第23話 ボス部屋の前の一幕
俺たちは、更に迷宮を進んでいた。
今は、魔物を倒すことよりも、予定通り右へ右へと進むことに重点を置いているため、魔物との遭遇は散発的だ。
今のところ遭遇した魔物は、ブラッドバット、ヤングコボルト、ヤングゴブリンこの三種だ。
ヤングコボルトもヤングゴブリンも、短剣術スキルレベル1を持つだけで、大してうまみのない魔物だ。
俺もイリスも、全くレベルが上がっていない。
「何というのか、全然歯ごたえがないな」
犬のような二足歩行の魔物、ヤングコボルトを一刀のもとに切り伏せながらぼやく。
「そうですね……」
イリスはイリスで、角があり体表面の色が緑の人型の魔物、ゴブリンの首元をかっ切って易々と倒している。
血液が紫色だからだろうか。あまり凄惨な感じはしない。
10匹ほどのヤングコボルトの集団と4匹のヤングゴブリンの集団は、あっという間に駆逐される。
「『クリーニング』」
返り血やら、武器に付いた血糊やらが綺麗に落ちていく。
最初のうちは、布で武器の血糊だけを落としていたが、こっちの方が快適だと気がついたため、それ以降はずっとこれで通している。
イリスにも『クリーニング』をかけてやりながら、1階の探索より、先に進むことを決意する。
「じゃあ、2階に行ってみるってことで良いか? といっても、5階までは徐々に強くなるだけで、魔物の種類自体はさほど変わらないんだっけか?」
「そうですね、他の階にはヤングゴブリンの上位種のゴブリンや、同じく上位種のコボルトが現れるようですが、数はさほど多くありません」
「5階以降で、ゴブリンソルジャー、ゴブリンアーチャー、10階付近になると、ゴブリンメイジ、ゴブリンプリーストか。思っていたんだが、ゴブリンの亜種多くないか?」
「10階で中ボスを倒した後は、迷宮の様相が変わり、出現する魔物も変わるそうですから」
「しばらくは、こいつ等の相手が続くというわけか……まぁとっとと2階へ行こうか。階段の場所はだいたい見当が付いている」
俺は、オートマッピングされた地図を見ながら、当たりをつけた場所まで移動するのだった。
†
迷宮探索2日目。
確かに、階層を上がるごとに強さを増していったが、正直同じ魔物であれば【真理の魔眼】で強さを確認しない限り、大した違いは感じられなかった。
そもそも、ここら一帯の魔物が持つスキルのスキルレベルはすべて1で、経験ごとスキルを複製したところで、入ってくる経験は微々たるものだ。
そして、素材的な意味でも殆どうまみがない。
ゴブリンたちを倒しても得られるのは、質の差はあれど、ゴブリンの角と、ゴブリンの魔石、後は持っている粗末な武具だけだ。
ゴブリンプリーストを倒したからといって、ゴブリンプリーストの角になったりはしない。
ただ、その品質が変わるだけだ。
ヤングゴブリンが一番質が低く、ゴブリンプリーストやゴブリンメイジは魔石の質が高く、ゴブリンアーチャーや、ゴブリンソルジャーは角の質が高い。
ヤングゴブリンは、普通のゴブリンなどと比べると一回りほど小さく、武器も粗末なナイフだ。
それが、ゴブリンプリーストになると、【光魔術】での回復を行なうようになり、ゴブリンメイジになると属性魔術での攻撃をしてくる。
ゴブリンアーチャーは弓を使うゴブリンだが、矢の命中精度や飛距離はさほどでもない。
腕もさることながら、矢の質が悪すぎるのだ。
そして、ゴブリンソルジャーは槍や斧とともに盾を装備したゴブリンで、無印なゴブリンは、盾無しのゴブリンソルジャーといった形だ。
また、ブラッドバットから得られる素材は、ブラッドバットの翼、ブラッドバットの魔石、ブラッドバットの歯だ。アイテムボックスで解体したが血液は採れなかった。
ブラッドバットの翼は食材になるそうだが、正直食べたくはない。
そして、コボルトも装備している粗末な武具と、コボルトの魔石、コボルトの血液、それに何かの金属や石がランダムで手に入るようだが、今のところ岩塩しか手に入っていない。量もランダムだ。
コボルトには、コボルトソルジャーなどはおらず、ヤングコボルトと比べて一回り大きくなるだけだ。
強さも変わっているのだろうが、俺にはさほどの違いは感じられない。雑魚は雑魚だった。
まぁ、正直どの素材も大した金額では売れない。
どれも一体頭10~50リコほど。それも、殆どの魔石の値段だ。
しかしながら、
「ゴブリンソルジャー2体でヒポクネ草10株分の収入と考えれば、私的には随分な進歩です」
とはイリスの談で、少し嬉しそうだった。
初期投資にかなり費用をかけているので、むしろかなりのマイナスだったりすることは黙っていよう。
そうして、俺たちはトリスタン迷宮10階にあるボス部屋の前にたどり着いていた。
ボス部屋の前というのは正しい表現ではないかもしれない。
12畳程度の部屋の中央に直径30cmほどの靄が浮かんでおり、これに触れることでボスがいる異空間へと移動するのだ。
