
冒険者ギルドに立ち寄って契約を済ませた後、そのままマリナさんたちと別れることなく一緒に買い物を済ませた。
買い物の途中、アールさんの店に向かい完成した魔法の鞄を受け取ったが、またセーレには戻ってくることではあるし、特に別れの挨拶などはしなかった。
マリナさんたちも当然のように魔法の鞄を持っているため、必要そうなものは手当たり次第持っていくようだ。結局、今回の旅のために買ったものといえば、食料品とタオルや歯ブラシなどの消耗品だけだ。
テントなどの野宿用具は、イリスが元々持っていたものに加えて、俺が買い足したものしかなかったが、デルリオ公爵家が所有しているものを拝借して追加で持っていくことにしたため、今回は購入していない。
高級品であるため、イリスが持っているテントと比べると防滴防汚防寒に優れているらしい。
魔法の鞄は俺のアイテムボックスとは違い、収納していても時間が経過してしまうため、主として購入した食料は保存食だ。
もちろん、こっそりとアイテムボックスに保存食以外の食料も入れて持っていくつもりだが、アイテムボックスの存在は今のところイリス以外には秘密にしているため、マリナさんたちの目の前で購入する食料は保存食がメインとなる。
あの味のない携帯食料もいくらか購入したが、それよりも更に多くの干し肉やら干し野菜などを購入した。
その中で最も力を入れたのは香辛料だ。これがあれば、道中で狩りをして食料を調達した場合でも塩味オンリーで肉にかぶりつく必要はなくなる。
バタバタと準備を整えた後、俺たちは最後の準備として馬車屋を訪れていた。
レンタル馬車でも良かったのだが、かなりの確率で馬車を返すことができないため購入することにしたのだった。
馬車屋は産業区からも商業区からも離れた正門近くにあり、レンタルはもちろん購入することもできる。
さらには、馬車の一時預かりなども行っているらしく、敷地面積はかなりのものだ。
「らっしゃい。レンタルでスかい?」
「いえ、購入でお願いします」
「何か希望はありまスかい?」
「これから遠出したいので、丈夫な馬と馬車をお願いします」
「馬ならこっちにいるのが、スピードは出ないけど耐久力がある種になっとりまスよ」
と見せられたのは、普通の馬より一回り以上大きな馬だった。
確かに丈夫そうだ。
――が……
「あっちにいるのは、どうなんですか?」
「ああ、あっちは馬じゃあなく、地竜になっとりまス。地竜は馬より丈夫で、弱い魔物であれば蹴っ飛ばしてくれまスが、【調教】を使える必要がありまス」
「なるほど。ちょっと見せて貰ってもいいですか」
「いいでスよ」
店員さんの案内で、地竜の畜舎に向かう。
地竜の畜舎は馬用の畜舎と比べると一回りほど大きかった。
地竜と呼ぶくらいだ。先ほどの馬と比べてもかなり大きいのだろうと思っていたが、大きいのは畜舎だけで地竜のサイズは競走馬程度だった。ついでにいえば、中にいる地竜の数も馬と比べれば半数以下だ。
で、肝心の地竜の姿だけど、何というか見た目はサイだった。
鱗のあるサイ。
それが、無駄に広い畜舎に放し飼いされている。
「地竜は狭い場所に何匹もつないどくと、殺し合いが始まってしまいまス」
鮎とか、闘魚みたいな物か。
「ちょっと呼んでみまス。『集合』」
店員さんの言葉に従って、好き勝手にたたずんでいた地竜たちが集まりはじめた。と同時に、『調教』スキルが複製され習得できた。
調教は、魔力を込めた言葉で魔獣を従わせることができるスキルのようだ。
捕獲するにはまた別なスキルが必要なのだろうか?
テイムに関する知識は一切入ってこない。
……残念だ。
「『お座り』」
ザザッ
早速手に入れたスキルを試してみると、地竜たちは一斉に“お座り”をした。
「おお、【調教】を使えるのでスね」
店員さんのおかげで使えるようになった。ってのが正しいけどね。
「特に異議がないなら、この地竜にしようと思うんだけど……」
と面々に問う。
「主様のお望みのままに」
「馬より速く目的地に着けそうですから、私は特に異論はありません」
と肯定の意を示すイリスとマリナさんだったが、難色を示したのは、ヤスナだった。
「アタシたちが御者を代わることができなくなっちゃいますけど、大丈夫ですか?」
地竜は馬と比べると断然頭がよく、さらに【調教】を使えばほとんど負担はない。そのため、負担という意味では大したことはないけど、旅の途中で俺に何かあった場合にどうしようもなくなるのは問題があるか……?
