第29話 迷宮生活6日目(中編)
21階層は石畳・石壁のダンジョンだ。
10階層までのダンジョンは自然の洞窟風だったが、こちらは人工的だ。
ギリシアの神殿のような柱や壁は美しく、是非ともじっくり観察してみたいところだが、それはすぐには叶いそうにはない。
50匹ほどの2足歩行する豚の魔物――オークに追われた男女5人組のパーティがこちらへ向かってきたからだ。
後ろ二人が牽制を担当している以外は、隊列も何もなく倒けつ転びつといった体で逃げ出してくる。
「モンスタートレインのようですね……」
「こっちに向かってくるってことは、下階層に逃げるつもりなんだろうが……あそこまで接近されていたら、間に合わないだろうな……」
というか、瞬時に転送できるわけではないので、俺たちですら間に合うかどうか怪しい。
普通であればこんなに落ち着いて会話などしていられないのだろうが、10階ボス部屋での経験のおかげで、高所平気症状態なのだろう。
そもそもが、オークはゴブリンヒーローなどと比べると低ランクの魔物だ。
数も50匹ほどと、1000匹以上相手にしたボス部屋と比べると迫力に欠ける。
これでは、慌てろという方が無理かもしれない。
まぁ、オークの素材は高く売れる。ボス素材を取り損ねた俺たちには、ありがたい補填材料だ。
ランクだけ高くても、素材が残念なゴブリンシリーズとは違うのだ。
「おいっ! お前らっ! 逃げろっ!!」
先頭を走る男がようやくこちらに気がついたのか、声をかけてくる。
「ちょっと行ってくる。イリスは、ここで休んでいろ」
「はい」
という短いやり取りの後、逃げてくる冒険者パーティの前に躍り出る。
「ちっ、逃げろって言っているのが聞こえなかったのか!?」
「要らないなら、あれは俺が貰うけど後で文句言うなよ?」
と一言断ってから、
「『ウインドカッター』!」
と詠唱して風の刃を飛ばす。
ただし、魔術のウインドカッターと比べると、威力も、精度も、同時発射の弾数も別物だ。
単純に誤魔化す為に詠唱したに過ぎない。
追ってきていたすべてのオークの頭と胴体は永遠に別たれることとなった。
【風魔法】を発動する際に数えたところによると、合計56匹だった。
キラーアイビーの素材を取り損ねた損失は、これで補填して有り余るだろう。
必死で逃げてきたであろう彼らには申し訳ないが、ありがたい話だ。
「はあっ!?」
俺に忠告をしていた男は、目をこぼれんばかりに見開いて絶句している。
他のパーティメンバーも同じような様子だ。
「ちょっ……ちょっと、待て」
アイテムボックスを誤魔化す為に魔法の鞄を取り出してオークの死体を回収しようとしたところで、声をかけてきたのは後ろを走っていた魔術師風の男だ。
「なんだ? キチンと断ってから倒したじゃないか?」
返答する時間を与えたかどうかは別として。
「いっ、いや、それには異論はない。そもそも俺たちには倒せなかったわけだしな。文句どころか、むしろ助けてもらって礼を言う立場だよ」
「そうか、俺たちとしても良い臨時収入だからな。Win Winで素晴らしいことだ」
「ういん……? いや、そんなことより、さっきのアレは一体なんなんだ? ただの『ウインドカッター』があんな威力を持つなんて……」
「こら! 恩人に要らん詮索をするもんじゃないよ」
と、先ほどまでは殿をつとめていた、短弓を携えた女が魔術師風の男の頭を叩き、こちらに向かって「すまないね」と謝った。
俺は、「気にするな」と言って魔法の鞄に仕舞う振りをしながら、アイテムボックスへとオークの胴体を仕舞っていく。
イリスも、魔法の鞄にオークの頭を格納していく。
魔法の鞄の中は普通に時間が進むため、そのまま入れっぱなしにすると血が固まったりして面倒だが、後で魔法の鞄ごとアイテムボックスに仕舞えば問題ない。
しかも、魔法の鞄からアイテムボックスへの移動もできる。
これらはすでに、10階ボス部屋で大量に素材を回収したときに実験済みだ。