通常時は緑だが、既に誰かがボスと戦っている場合は赤色へと変わり、戦闘が終わるまでボス部屋へ入ることはできなくなる。
ボスを倒した先は、迷宮の雰囲気も出てくる魔物もがらっと変わる。
それが、ダンジョン型迷宮の特徴だ。
現在靄の色は赤。既に他のパーティーが戦っている証拠だ。
それどころか、二組のパーティーが順番待ちをしている。
「毎回待つのは面倒だな……やはり、転移結晶はケチらずに次からはスキップしよう」
一度ボスを倒し次の階へたどり着いた者は、迷宮内で転移結晶を使用することで、ボス部屋の次の階へ転移することができる。
転移結晶は、街で買うと300リコほどだ。
ひとつで、パーティー全員が移動することができる。
仲の良いパーティー同士だと、先に進んでいるパーティーが、後続のパーティーを先のフロアに連れていき、後続のパーティーも移動できるようにしたりするようだ。
そういう商売ができそうだと思ったが、実力が足りないフロアに移動できてしまい危険なため、それで商売することは禁止されているようだ。
あくまで実力を知っている仲の良いパーティー同士でのみ、暗黙的に許されているだけだ。
「あんたらも、ボスに挑戦するのかい?」
声をかけてきたのは、俺たちの前に並んでいるパーティーの女だった。
敵愾心はないようだが、値踏みするような不躾な視線に少々不快感を覚える。
何となく気分が悪いので、まともに相手をする気をなくしていると、
「見たところ、まだ初心者みたいじゃないか。それも二人組で」
と重ねてきた。
確かに、俺たちの装備はすべて新品で、駆け出し冒険者丸出しの格好といえる。
それに、先頭に並んでいるパーティーも、彼女のパーティーも、5人から6人のパーティーだ。
前衛、後衛、中衛に遊撃と揃っていて、安定した戦闘が望めるだろう。
対して、俺たちは二人だ。しかも二人とも軽装で、どう見ても盾職でもなければ、魔術師職でもないし、弓も持っていない。
と、そういうことだろう。
だから、何だというのだろうか?
と思ったら、靄の色が緑に変わり、次のグループが入っていく。
「おっ、終わったみたいだな」
前のグループが入ってから、どれくらい立ったのかはわからないが、ボス部屋の前に来てからは10分くらいだった。
ということは、最低でも20分待ちだ。
嫌になるな。
「何なら、私たちと来るかい? 素材の取り分は殆どないけど」
俺もイリスも、相手をする気はないというオーラを出しているのに、話し続けている。
一体何が彼女をそうさせるのだろうか。
正直、「後輩の面倒を見てやろう」と親切心を発揮できるほどの実力者には見えない。
あまりに、自信満々すぎて、俺の勘が鈍ったのかと思い【真理の魔眼】で確認するが、この間の冒険者は疎か、盗賊よりもステータスが低い。
装備している武器防具も、俺たちのものと比べると数段劣る。
そもそもこのレベルだと、Dランクとそれ以下の冒険者パーティーなのでは?
迷宮に入るには、過半数がDランク以上のパーティーか、Cランク以上のソロである必要がある。
条件を満たせば、Dランク未満でも迷宮に入ることはできるのだ。
「ああ、あれか。ギルドから注意喚起されていたやつ」
「初心者を見付けてパーティに誘い働かせるだけ働かせて、勉強させてやったからとか、守ってやったからとか偉そうに言って、取り分を渡さない冒険者がいるとかって話ですか?」
わかってみると、オレオレ詐欺の電話がかかってきたような妙な高揚感があるな。
詐欺というか、一応はマナー問題の範疇だそうだが。
一応、名前を覚えておいて後でギルドに報告しておくか。罰則があるかどうかは知らないが、指導くらいはするだろう。
「ちっ……ちがっ」
顔を真っ赤にしながら、否定しようとしているが、まぁ事実がどうであれ関係ない。
彼女の顔色が落ち着くのと同時に、靄の色が緑に変わる。
前の冒険者が入っていってから、5分もたっていないけど……
「ほら、空いたみたいなので、いってください」
「本当に良いんだね!? 後悔しても知らないからね!?」
と声を上げながら、ボス部屋へ移動していった。
「本当に何だったのでしょうか?」
「まぁ何にせよ、“取り分殆ど無し”とか言っている時点で、100%善意というわけではなさそうだな」
(主様のお力を知れば、今の連中とは比べものにならないほど、その力を利用しようとする輩が増えそうだ……しかし、こうして舐められるというのも、見ていて悔しいものがある)
「……? イリス、どうした?」
「いえ、それよりも空いたようですね」
「流石に早くないか? ……なんかヤバイ気がするな……」
こういったときの予感はよくあたる。
どう考えても早すぎる。
先の連中が何かしたか……
「先ほどの連中が、ギルドが警告していた行為をしているとしたら、ボスを回避して転移結晶で移動したのではないでしょうか?」
「まぁ、それなら良いんだけど。短慮を起こすようには見えなかったけど、一応ボス部屋から出るときは用心だけはしておくか」
そう言って俺たちは、緑の靄に触れた。