「どちらにせよトウドウ様がいなくなった時点で、今回の旅は失敗となりますから……トウドウ様さえよろしければ、地竜にしていただければと思うのですが……リスクを取ってでも急ぎたい旅路ではありますし」
「お急ぎなら地竜が良いと思いまス。どの馬より速く、どの馬より持久力に優れていまスから。但し、速度を出すのなら馬車もそれ相応の物を用意した方がいいと思いまス」
もう一度メンバーを見回すと、今度はヤスナも異議はないようだった。
「では、地竜とおすすめの馬車をお願いします」
「わかりまシた。では、お好きな地竜を選んでください」
地竜なんて選び方わからないんだけど……
【真理の魔眼】でもパラメーターは見ることができないし……
唯一わかるレベルを参考に、単純にレベルが高い個体を選ぶか……? それとも体格や毛並み? いや、鱗並みか。
まぁ、難しく考える必要はないか。
「『我こそは! と思う者は前に出ろ』」
と命じてみると、レベルが高いわけでもなく、体格がいいわけでもないが、鱗が美しい個体が前に進み出てきた。
他の個体はなぜか萎縮しているようだ。
レベルが一番高い地竜ですらも一歩引いてしまっている。
進み出てきた地竜は、「きゅう」と一言鳴いて頭を下げた。
「それは、地竜の亜種でスからおすすめでスよ」
元よりこうして進み出てきた個体を押しのけてまで他の地竜を購入するつもりもなかったが、店員さんに背中を押される形でこいつに決めることにする。
で、馬車だけど……小さくてもいいので、この店で取り扱っている馬車の中で一番丈夫なものを購入することにした。
といっても、すぐに持って帰ることができるわけではない。
これから整備したり、地竜に装具を付けたりという作業が待っている。
初回は馬車屋の店員さんが整備をしてくれるが、これからは俺たちがしなければならない。
そんなわけで、詳しい説明やらメンテナンスの方法を聞いていたら、日が暮れ始めてしまった。
まだ聞き足りないことはあったけど、それでも大体のことはできるようになったと思う。
こういったスキル関係なしの作業は、【完全見取り】が発動しないため、人よりちょっと物覚えがいいかな? 位だ。
それでも、今回の旅の間くらいはどうとでもなるだろう。
「それでは、明日の朝にでも引き取りに伺いますね」
と告げて馬車屋を後にする。
今日は貴族街ではなく教会に泊まるというマリナさんとヤスナを送った後、俺とイリスは宿へと向かう。
ああ、今日で宿も解約しないとな……
前払いで支払ってしまってはいるものの、解約すれば残りの日数分のお金は返ってくるようだ。
なんとなくさみしい気もしたが、どうせすぐに戻ってくることになるだろうと思い直した。
†
そうして、準備を済ませた翌日。宿を引き払った俺たちは馬車屋を訪れていた。
店の中に入るまでもなく、入り口に地竜とそれに引かれている馬車がすぐにでも出発できる状態で用意されていた。
マリナさんとヤスナも先に着いていたようで、外で俺たちを待っていた。
「いらっしゃい。馬車の準備はととのっていまス。すぐにでも乗っていけまス」
そうして用意されていたのは、昨日も見た向かい合うようにして3人掛けの椅子が設えられた馬車だ。
さすがに馬車本体は微妙な調整をしただけだろうが、地竜は立派な馬装具――地竜装具を装備していた。
なんとなくだが厳つさが強くなった気がするが、気のせいということにしておこう。
魔物相手にはそっちの方がいいだろうしね。
「さて、荷物を積んで出発するか」
といっても、全員魔法の鞄を持っているので、椅子の下の収納を使えばすべて入ってしまう。
魔法の鞄が地球にあったら、運送業はもっと別な形になっていただろう。
なくなりはしないと思うけどね。
そういえば、この地竜に名前を付けていなかったな……
俺は地竜に近づき頭をなでてやりながら、
「よし、今日からおまえはアスドラだ」
と名付けた。
我ながら微妙なセンスだとは思うけど、アスドラ自身はむしろ気に入ったようだった。
全員が乗り込んだのを確認した後、俺は御者席に座り、「『出発』」と命令した。
アスドラは、「きゅう」と鳴いてゆっくりと馬車を引き始めた。
セーレを離れしばらくした後、徐々に馬車の速度は上がっていたが、通る道は街道とは名ばかりの悪路だ。
強度が高い馬車を選んだとはいえ、それでもスピードを上げすぎるといろいろ不安だ。
それに何よりも、この馬車にはバネやらサスペンションやらは存在しないのでただでさえ悪い乗り心地がさらに悪くなってしまう。
アスドラからは「まだいけるよ!」という雰囲気が伝わってくるが、アスドラは大丈夫でも馬車の中身がいろいろと危なくなる。
このまま、抑え気味でいいだろう。
馬の御者は未経験だけど、この地竜は【調教】を使って言葉で操作できる分だけ楽だ。
「『ひたすら街道をすすんでくれ』」
と、最初に命令したら、しばらくすることはなくなるが、それでも御者席には座り続けた。
何があるかわからないしね。
1時間ほど馬車を走らせると、イリスと出会った森が見えてきた。
「『この先の三叉路を左に』」
と一言伝えると、またもやすることがなくなってしまった。
御者席でぼーっとしつつも、警戒を怠らなかったおかげだろうか。
森の中に何かがいることに気がついた。
気配から察するに確実に人ではなさそうだが、さりとて敵でもなさそうだ。
むしろ好意的ですらあるようだ。
――久しぶり! 久しぶり!
――私たちのことは見えるようになったかな?
と、あの直接鼓膜を震わせるような懐かしい声が聞こえてきた。




