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第30話 迷宮生活6日目(後編)

 都市セーレ中央広場のほど近くにそのレストランはある。

 石造りの建物が多い中、煉瓦で作られた鮮やかな外壁が目立ち、透明度の高いガラス窓にはセンスの良いカーテンがかかっており、遮光性の低いそのカーテンからは光魔術独特のLEDに似た明かりが漏れている。

 

 日本で育った俺からすると、カンテラやロウソクの炎が揺らめく明かりの方が情緒があって良いと思うが、煌々と魔術の明かりをつけることができるのは高級店の証でもあるようだ。

 味やサービスも見かけ倒しではなく、平民の中でも富裕層がめかし込んで食事に来る他、商人が接待で使用したり、貴族がお忍びで食べに来たりするほどだとか。

 

 客の中に冒険者もいるだろうが、ぱっと見でそうとわかる格好をしている者はいない。

 冒険者でなくとも護身のために帯剣くらいはするし、冒険者の方もTPOに合わせた服装で食事に来るからだ。

 

 そんなわけで、俺たちも類に漏れずそれらしい格好で訪れていた。

 俺もイリスも買ったまま放置されていた、街遊び用のちょっと良い服だ。

 

 迷宮に潜る際にはパンツ姿のイリスも、今このときはスカート姿だ。

 

 普段の動きを見ていると、この細い脚でどうやってそれを実現しているのか謎だ。

 俺自身、あまり筋肉質な体型ではないが、それは全身の筋力を余すところなく使う技術が元となっているのであって、それがないイリスが俺より細いというのは……やはり謎だ。

 

「主様、どこかおかしいでしょうか?」

「いや、よく似合ってると思うよ」

「アタイには何もないのかねぇ?」

 と、ぼやくメロは、ホルターネックのドレス姿で、ばっちり化粧といった出で立ちだ。

 

「とてもおにあいですよ、おねえさん」

「棒読みで言われてもネェ」

「色気より食い気ってね。さっさと向かおうぜ。個室は取れたんだろ?」

 

 高級店ではあるが、格式張った店ではないようで、当日でも個室の予約を取ることができた。

 もしかすると、広いと豪語していたメロの顔が利いたのかもしれないが。

 

「いらっしゃいませ、ご予約の3名様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

 と、ボーイに案内された個室は、3名3名で計6名。お誕生日席を使えば計8名まで座ることができる、そこそこの広さがある部屋だった。

 

 備え付けの暖炉と、壁に飾り付けられた絵画がよい雰囲気を醸し出している。

 

 料理はコースが基本だが、話を聞くのがメインであるため、お願いしてまとめて持ってきてもらうことにする。

 実際、個室を利用する客からはそういう依頼が多いらしく、むしろ店側から確認してもらえたので、それに甘えた形だ。

 

 料理が運び込まれ「それではごゆっくりどうぞ」とウエイターが戻ってから漸く本題に入る。

 

「で? 聞きたいことってのは何なんだい?」

「まず、Bランク以上の冒険者が都市セーレから出られなくなっていると聞いたけど、その理由について知りたい」

「それをどこで聞いた? ……と聞きたいところだけど、既に大分話題になってるからな。一般市民にはまだ伏せられているから、大声で吹聴したりするなよ?」

 

 お前がそれを言うのか……と突っ込みたかったが、ぐっと堪えて、

「わかった」

 とだけ応える。

 

「ここ一ヶ月以内をめどに、ゲルベルンとの国境線沿いに魔物の大量発生が起こるらしいんだ。で、国境から一番近い都市であるセーレに冒険者を集めているというわけだ。もう少ししたら、召集されて砦へ徐々に移動させられるはずだ」

