第33話 デルリオ邸にて(後編)
マリナさんがようやく落ち着いた頃。
「それでは……国からではなく、あくまでマリナさんの個人依頼として今回の仕事は受けましょう」
王女にも思うところはあるが、ハフマン一派が嫌がることは積極的にやっていきたいと思う。
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、『ギアス』をかけますね」
【闇魔術】『ギアス』は、対象に契約と制約を課すことができる魔術だ。
奴隷魔術にも使用されている、『コントラクト』とは違い契約内容は暫定的だが、その分強力でレジストはほぼ不可能だ。
ただし、かけられる側の同意が必要となる。
「はい。承知いたしました」
「『ギアス』!」
空間にインクがしみ出るようにして、空中に誓約文が記述されていく。
それに対して、マリナさんが同意すれば『ギアス』は完了する。
同意したのだろう。闇のインクが溶け出しマリナさんの身体へと入っていく。
「じゃあ、ちょっとテストしてみるか」
「はい」
「勇者召喚魔法で送還は可能ですか?」
「詳しくはわかりませんが、恐らく不可能です」
「勇者送還魔法は存在しますか?」
「今回の勇者召喚魔法はゲルベルン王国が過去の遺産から探し出したものです。情報があるとすればゲルベルン王国でしょう」
「なぜ、ミレハイム王国は勇者召喚に協力したのですか?」
これは、先ほど答えられなかった質問だ。
「迷宮は人間が立ち入らないと魔物を外に吐き出すため、定期的に掃討する必要があります。
これは国際条約でも決められているのですが、ゲルベルン王国はこれに違反している疑いがあります。
ゲルベルン王国のミレハイム王国の国境沿いに、ヘルムエル迷宮という迷宮があり、これはゲルベルン王国唯一のダンジョン型迷宮で、ゲルベルン王国は、ヘルムエル迷宮が攻略されないように一切の立ち入りを禁止しているのです。
そして、立ち入り禁止を理由に調査を拒否していたのですが、勇者召喚の協力を条件に調査を受け入れるということになったのです。
もちろん、来る過去最大の魔物の大量発生に対抗するためという理由もあるのですが。
それに、残念ながらアンナの味方は殆どいないのです。悲しいことですが、排除派が殆どなのです。
ですので、罠だとわかっていて尚送り出してしまったのです」
思ったよりくだらない理由だった。
が、ギアスはしっかり効いているようだ。
「国が――ひいては貴族が協力した理由はわかった。これについては、実の父親すら庇わない状況と言うのは、少々言いたいことがあるけど。
それについても、ハフマンのように王女を追い出したい勢力が働いたのもわかった。
だが、ハフマンのセリフでは王女が望んでゲルベルン王国に向かったと言うように聞こえたが……」
「はい。実のところ、アンナも初めは拒否していたようです。『外の世界から勇者を呼び出して協力をお願いするなど、他力本願過ぎる』と。
ですが、あるとき、急にゲルベルン王国行きを決めたのです。その理由については、最後まで話しては貰えませんでしたが……」
「協力をお願い? 命令すれば良いのでは?」
隷属させるのだから、命令すれば良いだけだ。
「?? いきなり呼び出されて命令されて、それでも協力して下さる方などいらっしゃらないと思いますが……」
なるほど、マリナさんは隷属の術式が組み込まれていることを知らないようだな。
ゲルベルン王国が秘匿しているか、それとも、ゲルベルン王国ですら知らなかったのか、そのどちらかだろう。
それに王女。急に方針を変えたのには何か理由があるはずだ。
少し興味が湧いたな。
「あの、少々よろしいですか?」
「どうかしましたか?」
「不確かな情報ですが、アンナロッテ様が出立を決意なさる前日に、とある貴族から何やら提案を受けたようなのです」
「それを聞いて出立を決めたと……?」
「恐らくですが……」
「その貴族の名前は?」
「その時は護衛を外れていましたので……
とはいえ、調べればわかると思いますが、すぐにとなると厳しいです。救出の方を急ぎたいですし」
