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第24話 ボス部屋での戦い(前編)

 人が死ぬシーンがあります。

 蠱毒(こどく)という物がある。

 大量の生き物を壺に閉じ込め、共食いをさせ最後に残った強力な一匹を、呪術の道具に使うというものだ。

 

 俺の目の前では、まさに同じことが起きていた。

 

 ボス部屋という狭い空間で、共食いを続ける大量の魔物たち。魔物の種類は、ゴブリンシリーズやコボルトシリーズがメインだが、今まであったことがないような個体も存在する。

 死んでも死んでもその数は減ることはなく、部屋に充満している黒い霧から次から次へと新しく生まれている。

 

 事前情報では、これはあり得ないことだった。

 ボスとその取り巻きは、ボス部屋に移動後に黒い霧から生み出される。

 そのため、10秒ほどの猶予があるのだ。

 

 入った途端、ボス部屋が大量の魔物で埋め尽くされているなど、本来的にはあり得ることではない。

 

 見慣れない魔物を【真理の魔眼】で確認しようとしてやめる。

 いま、大量のウインドウで視界を遮られると、詰んでしまう。

 

 共食いに夢中になっているせいか、部屋の隅で気配を消しているおかげか、はたまた俺たちがいる場所の魔物密度が低いせいかはわからないが、俺たちに気付く様子はない。

 

 このまま気付かれないうちに、転移結晶で移動できれば良いのだが、それは不可能だろう。

 

 その証拠に、足下には、転移結晶を握りしめた()()()()()()()()が転がっている。

 先ほどの女冒険者だ。

 

 転移結晶は使用すると無防備になるだけではなく、数秒のラグがある。

 その間に襲われてはひとたまりもないだろう。

 

「(イリス、まず数を減らすから、警戒だけは怠らないでくれ)」

 

 小声で呼びかけた声は魔物たちの声でかき消されたが、【風魔法】を利用してイリスにだけ届ける。

 魔法は魔術とは違い自分のイメージ通りの現象を引き起こすことができるが、現状、魔法として使用できるのは風だけだ。

 

 イリスの返事を聞く間も惜しく、魔物の集団と俺たちの間に、真空の壁と風の刃の壁を重ねて設置する。

 そうだな、この二重の壁のことを、『風神の壁』と呼ぼう。

 

 間一髪。こちらに気がつき飛びかかっていたゴブリンの首が切り落とされて絶命したのを皮切りに、あれほど騒がしかった音が一切消滅する。

 

 【風魔法】で空気圧縮した風の爆弾を魔物の坩堝(るつぼ)の中に大量に配置する。

 

《スキル【ミラーリング】を習得できるようになりました。習得する場合は、SP操作から習得してください》

 

 脳内アナウンスが何か告げてくるが、構っている余裕はない。

 ただでさえ、大量にひしめいているのにも拘わらず、迷宮が魔物を生み出すときに生じる黒い霧が部屋中に充満しているのだから。

 

「――『起爆』」

 

 風神の壁の向こうはまさに地獄だった。次々と時間差で起爆する風の爆弾が、魔物たちをすりつぶしていく。

 新しく生まれた魔物も、生まれると同時にすりつぶされる。

 

《スキル【並列起動】を習得できるようになりました。習得する場合は、SP操作から習得してください》

 

 油断なく魔物たちを観察していると、魔物の死体に混じって人間の遺体が混じっていた。

 女冒険者の仲間や、その前に並んでいた冒険者パーティーのものだ。

 既に原形をとどめていないが、あの見覚えのない鎧は、先にボス部屋に入っていたパーティーのものだろうか?

 

 最低でも3パーティー全滅か?

 一体、どうなっている?

 

主様(あるじさま)、これは、魔寄せの香です。

 魔寄せの香は、外で使う分にはただ魔物を呼び寄せるだけですが、迷宮内で使うと、魔物を呼び寄せつつ、迷宮が大量に魔物を生み出すようになります」

 

 正直、俺には魔物の匂いが充満しすぎていて臭いくらいにしか思わないのだが、イリスにはわかるらしい。

 さすがは、狼人族という訳か。

 

 まてよ? 部屋中に魔寄せの香が充満しているということは……

 

「イリス! うしろだ!」

 

 背後の天井付近から、ブラッドバットが20匹ほど生み出され、イリスに向かって特攻する。

 ――が、イリスは危なげなくブラッドバットを屠っていく。

 

 7匹屠ったところで、一匹を残し黒い霧へと変わる。

 