「魔物の大量発生については?」

「いや、詳しくは知らない」

「まぁ、見た感じアシハラの出だろうからな。知らなくても当然か。

 ミレハイムとゲルベルンとの国境線沿いで何十年かに一回魔物が大量に現れて人里に押し寄せてくるんだ。それが魔物の大量発生だ。

 前回は100年ほど前だったかな? そのときも大変な目に遭ったそうだ。やっと魔物を何とかしたと思ったら、今度はゲルベルンが攻めてきてそのまま戦争に突入したのだから被害は甚大というわけだ。

 そして、今回は前回の倍以上の規模ということらしい」

「その、魔物の大量発生はあらかじめ判明しているものなのか?」

「いつも起こるときは突然なのだけど、今回は運良く女神の巫女の力を持った方がいたからね、そのおかげでわかったのさ」

「女神の巫女ってのは?」

類希(たぐいまれ)な神聖魔法の使い手のことさ。神から凶兆が有ればそれを聞くことができる魔法で、制限は厳しいようだが、今回のような事態を知ることができるのでかなり貴重で有益な魔術だ」

「外れる可能性は?」

「殆どないそうだ」

 

 なるほど。その大量発生は近いうちに必ずやってくるのか……

 

「それじゃあ、もう一つ。最近流れているミレハイムとゲルベルンの噂について詳しいことを知っていたら教えてくれ」

「ミレハイムとゲルベルンの噂って、勇者召喚の話か?」

 

 召喚……だと?

 

「ああ、その召喚の話だ」

 

 驚きはしたが、ポーカーフェイスを維持しながら、続きを促す。

 

「何百年も前に失われたはずの、異世界から勇者を呼び出して助けを請う()()を、ゲルベルンが復活させたのさ。そして、ミレハイムに勇者召喚の協力を願い出たというわけさ。

 ほんの100年ほど前にも戦争をしているだけあって、お世辞にも国交は正常ともいえないから、普段なら断るんだが……」

「魔物の大量発生を盾にされて協力をすることになったのか……」

 

 もしそうだとすると、何となく裏切られる未来しか見えないんだけど……

 よしんば、魔物の大量発生を勇者召喚と二カ国の協力で凌いだとしても、それが終わった後どうするつもりなのだろうか?

 

「まぁ、全部噂なんだけどな。で、その噂によると勇者召喚の儀式を(おこな)ったのが約一ヶ月前で、その勇者召喚の儀式に協力したのは、ミレハイムの第三王女だという話だ」

 

 一ヶ月前? 俺をこの世界に呼んだ魔法とは別口か?

 

 いや、何となくだか関係ある気がする。

 まぁ、詳しく知るには、ゲルベルンに行ってみるのが一番か……

 

「噂が事実だとして、然程仲が良くないなら、いっそ突っぱねた方が良かったと思うんだけどなぁ」

「表向きの理由は、冒険者の少ないゲルベルンには、今回の魔物の大量発生を乗り越える力はない。国民感情に沿ってゲルベルンに住む国民を見捨てるわけにもいかない。ということらしいねぇ。

 それを折り込んでも、協力したい理由があったのか、それとも、本当に表向きの理由がすべてなのかは、アタシたちにはわからないさね。何度もいうけど……そもそも、すべては噂だからね。

 実際に勇者召喚が(おこな)われたのかすらわからないよ」

 

 飽くまで噂……ね。

 事実かどうかを確かめる術ってのもないんだよなぁ。

 

 取りあえず、俺を呼んだ第一容疑者はゲルベルンとミレハイムの第三王女だな。

 

 しかし、勇者召喚とはね……?

 

 父さんたちの情報が正しければ、強制的に異世界から拉致した挙げ句に隷属させるって魔法だったはずだが……

 ゲルベルンが嘘を伝えていたか、ゲルベルン自身にもその情報が伝わってなかったか……

 

 そういえば、あのくノ一は第三王女の関係者だったか……

 

 探りを入れてみるか?

 

 どこに?

