第32話 デルリオ邸にて(中編)
ご指摘を受けたエピソード、デルリオ邸にてを全面改稿しました。
長くなってしまったので、3分割に変更しました。
「……ハフマン殿。トウドウ様は既に気付いておられるようです。
ですから、私は最初からお止めしたのです。
そうでなくとも、先ほどから客人に対して礼を失する言動、目に余ります。
今日のところはお引き取りを」
「だが――」
「公爵令嬢の命ですからね! ――お引き取りを」
そう言って、王女の護衛の目に剣呑な光が宿る。
それに気付いたのか気付かないのかわからないが、ハフマンは用は済んだとばかりに、立ち上がり、
「交渉が決裂し、残念だ」
そう言って立ち去っていった。
ハフマンがデルリオ邸から完全に立ち去るのをマップで確認し、俺は自分の予想が当たっていたかどうかを確認することにした。
先の反応から言って当たっているだろうけど。
まず、「6兆リコ」ではなく、「王金貨100枚と、王金貨500枚」という言い方をしたのが気になった。
王金貨は他の硬貨と違って国際通貨ではなく、使用するには一度両替をする必要がある。
両替をするのは国だ。両替を渋るということは国の信頼に関わるため、本来なら両替できないということはあり得ない。
そう、本来なら。
「で? 結局どこの国の王金貨だったんですか?」
「――ゲルベルン王国の王金貨になると思います」
「最初の100枚も含めてですか?」
俺の質問に、
「――はい」
と観念したように答えた。
イリスの目は完全に据わっている。
俺はポーカーフェイスを保っているが……それを保つために、逆に無表情になっているのが自分でもわかる。
「なるほど、それが冒険者ギルドを通さない理由ですか……」
「両替できない王金貨など、鉄貨一枚の価値すらないですね。ゲルベルン王国が他国に渡している王金貨は、どこの国も両替できていないじゃないですか。国が両替できないモノを、一冒険者がどうやって替えるんです?」
続けざまにイリスから語られた、ゲルベルンの話は酷いもので、王金貨で支払っても、その後かの国が国際通貨に替えることはないらしい。
もちろん、ゲルベルン国内での使用は可能だが、釣りなど出るわけもない。事実上使用不可能というわけだ。
なるほど。普通であれば経済制裁されてもおかしくない状態だ。
恐らくだが、そんな状態にありながらも周辺国がゲルベルン王国に物を売るのは、経済制裁してしまうとたちまちゲルベルン王国が潰れてしまうのが見えているからだろう。
潰れてしまえば、難民やらその後処理やらで周辺国家には少なくない被害が生じる。
そうなるくらいなら、武装国家、戦争国家と呼び脅されるふりをして、借金を受け入れ存続させている状態というわけだ。
現状、ゲルベルンは普通であればほぼ不可能な、王金貨の両替拒否を行える唯一の国と言ってもいい。
それでも、主産業である鉄が輸出できていた頃はまだよかったが、今は取り尽くしてしまい、ほとんどの鉱山は廃坑になっているようだ。
付け加えて迷宮も、アンデッドやらエレメントなど素材としても食料としても微妙な魔物しか出ないようで、迷宮に活路を見いだすのも難しい。
周辺国としても、そんな資源もないような国は必要ないというわけだ。
はっきり言って、破綻状態の国の王金貨などもらっても何の価値もない。
もちろん、ミレハイム王国としてゲルベルン王国から王金貨を受け取るにあたって、現物でそれに代わるようなモノをゲルベルンに売っているはずで、ミレハイム王国からしてみれば「無価値ではない」と言い張りたいところだろうが……どう考えても価値などないな。
そして、冒険者ギルドを通さずに受けた依頼でだまされたとしても、冒険者ギルドが守ってくれることはない。
ただ、俺たちとミレハイム王国の関係が悪くなるだけだ。
ハフマンはミレハイム王国として交渉していると言っていたからな。
報復するにしても、一介の冒険者が国相手にできることなどたかが知れている。
「こりゃまた……ずいぶんとバカにしてくれたものですね」
「……申し訳ありません……」
マリナさんはテーブルに額を打ち付けんばかりに頭を下げた。
まぁ、彼女は最初から不本意そうだったしな。
ハフマンがこの場に現れたのもイレギュラーだったのだろう。
とすると、この筋書きを考えたのが誰か……ということだ。
勿論ハフマンだろうが、単独でそんな行動を起こすほどの短慮さで、宰相なんてやれるだろうか?