 その霧は、最後の一匹にどんどん吸い込まれていく。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちとともに、アイテムボックスからナイフを取り出して投擲する。――が、黒い霧がまるでクッションのようにナイフを受け止め弾いてしまう。

 

 そうして、黒い霧がすべて吸い込まれた後には――

 

 

 今までとは違う赤いブラッドバットが生み出された。

 

 

「メイジバット! 中階層以下の中ボスがどうしてこんなところで!?」

 

 俺が【真理の魔眼】で確認する前に、イリスが声を上げる。メイジバットの方にはすでにメイジバット以外の魔物はいないので、視界が埋め尽くされる心配はない。

 

 ──────────

 魔物名

  メイジバット

 

 レベル

  20

 

 スキル

  風魔法(LV2)

  炎魔法(LV1)

  氷魔法(LV1)

  雷魔法(LV1)

  純魔術(LV2)

  吸血(LV3)

 

 説明

 コウモリの魔物。

 【吸血】されると、血とともにHP・MPを吸い取られる。

 

 炎・氷・雷・風の魔法を使用する他、高レベルになると、属性外魔術を使用するようになる。

 

 また、【純魔術】のマジックシールドを使いこなし、魔術攻撃が効きにくい。

 

 ──────────

 

 流石、中階層のボス。

 なかなかのスキルだ。

 

 流石に、魔法を使わせる気はないが、魔法スキルは欲しい。『収集』を念じて、スキルを複製していく。

 

《【炎魔術】は上位スキル【炎魔法】に統合されました。経験を合算します》

《【氷魔術】は上位スキル【氷魔法】に統合されました。経験を合算します》

《【雷魔術】は上位スキル【雷魔法】に統合されました。経験を合算します》

 

 

 俺は風神の壁の向こうに爆弾を追加しつつ、メイジバットの前に躍り出た。

 

 ブラッドバットは、【風魔法】を利用して特攻しながら噛みついてきていたが、メイジバットは刀が届かない位置から降りてくる気配はない。

 

 そうしているうちに、メイジバットの口の前に大きな炎の球が現れる。

 

 なるほどね。ああして、こちらの手の届かない位置から魔法を放ち続ける魔物なのか。

 

 ――だが、甘い。

 

 俺は刀に魔力を集めて、メイジバットに向かって飛ばした。

 

《刀術技【飛刀】を習得しました》

 

 メイジバットにはひらりと躱されてしまったが、炎の球は霧散してしまった。

 

 お返しとばかりにファイアボールを叩き込んでやるが、マジックシールドで防がれてしまった。

 魔術攻撃は効きにくいというのは本当のようだ。

 イリスもファイアボールに紛れるようにして投げナイフを投擲していたが、これもうまく躱されている。

 

「なら……これでどうだ!?」

 

 両手に持っていた新月を右手に持ち替え、左手に霞の合口を取り出す。

 すかさず霞の合口の刃をメイジバットに届く距離まで伸ばす。

 霞の合口の刃は魔力で作られているため、これもマジックシールドで防がれるかと思ったが、これは問題なくシールドごとメイジバットを斬り裂いた。

 

 とはいえ、長い刀を振るうことになれていないせいか、目測を誤り左側の羽を斬っただけに留まったが、飛行能力を失い地面へ落下する。

 

 メイジバットの魔法スキルは、落下スピードを落とすことにしか使用されず、良い的だ。

 今度こそ、メイジバットは新月の錆びになった。

 

 

 

 

 相も変わらず、風神の壁の向こうでは空気の爆弾が蹂躙を続けているが、何匹かには殆ど効いていないようだ。

 それに、消し飛ばしても消し飛ばしても新しく生まれてきている。

 

 【真理の魔眼】を使わなくてもわかる。

 やたらとゴブリンの進化先が多いので、何となく調べておいたのだ。

 

「ゴブリンナイトに、ゴブリンセージ、ゴブリンヒーローに極めつけはゴブリンキングか……」

 

 ゴブリンナイトは、比較的上等な鎧と大剣をもったゴブリンで、ゴブリンセージは攻撃と回復、さらには補助の魔術まで使いこなすゴブリンだ。

 そして、ゴブリンヒーローは、魔力を属性に変換する技を使ってくるゴブリンで、ゴブリンキングは魔術物理攻撃ともに万能なゴブリンだ。

 

「それにあちらにいるのは、コボルト最上位種の、コボルト・ナイトメアですね」

 

 コボルト・ナイトメアは、漆黒の毛並みをしたコボルトで魔術耐性、物理耐性ともに高いやっかいな魔物だ。

 

「イリス、今のうちに転移結晶を使って逃げろ。発動までの時間は俺が守っていてやる」

 

 今この場は安全だが、いつまた風神の壁のこちら側に魔物が生まれるとも限らない。

 

「主様はどうされるのですか?」

「……決まっているだろ?」

 

 口角を上げつつ、右手に持った新月を肩に担ぐ。

 

 こいつ等を全滅させるに決まっているだろう?

