第28話 迷宮生活6日目(前編)
迷宮生活6日目。
ここ数日は、朝から迷宮に潜り夕方のピークが過ぎた頃に素材を売り払うという生活を続けていた。
11階から20階層はマップを使用することで楽に攻略できるが、俺はともかくイリスが辛くなってきたので20階に留まってレベル上げをしていた。
ハードに鍛えてレベルを上げたのと、称号のおかげなのか別な要因なのかはわからないが、イリス自体の強さも上がっているため、今日の仕上げとしてボスに挑んでも良いだろうということになった。
で、俺自身の成長だけど、実際の所は俺の方がイリスよりレベルが低いのだけど、イリスの半分以下の効率でしかレベルが上がらないため、スキルレベルを上げることにした。
特に、先日のボス戦で魔術から魔法に変わった【氷魔法】【炎魔法】【雷魔法】と、ブラッドバットから複製した【風魔法】のスキルレベルを上げることに注力している。
そのため、ここ数日はイリスが前衛、俺が後衛という構成で戦っている。
といっても、俺はずっとあれこれ魔法の練習をしていたので、殆どイリスが一人で戦っていたが。
【風魔法】に関しては、ブラッドバットから複製すれば良いと思い10階層で試してみたが、同じ魔物から複製すると徐々に得られる経験が減っていくことがわかった。
本来であれば、一切得られないのだろうが、徐々に減りつつも成長できているのは、【限界突破】スキルの「同一経験での成長上限解除」のおかげだろう。
それと同時に、【限界突破】も完全ではないことがわかる。
0ではなくなるが、さりとて全ての制限が撤廃されるというわけではないのだろう。
ちなみに、SP操作で上げなかったのは、実際にあれこれ使って見て試してみたかったからだ。
レベルが低い内は、問題なく上がるだろうし。SPがもったいないからな。
【雷魔法】とイリスから複製した魔力変換による攻撃『稲妻突き』を比べてみた結果、魔力変換と魔法はよく似ていることに気がついた。
本来獣人族ではない俺には魔力変換は使えないはずなのだが、そこは【完全見取り】が頑張ってくれたのだろう。
もしくは、異世界人だということも関係しているのかもしれない。
称号によると既に人間をやめてるらしいしね。
魔力変換はただ水が出ている状態とすると、魔法はホースの口を絞ったり、口を広げて大量に水を出したりと色々制御ができるものという感じだ。なので、魔力変換は武術スキルと組み合わせて威力を上げる必要があるというわけだった。
これだけだと、魔力変換は魔法の完全に下位互換になってしまうが、魔力変換は魔法と比べて圧倒的に発動が速いのと、自分の攻撃で自分を傷つけることはないという利点がある。
例えば、全身に雷を纏う『雷纏』を魔法で再現しようとすると、
1.絶縁のシールドを張る
2.威力を調整した雷を生み出す
3.全身に張り巡らせる
4.2から3の工程を一定間隔で繰り返す
ということになるが、魔力変換で行った場合は、
1.変換量に注意しながら全身に纏った魔力を雷に変換する
とこれだけで済んでしまうのだ。
その代わり基本的には垂れ流しになるのだが……魔法ほどではないが、魔力操作である程度自由にできることもわかっている。
「じゃあ、予定通り少し休憩したらボス部屋に向かうか」
「はい。そろそろこの階層の魔物も物足りなくなってきました。これも、主様から薫陶を受けたおかげです!」
見よう見まねで俺の技を使っていたから軽く教えたところ、現状、レベル的な意味以上に強くなっている。
そのおかげか、イリスは【身体制御】スキルを習得したようだ。
これで、詠唱してスキルを発動しても、ある程度は自分自身で制御できるようになった。
これなら、中ボスも問題なく倒せるだろう。
†
20階層のボス部屋は特に誰も並んでいなかったため、待つことなく入ることができた。
虫の魔物だらけのフロアだったので中ボスも虫かと思っていたら、植物の魔物だった。