そうだな、たとえば――
「今回の報酬の話。第三王女を助けたくない勢力が絡んでいたりはしませんか?」
「――っ!? どうしてそれを!?」
「思わず」といった体で声を上げた後、「しまった!」といわんばかりの表情で、こちらを見てくる。
「主様、どういうことですか?」
「いや、俺たちが断るまでの流れができすぎていたのが気になってな。これが、王金貨1枚とかという話であれば気がつくことはなかったと思う。
報酬に合計600枚の王金貨。これでは疑ってくれと言っているようなものだ。
マリナさんの態度に何か言う素振りすら無かったのも気にかかった。
Cランクである俺たちには報酬の妥当性などわからないが、「多すぎる」という言葉に対して返ってきた言葉が、「難易度が変わったので妥当だ」という回答だった。
最初はそんなものかとも思ったが、これが嘘であるなら、後でギルドにでも聞けばすぐにわかるような嘘だ。国が絡んでるにしては、嘘がずさんすぎる。まるで、断ってくれといわんばかりだ」
「なるほど……」
頑張ってポーカーフェイスを保とうとしているようだが、完璧に失敗しているマリナさんを見て推測が確信を帯びる。
「ちっ、なめた真似をしてくれる……」
「ひっ!」
「……!?」
マリナさんが小さな悲鳴を上げ、ヤスナも顔を引きつらせている。
しまった、うっかり殺氣が漏れてしまったらしい。
しかし、抑えているとはいえ、正面から俺の殺氣――殺意と魔力が混ざったもの――を浴びて気を保っていられるのは、素直に感心できるな。
イリスでさえ、うっすらと冷や汗をかいているのが伝わってくる。
慌てて、氣だけを収めると、ほっとした空気が流れる。
状況や立場から考えて、マリナさんやヤスナたちには逆らう余地もなかっただろうからな。
怒りをぶつける対象は違う。
殺意はそのままだ。必ずそいつらに後悔させてやる。
特に、面と向かってコケにしてくれたハフマンには必ず報いを受けさせなければ気が済まないな。
国の貴族相手に何ができるかはわからないが。
「さて、余計な茶番が入ってしまったけど、予定通り今後の予定と条件面のすりあわせを始めようか」
「よろしいのですか!?」
断られると思っていたのだろう、マリナさんの表情がぱあっと明るくなる。
隣にいる王女の護衛の表情も意外そうだ。
「今回の茶番をやらかした貴族の情報と、勇者召喚についてのさらに詳しい情報。
ゲルベルンまでの護衛任務1日につき白金貨2枚の報酬。その後の王女救出には誠意ある報償。
これが用意できるなら、今回の件受けてもいい」
「ほっ! 本当ですか!?」
「ああ。ただし、貴族の情報と、勇者召喚に関する情報は「言えない」と拒否することも、嘘をつくこともできないように、闇魔術の『ギアス』をかけさせてもらう。
それ以外の情報も、できる限り答えてくれ」
「……わかりました。私が知らない情報も、手に入れられるよう努力いたしましょう」
「なぜ、そこまでして第三王女を助けたいんですか?」
「それは――」
と言いよどんだ後、何かを決心するように頷き、
「勇者召喚を行うために第三王女がゲルベルンに向かうことになった原因の一端には、私に責があるのです。
私が女神の巫女の力を使って、魔物の大量発生の神託を受けてしまったから……」
なるほど。『女神の巫女』は、マリナさんだったか。
確かに、彼女の【神聖魔術】の力は強い。
というよりも、スキルや術技として覚えてもそれそのまま使えないようなものを自由に使いこなすことができる。
俺もマリナさんから【神聖魔術】を覚えたが、なぜかほとんど効果をなさないものばかりだった。
『称号更新』ですらも、本来は特殊な触媒を使用するところを、彼女は普通の羊皮紙で実行していたりするのだ。
わかってみれば簡単なことで、『女神の巫女』の力を使って【神聖魔術】を使用していたため、制限が緩かったのだろう。
俺の【完全見取り】では『女神の巫女』の力までは複製できなかったようで、現状【神聖魔術】は死にスキルとなっている。
とにかく、原因がわかった。すっきりした。
「こちらに呼ばれてしまった勇者様を送り返すには、アンナの力が必要になるはずです。それに、ゲルベルン王国に勇者とアンナが捕らわれたままでは、ミレハイム王国だけではなく周辺国にも大きな影響があります。アンナの【時空魔法】は、勇者召喚専用というわけではなく、強力なスキルですから……」
「責任感から……ということですか?」
「どちらかというと、罪悪感でしょうか。きっかけは私でしたから」
何となくだが、この台詞に嘘はないように思えた。
「きっかけはどうあれ、その後の結果についてまでは、マリナさんの責任ではないと思いますけどね」
「そう言っていただけると、少し救われます」
そう言ってうつむくと、マリナさんはしばらくの間肩を震わせていた。
テーブル越しの俺には、だまってそれを見つめることしかできなかった。




