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第25話 ボス部屋での戦い(後編)

 前半はイリス視点です。

 魔寄せの香の効果が切れるどころか、どんどん強力になっていく。

 

 主様(あるじさま)のその推理を聞いても、私には死の不安はなかった。

 あるとすれば、主様から与えられる恩寵(おんちょう)に応えられないことだ。

 

 主様は有事となれば私を蚊帳(かや)の外に置こうとする。

 

 私を女として扱ってくれようとしているのはわかる。

 (いや)しくもそれに喜びを感じる自分も確かに存在する。

 

 だが、()()()()()()を頂くには、女として以上の価値を示さなければ。

 

 通常であれば、絶体絶命の状況下だが……主様は語ってはくださらなかったが、なにやら腹案があるようだ。

 

 ただ、確実ではないのだろう。

 できないかもしれないことは口にしない。

 それは、主様の美点ではあるが、少し寂しく思ってしまう。

 

 参謀でもいれば話は変わってくるのだろうが……

 

 戦うことしかできない自分を歯がゆく思う。

 戦うことしかできないから、ここで引くわけにはいかない。

 

「さて、イリス! やるぞ!」

 私はその言葉に、大きく返事をした。

 

 ――決意を込めるように。

 

 

 

 

 主様の()()()んでいた音が戻る。

 と同時に、主様の姿が消える。

 

 初めてあの動きを見たときは、まさしく瞬間移動でもしたかのように感じたが、横から見ることができているおかげか今回は動きを追うことができた。

 

 重心を一切ずらすことなく最初から最高速をたたき出す主様の動きは、正面から対峙した者に対して、まるで瞬間移動でもしたかのような錯覚をもたらすのだろう。

 

 ……なるほど、私はあれにやられたのか。

 

 などと感慨に耽る間もなく、ゴブリンキングとその左右に控えるように対峙してたゴブリンセージが、あのときの私と同じ運命をたどる。

 ただ違う点は、主様の武器が本来得意とされているものへと変わったことと、身代わりの指輪(あれ)の存在だろう。

 

 どうやらシールドが張られていたようだが、主様はまるで紙でも斬り裂くかのようにシールドごと斬り捨ててしまった。

 

 初撃を主様に譲ってしまったが、私も負けてはいられない。

 ハイコボルトの死体をあさっている、コボルト・ナイトメアの背中をめがけて突きを放つ。

 

「『稲妻突き』!」

 

 手加減無し、全力の稲妻突きだ。

 

 普通の剣を使用した場合、二撃目に耐えることができず破損してしまうほどの強力な技だが、主様に頂いたこの剣ならば何の問題もない。

 

 硬い筋肉の鎧に阻まれ貫通とまではいかなかったが、突き刺さった剣が雷を纏いコボルト・ナイトメアを内部から焼く。

 肉を焼く悪臭に耐え雷撃が終わると同時に、横っ腹に蹴りを入れ敵を吹き飛ばしつつ剣を引き抜く。

 

 流石は、ハイコボルトの上位種。

 

 この程度では死んではくれない。

 

 主様のように、一撃で首を斬り飛ばせば別だが……

 

 魔物に囲まれないよう、常に広く保っている視界には常に主様の勇姿が映っている。

 

 奔る剣閃。

 私が――いや、大多数が使う剣術とは違い、最初から速い剣は、次々と魔物を屠っていく。

 それだけではない。

 気のせいか、刀を振るうたびに速くなっているようにも見える。

 

 いや、気のせいではない。

 剣を振りきるまではほぼ等速で振るわれてはいるが、その勢いを利用して次の剣を振るうため、結果的に段々と速くなるのだ。

 床は魔物の死体で足の踏み場もないような状態だったが、それに足を取られる様子もない。

 

 敵の動き、自分の動き、味方の動きすべてを把握し計算された、踊るような剣。

 ボス部屋中を所狭しと踊りながら、B級冒険者でも単独討伐は厳しいとされる魔物たちを、易々と斬り飛ばしていく。

 

 主様は詠唱無しで武器術技を使うことができるため確実なことはいえないが、どうやら術技は使用してないようだ。

 

「――ふむ。こうか……?」

 

 雷撃で痺れて動けないコボルト・ナイトメアに向かい、見よう見まねで袈裟に斬りつける。

 

 腕力だけで振るう剣ではなく、捻るように全身の筋力を使用した斬撃は、稲妻突きですら阻んだ筋肉の鎧を易々と斬り裂いた。

 

 再現率は一割にも満たないだろうその剣だったが、明らかに剣の威力が上がっている。

 

 一撃、二撃と何度も斬りつけ、コボルト・ナイトメアにとどめを刺す。

 

 元々、剣速の速い剣を得意としていた私だが、今の連撃はこれまでと比べると段違いに速い剣だった。

 

「さぁっ! 次っ!!」

 

 主様から薫陶を受けた私は、黒い霧から生み出され続けているハイコボルトやゴブリンナイトを次々と斬り伏せていく。

 

 10匹ほど屠った頃だろうか、前髪がまるで雷撃でもあびたようにパチッと火花を散らしはじける。

 

 ――この感じは……

 