 

 まさか、教会で治療しているわけでもないだろうが……明日にでも、教会に行ってみるか。

 それしか、接点もないしな。

 

「イリス。明日は、迷宮探索を休みにするぞ。ちょっと調べたいことができた」

「はい。承知しました」

「ちょっ! 危ないことに首を突っ込もうってんじゃあないだろうね?」

「まさか、引き際くらいは心得ているさ。だが、噂の真相を知っていそうな人物に心当たりがあってな。少し会って話を聞いてくる。無理して聞き出すような真似はしないさ」

 

 心当たりってのはもちろん、あのくノ一を連れて行ったマリナさんだ。

 

「それなら良いけどね。アタイが教えた情報で何かあったら、寝覚めが悪いじゃないか。特に、命の恩人なんだから」

「これで貸し借り無しってことにしただろ?」

「それはそうだけどさ、命の恩人って所を差し引いても心配だよ」

「それには、素直に礼を言っておくが……大丈夫、踏み込みすぎないようにするから。幸い、俺たちはまだCランクだからな。いざとなったら別な国にでも逃げるよ」

 

 もちろん、ゲルベルン以外の国に。

 

 

 

 †

 

 

 

 翌日、マリナさんに話を聞くために教会へ向かったが、席を外しているとのことだった。

 ダメ元でどこに行ったのか聞いてみたところ、冒険者ギルドへ向かったとのことだったので、辞去して冒険者ギルドへ向かった。

 

 すれ違いにならないか心配だったが、丁度俺たちが教会を訪ねた少し前に出たところだそうなので、その心配はなさそうだった。

 

 少し小走りで昼前の冒険者ギルドにたどり着いた俺たちが見たものは、イオさんを拝み倒しているマリナさんの姿だった。

 

「何か取り込んでるみたいだな……」

 

 イオさんが俺たちの姿を見るなり、救いの神でも見付けたような表情になったのが気になるが、何にせよ巻き込まれる前にUターンしようとして――

 

「キョーヤさーん! イリスさーん!」

 

 大声で呼び止められてしまった。

 

「どうしたんですか?」

「キョーヤさん少し、この方の話を聞いてあげてください。

 マリナさん、今のところこのお二人しか依頼を受けることができる冒険者はいません。我々としても、みすみす失敗するかもしれない依頼を取り次ぐことはできないんですよ」

「まぁ、いいですが……マリナさん、先日ぶりですね」

「はい。先日はありがとうございました。ヤスナも……お二方が助けてくださった女性も無事回復しました」

「そうですか、それは良かった。それで? 俺たちに話とは?」

「はい、先日護衛依頼を冒険者ギルドに出したのですが、受けられる方がいないそうで……」

「護衛任務なら、Cランク冒険者でも大丈夫なのでは?」

「ギルド認定の依頼ランクはBだそうです。依頼はひとつ上まで受けることができるので、Cランク冒険者でも受領は可能のようではあるのですが……」

「受ける人がいないと」

「はい。そもそも、Cランク以上の依頼は冒険者ギルドが達成可能そうな冒険者に斡旋する形で依頼を出すのですが、Bランク冒険者は現在セーレを離れることはできず。Bランク冒険者に近いCランク冒険者も、パーティメンバーにBランク冒険者がいるためやはり離れることはできず……といったようでして。

 ですが、お二人はどちらともCランクにも拘わらず、実力的にはBランクと同等だとお聞きしました。是非依頼を受けていただけませんか? 依頼報酬なら十分な金額をお渡ししますので……」

 

 ああ、昨日の依頼ってこれだったのか。

 

「実のところ、昨日の段階でお断りしているんですよ」

「……そうですか……」

「ちなみに、どこへ行くんですか?」

「ゲルベルンです。仮想敵国でもあるので、依頼の難易度が跳ね上がってしまって……」

「なるほど……条件次第では受けてもいいですよ?」

「ほっ……本当ですか!? 私にできることなら!!」

 

 そして、俺は依頼条件を告げ、すべて了承されたため、一路ゲルベルンへと向かうことになったのだった。

 

 

 

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[一言] 結局、依頼が一回りして戻ってきた。 受ける運命ですね
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