「改めて礼を言うよ。ありがとう。アタイたちだけでは逃げ切れていたかどうかもわからない。全滅まではいかないだろうが、今みたいに全員無事というわけにはいかなかっただろう」
俺たちの作業が終わるのを待って、短弓を持った女冒険者が礼を述べてきた。
「俺がドジっちまって、モンスターハウスの罠を踏んじまったせいなんだが、ここにいたのがお前たちじゃなかったら、道連れにしちまっていた。すまなかった」
と、先頭を走っていた男が重ねて頭を下げてきた。
「まぁ、お互い無事だったんだし、気にすることじゃないさ。とりあえず、謝罪と礼の言葉は受け取っておく」
イリスも俺の横で頷いているので、彼女も異論はないようだった。
「俺たちも、オークの1匹2匹なら囲んで戦えばどうとでもなるんだが……」
「それじゃあ、この階層はちょっと早いんじゃあないのか?」
「本来オークは、25階以上で出現する魔物だからな。21階で全く出くわさないってこたぁないが、出ても1匹か2匹はぐれでいるだけだ」
それでも、安全マージンのないギリギリの探索のように聞こえる。
「まぁ、普通モンスターハウスは閉じ込めの罠とセットなんだが、どういうわけか違ってくれて助かったよ」
逃げることすらできないのか。それは……ギリギリの探索を行っていた場合、簡単に詰むかもなぁ。
「とにかく助かったよ。ありがとう。
アタイたちのパーティは、都市セーレではちょっとばかし有名だからさ、戻ったら改めて礼をさせてもらうよ。ギルドかギルドの酒場であた――ああ、名乗っていなかったね、アタイはこのパーティのリーダーをやっているメロだ。
では、改めて……ギルドかギルドの酒場で、「メロ」を探してくれると嬉しい。
――それじゃあね」
そう言って、転移結晶で転移してしまった。
正直面倒だな……まぁ、実際大したことではないし、わざわざ出向かなくても良いだろう。
慎み深い日本人としては、こちらから礼を求めにいくような習慣はない。
しかし、アレで有名なのか……
田舎のヤンキーが、「俺この辺じゃ有名なんだぜ!」と言うときは大抵残念なのだから、事実は推して知るべしかもしれない。
イリスも同じことを思ったらしく、微妙な顔をしている。
「今日はここのフロアを少し散策してから帰るか」
「はい、主様」
†
助けた冒険者パーティが本当に有名なパーティかどうかはさておき、おしゃべりだと知ったのは、いつものようにピークを外して冒険者ギルドについたときだった。
特に何も言っていないのに、良い笑顔のイオさんが、
「搬入口開けておきましたよ!」
と言いながら近づいてきたときには、頭をかかえたくなった。
聞いたところによると、
「アシハラ風の剣を携えた黒髪の男と、銀髪の獣人2人組のパーティに助けられた」
だの、
「50匹以上のオークの首が一瞬で落ちた」
だの、
「首を落とすのに、武器すら抜かなかった」
だのと、「若干、話を盛りながら吹聴していた」とのことだった。
「本日は、38万8000リコとなります。ここセーレの冒険者ギルドのCランクの中ではダントツの稼ぎ頭ですよ!」
明細を確認すると、オークの素材だけで22万8000リコだった。
おしゃべりな冒険者パーティは災難だったろうが、同情する気持ちもさっきの話で雲散霧消したし、こちらとしてはラッキーだったということにしとこう。
「そうですか……」
「感動がないですねぇ。今日の稼ぎなんて一人頭で計算すると、Bランク……下手したらAランク冒険者と比べても遜色ないくらいですよ!」
まぁ、Aランクまではギルドポイントで上がるため、実質のアッパーであるAランク冒険者はピンキリなのだろう。
稼いでるやつは稼いでると思いたい。
それに、コンスタントに稼がなくても、階層が深くなれば深くなるほど一発逆転で儲かることも多いだろうしな。
と、話半分に聞いていると、
「そんなお二人に、ギルドから指名依頼があるのですが、受けていただけませんか?」
「急に褒めるからおかしいと思ったら、そういうことですか……」
面倒ごとを頼む布石だったというわけだ。
「いえ、むしろお二人の現状を鑑みての依頼ですよ」
「……ちなみに、どんな依頼ですか?」