大量に束ねられた蔦の魔物で、見た目的にはちょっと(?)脚の多いタコみたいな形をしている。
但し、葉っぱの代わりについているのは目玉だけど。
そして、蔦の一本一本は人間の脚ほどに太く、触手のようにうねうねと広がって身体を支えており、その状態でも高さだけで俺の倍ほど。すべての触手を伸ばして立ち上がることができたのなら、どれほどの高さになるのか想像だにできない。
横幅も2メートルは軽く超えている。
─────────
魔物名
キラーアイビー
レベル
20
スキル
木魔法(LV3)
生命力吸収(LV2)
魔力吸収(LV2)
溶解(LV2)
種族固有スキル
ミニアイビー作成
説明
植物の魔物。
固有スキルミニアイビー作成と、木魔法を使用して大量のミニアイビーを従える。
普段は赤い花のみを地上に出し、それ以外は地中埋まっており、香りに釣られた獲物をミニアイビーとともに不意打ちで仕留める。
─────────
「ぎゅあああああああ」
頭部が割け巨大な口が現れ、醜悪な叫び声を上げる。
そうして開かれた口からは、粘液がしたたり落ちている。
あれに触れたらどうなるのか……は正直試したいとは思わない。
これだけ醜悪な姿のくせに、ハイビスカスのような甘酸っぱくさわやかな香りだ。
よく見ると、頭にハイビスカスのような赤い花がついている。
【真理の魔眼】の説明によると、普段はハイビスカス部分しか出ていないようだが、最初から正体を現しているのは、ボス部屋補正ということだろう。
「よし、イリスいけっ!」
「はい!」
今回のボス戦だが、俺は傍観の予定だ。
イリスが厳しそうなら手を出す予定だけど、そうならなければ最初から最後までイリスが倒すことになっている。
どのみち、もう少し深い階層に潜らない限りは、俺のレベルを上げるには先日のボス部屋のように大量に魔物を狩る必要があるだろうからな。
しばらくは、イリスの強化と俺の魔法の強化に注力したい。
蔦が鞭のようにしなり、イリスに襲いかかる。
だが、イリスは難なく躱すと、すれ違いざまに斬りつけ蔦を一本落とす。
落ちた蔦から目玉がこぼれ落ち、目玉の下から急激に蔦が伸び、一気にミニアイビーへと成長する。
どうやら、【木魔法】を覚えたようだ。
あの目玉を使ってミニアイビーを作ることができるが、本来なら時間がかかるようで、その時間短縮のために【木魔法】を使用しているということらしい。
種族固有スキルは、さすがに無理なのか覚えることはできなかった。
まぁ、目玉から自分とは違う生き物ができるなんて、「ゲゲゲ」って感じだからな。覚えられなくて逆に良かった。
目玉が外れた蔦はそのまま枯れ、本体にある斬られたはずの蔦は一気に再生した。
光魔術の回復でも、神聖魔術の回復でもない。【木魔法】で成長させただけだ。
「『雷纏』」
イリスは雷を纏い、キラーアイビーに突っ込んでいく。
生み出されたミニアイビーがイリスに向かって突っ込んでいくが、イリスに届く前に雷撃によって黒焦げになっている。
ミニアイビーからは大した素材は取れないため、何の問題もない。
「せいっ!!」
キラーアイビーの土手っ腹にソバットをかますと、バチバチと火花を散らしながら10メートルほど吹っ飛んでいく。
しかし、雷撃は蔦を伝って流したらしく、大したダメージは受けていないようだ。
さらには、吹っ飛んだ衝撃でキラーアイビーの全身から目玉がこぼれ落ち、そこからミニアイビーが大量に生み出される。
その内半分はイリスの方へ、残り半分はこちらに向かってきた。
「『ファイアーウォール』!」
ゴウッ!
と音を立てて炎の壁が生まれる。
ほんの少しだけ威力を上げている程度だが、ミニアイビーはどんどん炎の壁に突っ込んでは燃え尽きていく。
しかし、ミニアイビーは雑魚とはいえ、攻撃するたびに生まれるんじゃあ面倒だな……
切り口を焼くか凍らせない限りはいくら斬っても再生されるしな。
現状雷以外への魔力変換ができないイリスには荷が重いか?