まぁ、それはそうだろう。
それに、王女に直接聞けば良い話でもあるしな。
「ひとまずは、こんなところだ。今後の予定について詰めてしまおう。また、余計な茶番が入らないようにな」
俺のセリフにマリナさんは、こくりと頷き、
「では、少し遅れてしまいましたが……」
と前置きした後、
「覚えているかわかりませんが、あなたを助けて下さった方々です」
と、王女の護衛に俺たちを紹介した。
「いえ、バッチリ覚えてますよ! 助けていただいて、ありがとうございましたっ!!」
「元気になったみたいで良かったな」
随分と顔色も良くなっているみたいだし、全快したのは間違いないだろう。
あの衰弱具合からみて、もう少しかかるかとも思ったが……まぁ、魔法薬でも使ったのだろう。
「はい! おかげさまで。アタシから元気を取ったら、何も残りませんからね!」
――それでいいのか、公儀隠密。
「あ、申し遅れました。アタシはヤスナって言います! よろしくお願いしますねっ!! アタシの事は、気軽にヤスナと呼んで下さい!」
「ああ、俺は、藤堂 恭弥だ。で、こっちがイリスだ。じゃあ、ヤスナと呼ばせてもらうけど……俺のことも恭弥でいい」
「では、キョーヤさんと呼ばせてもらいますね!」
自己紹介が終わったの見計らって、マリナさんが「さて、早速ですが――」と切り出した。
「まず、今回の依頼について、改めてお話しさせていただきますね。依頼内容は、ゲルベルンへ向かう私とヤスナの護衛と、アンナロッテ王女の救出です。
これは、私の個人的な依頼となりますので、どちらにせよ騎士団等は動かすことができません。
つまり、ここにいる4人でゲルベルンへ向かうことになります」
「ゲルベルン王国に行くだけなら、Bランク依頼じゃあないですよね?」
「それについてもご説明しますね。
まず、ゲルベルンへ向かうには、国境近くの砦を越える方法と、ドワーフ王国から迷いの森を抜ける方法、そして、獣人国からハインツエルン王国を経由して向かうルートがあります。
ですが、国境近くの砦を越える方法ですと、どのような妨害が入るかわかりません。
ですので、今回私たちが使うルートは、ハインツエルン王国経由のルートを使用します。ついでに言えば、身分を隠した状態での入国が望ましいです。密入国も選択肢に入っています」
「直接密入国しないのは?」
「互いに国境警備に力を入れていますので、密入国はほぼ不可能です。特に今は魔物の大量発生に備えて警備を厳重にしていますので」
「俺たちが面倒を見るのは、二人が入国し、王女を救出するまでですか?」
「はい。最悪はそれで問題ありませんが、できれば往路だけでなく復路も護衛していただけると有り難いです。もちろん、その分の謝礼はお支払いします」
まぁどのみち帰るわけだからな。それは構わないだろう。
俺は頷いて了承した。
「センシティブな問題だというのは理解しているけど、良く俺たちに依頼する気になったな?」
「今回の件について信頼できる人物が少ないと思っていただければと思います。アンナの味方は本当に少ないのです」
「俺たちは、信頼できる人物だと?」
「はい。アシハラから来たばかりのトウドウ様に、獣人国から来たばかりのイリス様。どちらも、言い方は悪いですが……国交が余りないお互いに興味の薄い国ですから。
それに、お二方は街門でチェックを受けこの街で冒険者登録を行っておりますので、間諜の類いではないことも証明されておりますから」
ああ、身分証明書があれば、あの腕輪を使った宣誓とかなく街に入ることができるのか……
それから比べると、あの腕輪をつけて宣誓した俺たちは信頼に値すると。
そういうことか。
「まとめると、俺たちへの依頼は、二人をハインツエルン王国経由でゲルベルン王国へ連れて行くこと。第三王女を助けて、ミレハイム王国へ連れ戻ること。って事だな?」
「はい。それで問題はありません」
「じゃあ、今日はこれくらいかな」
「明日の朝出発ということで、これから準備をお願いします」
「「「わかりました!」」」




