第104話 守護精霊と家妖精
無事話し合いも終え依頼を受ける事になった俺達一行は、レイアの薦めもあって、しばらくはレイアの家で厄介になることにした。
議事堂を出てから、レイアの家に向かうまで一人のエルフとも会わなかった。
気配を探ると……皆、家の中に引きこもっているようだ。
ちなみに、俺の出した条件ははすべて通った。
最初、エルノーラ以外の面々は渋面を作っていたが、結局エルノーラの鶴の一声で可決された。
まぁ、感情的な面を除けば、悪い条件ではなかったからな。
これから彼等は、人集めやら根回しやらに奔走することになるだろう。
俺達の仕事は、それが終わってからになる。
そこまで協力するつもりはない……というわけではなく、俺たちが行くと意固地になる連中もいるだろうからな。
焼成レンガ――いわゆるドイツレンガや赤煉瓦造りの、こぢんまりとした一軒家。
そこがレイアの家だった。
外だけではなく内装にも赤煉瓦が使され、床は議事堂のようにリノリウムではなく普通の板張りになっている。
「何もないところだけど、ゆっくりくつろいでね。今お茶を入れてくるから」
そう言ってレイアはキッチンへと引っ込んでいく。
「そういえば、こっちに来て誰かの家に来たのって初めてかも」
とは咲良の談だ。
城も誰かの家には違いないのだろうが……咲良の中ではノーカンであるらしい。
俺もそれには同意見だ。
よくよく考えれば、俺もゲルベルン王国で城に押し入ったり、軍事施設に乗り込んだりした以外は、一度マリナの家に行っただけだ。
我ながら随分と殺伐としているものだ。
と内心で苦笑しながら、失礼にならないように――露骨にじろじろ見ないように、室内を観察する。
しばらく――というのがどの程度の期間かはわからないが――旅に出ていたはずだが、家は全く傷んでおらず清掃も行き届いていた。
家は、使わないと傷む。
設備は勿論、調度品も。
不思議に思いながらも、日本に残された自宅を思い出す。
ああ、俺の家は無事だろうか?
もし日本に帰ったら、気合いを入れてメンテナンスをするべきだろう。
……実際に作業をするのは、業者だろうけど。
「あら、家妖精ね」
と言うシンシアの言葉にしたがって彼女の視線を追うと、頭に三角巾をつけた謎の生き物♀が、ドアをすり抜けて奥へと入って行くところだった。
サイズはバレーボール程度だろうか? 全体的に丸い二頭身の家妖精は俺が見えている事に気がつくと、ペコリと頭を下げてドアを開けることなく扉の奥へと入って行ってしまった。
案内もされずに客間の外に出るような事はできないので、ただ見送るだけになってしまう。
ぱっと見はどこか地方都市のゆるキャラのようだが、随分と愛嬌があるように見えるな。
家妖精は、家の家事を手伝ってくれる妖精だ。
彼女がこの家を守っていたおかげで、住み心地が保たれているのだろう。
俺のように特殊な目を持っていない者は、精霊や妖精を見ることはできない。相手が姿を現そうとしない限りは……だが。
そのため、普段であれば姿を隠して仕事を続けるのだろうが、運悪く精霊であるシンシアと、【森羅万象】によって妖精を知覚可能な俺がやってきたため慌てて引っ込んだと言うことだろう。
人間族を警戒したというよりは、客人に対する礼儀として。
「あれは、家妖精なのか……」
精霊は眷属の妖精を使役できるが、眷属となるのは自分が扱う属性のみとなる。
そのため、火精霊なら火の妖精、水精霊なら水の妖精が眷属となり、水精霊が火の妖精を使役することはできない。
あらためてシンシアの特殊性を実感するところだな。
彼女は、複数種の妖精を使役できるので。
それはともかく、レイアと契約しているリリアノは木精霊であるため、家妖精を呼ぶことはできないはずだ。
何でこんな所に……?
