第107話 メッセンジャー
エルフの里二日目。
昨日の会議――咲良曰く『エルフさん達をどう鍛えるか大会議』――では、結局のところ〝エルフ達をどう鍛えるか〟についてはほとんど何も決まらないまま、話し合いを終えることになった。
数日とはいえ馬車での旅に加えて、迷いの森に迷宮探査。その後にはエルフの里での話し合いと、めまぐるしく色々なことがあったおかげで、女性陣が限界だったのだ。
そこで、訓練方針については上がった意見を俺が一度集約して、決めることになった。
ヤスナが推すミレハイム王国騎士団の訓練メニューや、イリスの狼人族の訓練方法は個別にもらい受けることにした。
前提知識なしで俺が訓練メニューを作るとなると、魔術やスキルといったこっちの世界独特のものを、軽視しすぎたりはたまた重視しすぎたりする可能性があるからな。
是非参考にさせて貰おうと思う。
とはいえ……だ。
訓練メニューが決まらずとも、やることは多い。
新しい結界の作成、もしくは防壁の構築。
鎖国を廃止するためのアレコレ。
訓練場所を用意する必要もあるし、里に俺達を受け入れさせることも重要だ。
どれも時間がかかることでもあるし、先に動けるところは先に動いておきたい。
そうそう、迷宮は攻略を怠ると魔物が外に出てきてしまうが、その対処にはタマを派遣してある。
あの迷宮程度であれば、タマにとってみれば餌にしかならないだろう。
エルフの里にはタマが使えるような厩舎はないので、厩舎代わりともいえるけど。
――今晩にでも、レイア邸の裏に厩舎を作ってあげよう。
「そんなわけで、ミレハイム国王にお使いを頼みたいんだが……ヤスナには頼みたいことがあるから、イリスには護衛を、メッセンジャーはアンナロッテかマリナに頼みたいんだが……」
と、朝食を終え一息ついたのを見計らって切り出した。
本来であれば、公爵令嬢より王女であるアンナロッテ一択だが、アンナロッテの場合命の危険があるからな。
とはいえ、今なら国王はゲルベルン王国内にいるはずだし、アンナロッテでも問題ないだろう。
ミレハイム国内よりゲルベルン王国内の方が安全というのも、皮肉な話だが。
「承知しました」
と、イリスはいつも通り即答。
本来の護衛であるヤスナから物言いがあるかと思ったが、特に無いようだ。
文字通り影からの護衛であればヤスナに分があるだろうが、そうで無ければイリスの方が強いしな。
イリスの嗅覚と聴覚は俺の【気配探知】や【魔力察知】範囲を越えて――あるいは、ゲルベルン王国で咲良を探したときのように、臭いの残滓を追うことで、ある意味では俺以上の効果を発揮することもざらだ。
対して、アンナロッテは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「技術提供や、条約締結となると私では……」
「アンナロッテ様、キョーヤさんの名前を出せば恐らく無碍にはされないでしょう」
何やらさわやかな笑顔を浮かべるヤスナ。
こいつも、アンナロッテの護衛として色々ストレスを抱えてそうだしな。それに、ヤスナの言うことも別に否定するつもりもないが――
「いや、そこまで盛り込んだ内容をいきなりぶつけるつもりはない。せいぜいが、『新しくエルフの里の人が物を売ったり買ったりするようになりますよ。これからよろしくね』って内容になるだろう。欲を言えば、エルノーラや村長との会談が叶えばいいというくらいだな」
派兵含めた和平条約を結べればありがたいとは思うけど、ミレハイム王国としても、いきなり「派兵しろ!」などと言っても無茶振りが過ぎるだろう。
仮に、アンナロッテの立場が真っ当なものであったとしても……だ。
それに、エルフの感情的に考えてもいきなりは不可能だろう。
ただ開国するだけでも、大変なのだから。
エルフの里のトップと顔つなぎができれば、御の字だろうか?