闇以外への資質はあるのだから、覚えても良さそうだけど……
まぁ、ちょっと試してみたいこともあるし、俺も手を出すか。
俺は、霞の合口を手に取ると、魔法で魔力を炎属性に変え注ぎ込んだ。
すると、いつもの不可視の刃ではなく、超高熱の青い炎の刃が生まれた。
炎属性の魔力自体は魔法で生み出しているのだが、この炎の刃は魔力変換と同じく俺自身を傷つけることはできないようで、熱さは感じない。
予想通りにうまくいったことと、望外の効果に内心でほくそ笑みながら、イリスに声をかける。
「イリス! 俺も出る!!」
「承知しました!!」
【ハイジャンプ】と、先日の冒険者から複製した【加速】、さらには【風魔法】を併用して超加速し、キラーアイビーへ突撃する。
イリスの位置から見たなら、青い炎の剣が尾を引いて見えただろう。
こんな技はじいさんの技にはないし、はっきりいって隙だらけの技だが、弾丸のごとき速度で迫る物体に対処できる者は少ない。
特に今のキラーアイビーは、イリスの蹴りによって体勢を崩しているのだから。
勢いを殺すことなく刀が突き立ったかと思うと、そのまま焼き尽くしながら貫通し、俺の身体ごと通り抜けてしまった。
制動し10メートルほど離れた位置で振り返ると、土手っ腹に大穴が穿いており、その穴からイリスの姿が見えるほどだった。
日本で覚えた技は確かに強力だが、あくまで対人戦闘向けの技だ。
魔物を相手にするなら、こういった技の開発も必要だろう。
植物の魔物で痛覚がないせいか、特に気にした様子もなく蔦をイリスに向けているが、穿いた大穴のせいでうまくバランスを取ることができておらず、最初の頃の勢いはない。
さらに傷口は焼き尽くしてあるので、再生する様子もない。
これが、神聖魔法や光魔法であれば復活しただろうけど、木魔法だけでは無理だ。
しかし、まだ死なないのか。
案外頑丈だな。
普通の魔物なら確実に死んでいるが、植物なのでしぶといのだろう。
俺は、こっちに向かってくる蔦を斬り払いながら回り込み、イリスに近づく。
イリスも同じように斬り払っているが、俺とは違い斬り口を焼けないので再生を許してしまっている。
「イリス、傷口を焼かないと無駄骨だぞ?」
そう言ってイリスが斬った切り口をすべて焼いていく。
「主様の、それは炎の魔力を宿しているのですか?」
「ああ、試してみたらできた」
(……主様は、人間族のはずなのだが……)
「どうかしたか?」
「いえ」
(詮索しないという約束を違えるところだった……)
「それならいいけど。それより、イリスはまだ雷以外の魔力変換は無理そうか?」
「はい、いつもは何となく術技の名前が浮かんできて、新しい術技を使えるようになるのですが……」
え? そんな経験一度もないな。
使った結果、術技として使えるようになる感じだ。
そのことをイリスに伝え、
「取り合えず俺の真似をして使って見ろ」
「はっ、はい! わかりました!!」
「まぁ、それでできたら苦労はしない……」
と言いかけたところで、
「『紅蓮斬』!」
いつの間にか『雷纏』を解除したイリスが、炎を纏った剣で斬りつけていた。
俺と違う紅い炎が、キラーアイビーを燃やしながら斬り裂いていく。
なんつーのか、イリスも【完全見取り】を持ってるんじゃないかと疑いたくなってくるな。
「でっ! できました!!」
と驚きながら喜んでいる姿を見る限りは、単に実力なのだろうが……
パラメーターやスキルに現れないセンスみたいなものが非常に高いのだろう。
これは、他の属性も見せてやれば使えるようになるかもしれないな。
だが……
「喜んでるところ悪いけど、全部燃やしたら素材も何も剥ぎ取れないな」
「あ……」
炎を霞の合口の力で集約させている俺とは違い、イリスは垂れ流しの状態だ。
傷口だけを焼くことはできず、キラーアイビーの全身を燃やしていた。
10階の再現というわけだ。
今回燃やしたのは、雑魚ではなく中ボスだが。
ついでにいえば、ミニアイビーは俺の『ファイアーウォール』とイリスの『雷纏』によって焼き尽くされていて殆ど残っていない、
残っていた数匹も、キラーアイビーの炎が引火し燃やし尽くされている。
やはり、風や氷、水が優秀だな。
素材を剥ぎ取るという意味では。
「申し訳ありません……一度ならず二度までも……」
炎属性の魔力変換を習得した喜びは、消え失せてしまったようだ。
「そうだな、イリスは魔力操作を覚えて、魔力変換後の魔力を制御できるようにならないとな。まぁ後で教えてやるから、そう落ち込むな」
「はい……ありがとうございます……」
「よし、ならさっさと次の階に移動するぞ」
拾う素材がないのだから、さっさと移動してしまおう。
ここにい続けると、いつまでも落ち込んでいるだろうからな。