「護衛依頼です。期間は2週間ほどでしょうか? 諸経費は向こう持ちで、依頼料が……」
「いえ、受けないのでそこまでで結構です」
どうせ、護衛といっても、街道を移動するだけだろう。
イリスを鍛えつつ、俺がもう少し成長しやすい階層まで潜るという目標があるのだ。
魔物も出ないような街道を2週間も移動するだけなんてとんでもない。
しかも片道2週間だった場合はさらに目も当てられない結果になる。
「そうですか……今この依頼を受けることができるのは、お二人しかいないんですよ……」
「BランクとかAランクのパーティに頼めばいいじゃないですか」
「詳しいことは話せませんが、Bランク以上の冒険者は現在セーレから動くことを禁止されているんですよ……」
確か、魔物による被害が予測される場合、Bランク以上の冒険者は強制参加となるんだっけか。
他にもあったような気がするが、一番強制力が高いのがこれだ。
ギルドと各国間の約定で決まっているため、これに違反するとギルドを追放だけでは済まない。
「申し訳ないですが……他のCランク冒険者をあたってください」
「そうですか……残念です。もし気が変わったら、いつでも言ってくださいね」
まぁ、そんな日は来ないだろうと思いつつ、頷いて辞去する。
冒険者ギルドをでると、先ほどの冒険者――メロが手を振っていた。
「お二人さん! さっきはどうも!」
「わざわざ、ギルドの外で待ち伏せていたのか?」
内心ため息をつきつつ、返す。
「なんか嫌そうだね……」
「誰かさんたちが、あることないこと触れ回ってくれたおかげでね」
「あはは、それは申し訳なかったね」
――「あはは」じゃねーよ!
ジト目で睨んでやると、ひや汗を垂らしながら何やらいいわけをし始めた。
「それで? 主様と、私に何かご用ですか?」
いや、俺だけじゃなくイリスの目も冷ややかだ。言葉にもずいぶんとトゲがあるな。
「言ったじゃないか、礼をしたいってさ。奢るから、呑みに行こう!」
……一応未成年なんだけどな。
この国の法律ではどうか知らないけど。
「誘ってもらって申し訳ないけど、酒は苦手でね。遠慮させてもらうよ」
「なっ、なら、食事でもどうだい?」
「――何故、そんなに必死なんです?」
イリスが警戒心をむき出しにして尋ねる。
全くもって、俺も同感だ。
「いやいや、別に他意はないよ。面倒ごとを持ち込もうだなんて考えてもいないし、無理してアタイたちのパーティに勧誘したりもしない。何だったら、店はそっちが選んでくれて構わない。単純に世話になった礼をしたいだけさ」
「そっちは、命が助かった。俺たちは、オークの素材が手に入った。それじゃ駄目なのか?」
「いやいや、全然重さが違うじゃないか!? そりゃあ、食事を奢ったからといって足しになるとも思っていないんだけどさ」
まぁ、一度ご飯を奢られておけば、気が済むのならそれでいいか……と考えて、ふとあることを思い出した。
「そういえば、そっちのパーティにBランクの冒険者がいたりしないか?」
「ああ、アタイがBランクだよ。他はCとDだけどね」
「そうか。なら、ちょっと聞きたいことがある。それで、貸し借りなしにしよう」
「……? よくわからないけど、借りが返せるなら何でも話すよ? もちろん話せる範囲にはなるけど」
逃げるときに殿をつとめていたと思ったら、一番ランクが高かったのか……
「そうと決まったら、飯に行こう。確か、中央広場の近くに個室のあるレストランがあったはずだから、そこにしよう」
「げ、あそこめっちゃ高い……」
と、何か言いかけたがイリスに睨まれ、「なっ、何でもない」と肩を落としていた。
「酒を呑まなければさほどでもないさ」
「そっ、そうだな……(節約のため)一緒に行くのはアタイだけでいいか?」
「まぁ、情報さえ聞ければそれでいいよ」
「わかった」
というわけで俺たちは、一人頭の予算が1万リコという平民街にある飲食店の中では最も高いという噂の、高級レストランへと向かったのだった。
■改稿履歴
メロの一人称をアタイに変えました。