「エルノーラ様に頼んで、家妖精に留守中の家の管理をお願いしているのよ」
俺の疑問への回答は、ティーポットとお湯を持ってきたレイアから速やかにもたらされた。
慣れた手つきで茶葉をティーポットに入れお湯を注いでいく。
なるほど。
里の結界を作るほどの術者だ。精霊と契約していてもおかしくはないだろう。
「へぇ、家妖精を統括しているのはやっぱり、家精霊とかなのか?」
「いえ、守護精霊クラス以上の精霊が管轄ね。属性はあまり関係ないわ」
一度シンシアに教えて貰ったのだが、強力無比な力を持つ精霊にも、役割やらその力の強さによってランクがある。
精霊達はクラスと呼んでいるが、意外と事細かに分かれているようだ。
シンシアの親である精霊帝を頂点として、その下に精霊王、精霊公と続きピラミッドを構築しているのだ。
シンシアの立ち位置は、能力的には精霊王と精霊帝の間だが、特に役割は与えられていないらしく強いて言うなら『精霊帝の娘』というクラスとなる。
何じゃそりゃ。
で、守護精霊クラスというのは平たくいえばエリアマネージャーのようなもので、ある地域における精霊達のまとめ役のようなものだ。
基本的に、精霊は契約でもしない限り直接人間に力を貸すことはなく、眷属の妖精を使役して自分が受け持つ地域の管理をしている。
一人の精霊が管理する範囲は広く一人では手が回らないし、精霊の力では強力すぎるからだ。
人と契約した契約精霊は、契約者の魔力を使って力を発揮するという特性上、本来の力を100%出しているわけではないから、大げさに感じるかも知れない。
しかし、仮に妖精の代わりに精霊が水不足を解消しようとすると、一瞬のうちに河川が大反乱を起こし、大災害となってしまう。
それが本来の精霊という存在なのだ。
強力すぎる精霊は人と契約しない限り精霊と妖精の国から出ることすら叶わないから、村や町が滅びることがあっても、国一つ丸ごと飲み込むような大洪水とまではいかないだろうが。
とはいえ、各属性の精霊が好き勝手にしていてはどうしようもないし、人間と契約して精霊がその土地を離れてしまえば、上司に相談して新しい精霊を送って貰う必要がある。
そんな、人間なら胃に穴が開きそうな中間管理職が守護精霊クラスなのだ。
守護精霊クラスになると、自分が管轄している妖精以外にも幾つかの管理権限が与えられる。
そのうちの一つが、家妖精というわけだ。
シンシアは守護精霊より上のクラスであるため、同じく家妖精への命令権を持つが、『守護精霊の管轄地域を越えて移動させることはできない』など細やかな制約があるそうだ。
それは、その地域の属性妖精にも同じことがいえる。
シンシアが妖精を使役するとき、精霊界からいちいち呼び出しているのはそのあたりが理由なのだ。
新しく呼べば、制約は関係ないからな。
守護精霊クラスの立ち位置から考えて、契約精霊となるのは難しい。
その為、守護精霊クラスより上位の精霊かと思ったのだが――
「そう。エルノーラ様の契約精霊は、この地域の守護精霊なんだよ」
とレイアが無い胸を張る。ひとしきりどや顔を披露した後、もう一度キッチンへと戻っていく。
「恭弥、守護精霊って?」
「簡単に言えば、この辺りのエリアマネージャーみたいな精霊のことだ。契約精霊でありながら、この辺りの管理もしているって事だな」
契約者とともに移動をする可能性がある守護精霊が契約をして、その後も守護精霊を続けられているのは、偏に結界を維持する為にエルノーラ自身が移動していないからだろう。
「その、守護精霊も旅に出ちゃうのかな?」
「そりゃあ、本人に聞いてみないとわからないな。どこかへ移動するなら、守護精霊はやめなきゃならないだろう。とすると、次の守護精霊が送られてくるまで、エルノーラとその契約精霊に関してはこの地に留まり続ける必要があるから、まだ先のことだろうな」
他の契約精霊も、同じようにこの地域の管理も兼任しているのであれば、思ったより猶予期間が長くなるかも知れない。
口には出さないけど。
「おまたせー」
レイアがお盆にティーカップをのせて戻ってきた。
白磁のティーカップに注がれていくのは、ほとんど透明なお茶だった。
茶葉自体は結構入れていたように思うので、これが本来の色なのだろう。
その証拠に、ティーカップからは湯気とともにさわやかな香りが立っている。
礼を言って口をつけてみると、緑茶と紅茶の間のような味だった。
見た目は、お湯で二十倍くらいに薄めた紅茶という感じなのに、わりとしっかりした味だ。
皆も気に入ったらしく、顔をほころばせている。
「これは、白茶ですか。珍しいですね」
「あら? ヤスナ。知っているのですか?」
「ええ。ごくたまにアシハラ方面から入ってくることがあるお茶です」
アシハラ方面にもエルフの里があるのかもしれないな。
全く関係ない可能性もあるけど。