だが、「交易をしたい」という話だけであれば、そうそう無碍にはされないだろうと踏んでいる。
それだけであれば、ミレハイム王国にとって損はない話だからな。
元々あの国は、物品はともかくとして、特定の国との通商を禁止している訳でもないようだし。
立役者として、アンナロッテの名前は挙がらないかも知れないが。
昨日の会議では、ミレハイム王国が持つ防炎城壁の技術提供の話題が出ていたが、これはあれば良いかな? という程度だ。
森全体を壁で覆うわけにもいかないし、里を囲むために森を切り開くのも気が引けるしな。
「とまぁ、城壁の件を話すか話さないかは任せる。どの道、城壁に依らない結界は作らないとだしな。また、咲良に頼むことになるだろうけど……」
俺の考えを話すと、アンナロッテは安堵した顔を浮かべ、メッセンジャーを買って出てくれた。
よくよく考えれば、一国の王女をお使いに出すというのも凄い話だ。
俺が転移できないから、仕方がないといえば仕方がないわけだけど。
「結界の件は任せてー。結界の魔術を作ればいいんだよね? でも、そうなると定期的に戻ってこなきゃだねー」
「ああ。それに関してなんだけど、ちょっと思いついたことがあってな。うまくすれば、戻ってこなくて良くなるかも知れない。城壁も、どうしても必要なら一から作ってもいいし、代替手段も存在する」
今はアイデア段階だけどね。
「一から作る……ですか、普通なら『不可能だ』と言いたいところですが……」
「ミレハイム王国では三代かけて開発したそうですが、キョーヤさんがなら簡単に作ってしまいそうで怖いですねぇ……」
と、アンナロッテとヤスナが乾いた笑いを浮かべていた。
不服を訴えたいところだが……。
まぁ、この世界では『何故火が燃えるのか?』と聞くと、『炎の魔素が……』と返ってくる世の中であり、それが半分正解であるファンタジーな世界だからな。
それが故に、科学技術が遅れている世界でもあるわけで、開発にそれほどの時間がかかったのは、恐らくそのあたりに理由があるのだろうと推測している。
いくらファンタジーな世界だからといっても、酸素や可燃物がなければ火を燃やし続けることはできない。
科学もしっかり存在する世界なのだ。
それに、こういった類いのモノは方法論を思いついて、それを技術として確立可能なのか検証して開発する過程が大変なのであって、既に可能であり効果があると分かっている以上、その過程をすっ飛ばすことができる。
出来るということが分かっていれば、後は作るだけなのだ。
別に、無意味な自信というわけではない。
ミレハイム王国で使用されている魔導具の壁に関していえば、一部だけだがアールさんの知識に情報があったのだ。
流石は、元宮廷錬成師だな。
彼の知識が一部だけ……というのには当然理由がある。
そもそも魔導具というのは、魔法の鞄のような魔装具とは大きく仕組みが異なる。
【錬成】スキルを用いて――【錬金】スキルや、【調合】スキルを併用することも多いが――、魔力特性を付与したり、合成するのが魔法の鞄などの魔装具だ。
なお、薬品に付与した使い捨ての品は魔法薬と呼ばれる。
これに対して、魔導具は魔石の属性を利用した工業製品だ。
残念ながら、俺は魔導具の開発に必要なスキルや知識を持っていないため、詳しい仕組みは不明だが、魔装具と比較してより機械的というか工業的な物になる。
開発こそ大変ではあるが、仕組みが簡単な品物であれば、スキルが無くとも作れるような……そういった類いのものだ。
当然、販売額も安価な品物が多い。
当然、【木工】スキルのような生産・工業系スキルがあればより良い品物になるのは当然ではあるが。
問題は、俺に魔導具開発どころか、魔導具を作る基本的な知識すら無いことだけど……エルフの里を探せば一人くらいはいるだろう、スキル持ちから〈複製〉させて貰えばいい。
今まで魔物からのスキル〈複製〉が主で、生産・工業系スキルを習得したのは、レイアとアールさんの店、バルガムス工房のみだ。
バルガムス工房では、スキル発動を見ていないので、〈収集〉に留まっているため、知識は得ていない。
断片ながら得ているアールさんの知識によれば、ミレハイム王国で使用されている魔導具の壁は、魔装具の技術と魔導具の技術を併用して作られた品のようだ。
スキルや技術の組み合わせ自体は、別段珍しいことではない。
俺も戦闘ではスキルを組み合わせて使っているしな。
ただ、何をどのように組み合わせるのか? といったところはアイデア勝負となり、この辺りがコロンブスの卵となり、ミレハイム王国独自の技術となっているのだろう。
アールさんから得た知識は、魔導具の知識では無く、【錬成】、【錬金】が必要となる部分のみだ。
おそらくだが……アールさんが知らないというよりは、【錬成】スキルに関係がないからだろう。
「まぁ、アンナロッテの立場は理解しているし……気楽にな? で、二人がお使いに行っている間の話だが……」
まだまだやることは沢山あるが……。
乗りかかった船だ、キチンとやりきるとしよう。
■改稿履歴
前:
影からの護衛であればヤスナに分があるだろうが、そうで無ければイリスの方が強いしな。
後:
文字通り影からの護衛であればヤスナに分があるだろうが、そうで無ければイリスの方が強いしな。