 

 と、言外に告げる。

 

「でしたら、私もご一緒します」

 

 説得しようと思ったが、すぐにやめた。

 梃子でも意見を変えなさそうだったからだ。

 

 そうなると、あまり高威力な魔法や魔術は使用できないな。

 今のところ、俺が持つ防御手段は【純魔術】の『マテリアルシールド』と『マジックシールド』、そして、属性魔術の壁魔術だけだ。

 『マテリアルシールド』と『マジックシールド』は、自分を中心にシールドを張る魔術だし、壁魔術は、魔法防御という意味ではちょっと心許ない。

 余波からイリスを守ってやる手段がない。

 

 外ならともかく室内だからな。炎魔法の熱気や、氷魔法の冷気もなかなか逃げないだろう。雷撃もしかりだ。

 結局は、風魔法が一番良いということになる。

 

 まぁ、これは、今後の課題だろう。

 

「とりあえず、魔寄せの香の効果が切れるまでは、この状態を維持するか……もうすぐきれるだろ」

 

 自分の台詞に引っかかりを覚える。

 何かを見落としているような。

 

 そうか、「炎魔法の熱気や、氷魔法の冷気もなかなか逃げない」のなら、魔寄せの香の効果も密室では充満してしまったが最後、なかなか消えてくれないのでは?

 

 それが証拠に、現れる魔物も段々と強力になり、ハイコボルトやゴブリンの亜種など空気の爆弾で一撃では倒せない魔物の割合が増えてきている。

 ゴブリンキングの上位種で、ゴブリンシリーズ最上位のゴブリンエンペラーが誕生してもおかしくはないだろう。

 

 これは、恐らく魔寄せの香の効果が拡散せず蓄積され続けているせいだろう。

 また、うまく空気の爆弾をくぐり抜けつつ共食いを続け、自ら上位種や亜種へ変わる魔物も存在する。

 

 だが、強力な個体を生み出すのは負荷が高いのか、新しく生み出される数は減ってきているように思う。

 その分、強くなっているということなので、慰めにはなっていないかもしれないが。

 

 俺の推理をイリスに説明するが、別段恐れを抱いた様子はなかった。頼もしい奴だ。

 一応腹案はあるが、確実にできるとは限らないからな。

 

「今から、強力なのを一発叩き込む。シールドを張れるゴブリンセージなんかは生き延びるだろうが、雑魚はその時点で一掃されるはずだ。後は、地道に行くぞ」

「はい!」

 

 といってもやること自体は変わりはない。

 ちょっと強力に空気を圧縮するだけだ。

 

 風神の壁向こうでは、絶え間なく爆発音が鳴っている筈だが、風神の壁のおかげで爆風は疎か爆発音すら伝わってこない。

 

 みると、地面には軽くクレーターができ、壁もえぐれているようだ。

 先ほどまで使っていた空気の爆弾では一切傷つかなかったというのに……

 

 が、あまりやり過ぎると、崩落してしまうかもしれない。

 崩落するとどうなるのかは想像もつかないが、どうせ碌な事にはならないだろう。

 

 シールドを張ることができる、ゴブリンセージやゴブリンキングはともかくとして、ゴブリンヒーローやゴブリンナイトは流石にその命を散らしていた。

 単純な防御力ならゴブリンセージより断然強いのだが、単に相性の問題だ。

 

 恐らく、今と同じ魔法を何十発打っても大した効果はないだろう。

 雑魚を散らした今、少々危険を(おか)してでも強力な個体を潰しておかないと、更に成長されるとやっかいだな。

 

 爆風が落ち着くのを待って、風神の壁を解除する。

 

「さて、イリス! やるぞ!」

「はい! 主様!!」

 

 

 

 

 ■改稿履歴

 俺の推理をイリスに説明するが、別段恐れを抱いた様子はなかった。頼もしい奴だ。

 一応腹案はあるが、確実に出来るとは限らないからな。

 

 の二行を追加しました。

 

 

 ×《【水魔法】は上位スキル【水魔法】に統合されました。経験を合算します》

 ○《【氷魔術】は上位スキル【氷魔法】に統合されました。経験を合算します》

 

 メイジバットが持っているスキルは氷魔法なのに、なぜか水魔法を取得してしまっていました。

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