 新しく術技を覚えるときの感覚だ。

 戦いの中で偶然発動し、何となくだが技の名前とその効果が浮かび使えるようになるのだ。

 

「『雷纏(らいてん)』!」

 

 詠唱とともに、全身に雷がまとわりつく。

 

 触れるものを消し炭に変え、術技を使用しない普通の攻撃でさえも、雷撃による追加ダメージを与える技だ。

 

 雷纏(らいてん)の発動に呼応するように、先ほどと同じく10体を超えるブラッドバットと、同じく10体を超えるゴブリンが現れる。

 

 急に、出てくる魔物のランクが下がったことを不思議に思いながら、雷を纏った剣で次々とゴブリンを斬り捨てていく。

 ブラッドバットに至っては、私がまき散らす雷の余波だけで絶命していく。

 

 そうして、数だけは多い雑魚を散らしていると、いつの間にか魔物の出現は完全に止まっていた。

 

 

 

 †

 

 

 

 キングゴブリンの首を跳ねながら、俺は驚いていた。

 

「おいおい、見よう見まねで俺の剣を使うとは……」

 

 もちろん、再現度は低くいくらでもダメ出しできそうな剣だが、基礎も何もかもすっ飛ばして、俺の剣を再現したイリスには末恐ろしいものを感じる。

 獣人は身体能力に優れ、狼人属は五感に加え直感力も高いとは聞いていたが……

 

 それはそうとして、ようやく()()の効果が出てきたな。

 

 俺は敵を屠りつつ、たえず【錬金】を発動させ続けていた。

 

 そう、俺の腹案とは、【錬金】スキルでボス部屋に充満する魔寄せの香の効果を消し去ることだった。

 【錬金】対象に触れている必要があるため、魔物を斬り伏せながら所狭しとボス部屋中を駆け回る。

 

 流石に同時に術技を使えるほどの余裕はないため、【飛刀】すら使用してない。

 もっといえば、視界を広く保ち囲まれないようにだけ気をつけながら、身体に染みついた動きに身を任せ敵を屠っているため、殆どの意識は【錬金】に割いている。

 

 これは、イリスには残ってもらっていて正解だったな。

 魔寄せの香の効果が高いうちは、強力な個体が単品で出てくるだけだが、効果が弱まると弱い魔物が数多く出てくるようになる。

 

 魔法が使えれば対処も簡単だが、【錬金】を使用している今は魔法は使えない。

 刀だけで対処できないこともないだろうが、少々面倒だったろう。

 

 ようやく魔寄せの香の効果を消し去り、魔物の出現が止まったのは、いつの間にか雷を纏っていたイリスが、ブラッドバットを消し炭に変えた後だった。

 

 

 

 

《レベルが上がりました》

 

 どうやら、流石にレベルが上がったようだ。

 

 戦いが終わった後の部屋の様子は、まさに地獄絵図だった。

 床は、魔物の死体で埋め尽くされ、更にその上で戦闘を(おこ)なったため、死体の損傷もひどいものだった。

 

 戦闘中に迷宮に吸収された個体も多くいるため、正確な数はわからないが……

 

「イリス。とりあえず、上位個体から優先してアイテムボックスに格納していく。手伝ってくれ」

「承知しました」

 

 こうしているうちに、次々と魔物死体は迷宮に吸収されている。

 冒険者に至っては死体はおろか、装備品まで吸収されていた。

 

 これでは、ステータスプレートはおろか冒険者カードも回収は不可能だろう。

 

 15分ほどかけて回収を終えアイテムボックスを確認すると、1500を超える魔物が収まっていた。

 

 ゴブリンシリーズ最上位のゴブリンエンペラーが一体混じっていたが、いつの間に倒したのかは覚えていない。

 

 流石に、これを全部ギルドに売ると大騒ぎになるな……

 ホーンラビットのときの比ではないだろう。

 

「さて、これくらいでいいだろう」

「申し訳ありません……」

 

 イリスが雷撃で黒こげにした魔物からは、素材は疎か魔石すら採れなかった。

 流石に、コボルトナイトメアは問題なかったが、それ以外の魔物は魔石ごと消滅するか、粉々に砕かれてしまって駄目だった。

 

 あの雷撃、どれだけ威力があるんだ……

 

「まぁ、オーバーキル過ぎるとそんなこともあるってことが、わかって良かったじゃあないか。それよりも、あの剣には驚かされた」

「かっ、勝手に真似をしてしまい……」

「別に責めてはいない。単純に感心しただけだ」

 

 言って、頭を撫でながら、『クリーニング』をかけてやる。

 

(やはり、主様は、新緑のような良い匂いがするな……)

 

 気持ちよさそうに目を細めるのはいいが、鼻をひくひくさせるのはやめろと言いたい。

 

 こっそり匂いを嗅ぐな。

 これじゃあ、狼というより犬だな。そういえば、犬って変な匂い好きだよな。靴の匂いとか。

 

 と、考えて慌てて俺自身にも、『クリーニング』をかける。

 

 残念そうなイリスの表情を見なかったことにして、

 

「さて、予定より早いが……次の階へ移動したら転移結晶で帰ろう。流石に疲れた」

 

 俺たちは重い身体を引きずりつつ、11階層へと転移したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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