第102話 危機感
お久しぶりです。
前回までのあらすじ。
ゲルベルン王国の陰謀を退けて、大回りルートでミレハイム王国へ帰ることになった一行。
途中で見つけた迷宮に生えていたのは、コーヒーの木だった。
夢のコーヒー生活の為に、エルフの里で話し合いをしに向かったが、ゲルベルン王国の悪行のせいで、人間にびびりまくりのエルフ達。
すれ違う村人に怯えられ、逃げられながら村の中を歩く。
恐怖が先だつのか、それとも、レイアが傍にいるおかげかは分からないが、武器を取ってこちらへ向かってくる者はいないようだ。
迷宮の中では武器を取ろうとしていたので、十中八九レイアのお陰だろうと思うが……もしかするとそもそも戦えないのかも知れないな。
シンシアは姿を隠していないが、シンシアにまで視線を向ける余裕がある者はいないようだ。
ゲルベルン王国が与えた爪痕というのは、非常に大きなものだということだろう。
『に……人間!?』
『にっ逃げろ!!』
ひとたび俺達の姿を見ると、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
村人の悲鳴を聞くその度にゲルベルン王国への怒りを溜めながら、俺達が向かった先は――村の中でも一際大きな建物だった。
「ここが、村の議事堂よ。ここで、長老たちに会ってもらうことになるわ」
「随分と怯えられているみたいだけど、大丈夫なのか?」
「あはは、まぁ、長老たちは大丈夫なんじゃあないかな? そういう役割の人たちだから」
そういう役割……。ね。
責任者が正しく責任者であるわけか。
内心はどうあれ。ね。
議事堂の中は、小会議室が1つ、中会議室が1つ、大会議室が1つ、特別会議室が1つという作りになっている。
その他には客室と小さな給湯室、それにトイレがあるだけのようだ。
日本の国会議事堂などのような、いわゆるロビーに当たる設備は無いようだ。
特別会議室は限られた者しか入ることはできないようだが、それ以外の会議室は予約をすれば村人たちが自由に利用することができるらしい。
そういう意味では、産業会館などに近い位置づけなのかも知れない。
そして俺たちが今居るのは……
「特別会議室ってのは、限られた者しか入ることができないんじゃあなかったのか?」
「何を隠そう、私はその『限られた者』という奴なのです。そして、キョーヤさんあなたもその資格があり、同行者の入室も許可されます」
「……精霊との契約者という訳か」
「そういう事ね。入室権があるのは、契約者だけじゃあないけど。……とまぁ建前はそんなところ。本当は、普通の会議室や客室で関係のない村人に出くわすと騒ぎになって面倒だからってことね」
あ、ぶっちゃけた。
特別会議室は、入り口が1つしか無く窓も無い部屋だ。
ともすれば真っ暗なわけだが、石造りの天井や壁に光る蔦が這っており、それが光源となり十分に明るい。
そして、床はリノリウム床だ。
代替品の塩ビではなく、天然リノリウムだな。
たしか、ジュートやコルクや木の粉に松ヤニやをアマニ油、それに石灰を混ぜて作るんだっけか。
そとの建築を見る限り、レンガの間にモルタルが使われていたので石灰は手に入るのだろう。
それ以外の材料はすべて植物由来だ。
少々意外だったが、原材料を思い出すと腑に落ちた。
リノリウムは建材としてかなり優秀だからな。
イリスはもちろん、アンナロッテたちにとってもリノリウム床は珍しいのか、光る蔦に目を丸くした後は、リノリウム独特の触感に驚いていた。
今まで俺たちが行った街には、リノリウムが使われている建物なんて無かったからな。
エルフ族独特のもの……ということだろう。
「学校と同じ床だねー」
「人間の街にはこれと同じ物はなかったと思うのだけれど……」
咲良のつぶやきに、アンナロッテたちの反応に気を良くしていたレイアが首をかしげる。
「まぁ、俺と咲良はちょっと遠くから来たからな」
「ああ。なるほど。どうりで……」
コンコン
レイアのセリフを遮るように、ドアがノックされる。
レイアは無言で俺たちを見回した後、何かを問うように俺に視線をとどめる。
視線を受け止め、ゆっくり頷いてやると、そのままドアへと向かいガチャリと木製のドアを開けて外で待っていた人物を招きいれた。
扉の向こうに居たのは五人のエルフたちだ。
彼等を迎えに行ったエルフで戻ってきたのは一人だけだ。その一人も会議室の中までは入らず一礼して去って行った。
そして、この部屋に入ってきた残りの四人がこの村の長老ないし、精霊の契約者で意思決定できる者たちなのだろう。
全員が精霊と契約しているのか、それともそれ以外の入室条件を満たしているのかは分からない。
【森羅万象】で確認すればいいのだろうが、無駄にスキルを使ってそれを察知されでもしたら面倒だ。
見た目は俺と同い年くらいの男が一人、20代半ばの男女が一人づつ、もう一人は40代くらいの男だ。彼が長老だろうか?
「精霊様、そして人間と獣人のお客人よ、ようこそいらっしゃった。エルフ族長老を任せられている、エルノーラです」
そう言って、胸に手を当て一礼したのは、壮年の男性……ではなく、その隣に居る女性エルフだった。
見た目どう見ても20代半ば位だが、エルフは長命であるとのことなので、見た目通りの年齢ではないのだろう。
残りの三人とは違い、こちらに対して恐怖を感じている素振りはない。
「儂はこの村の村長の、グイリンと申しますじゃ」
そう言って壮年の男性は、エルノーラと同じように礼をした。
「書記のオストです」
そして残りの一人も続く。
「村の警備を任されているムグル。グイリンの息子」
一番年若いだろうムグルは何故かカタコトだったが、疑問に思うより先にイリスによってその答えが開示された。
「エルフ語ではなく共通語……?」
「ええ、全員と話ができた方がよろしいでしょう?」
エルノーラの言うとおりではあるし、こちらとしてもいちいち通訳する必要がないので楽だ。
「次はこちらの自己紹介だな。俺は、藤堂恭弥。旅の冒険者をしている」
続いて、相手方と同じように一人一人挨拶をしていく。
当然、王女だとか、女神の巫女だとか、召喚勇者だとかそういった事情はぼかしている。
「客人をいつまでも立たせたままというのも、申し訳がないですね。かけてお話を聞かせて頂けますか?」
エルノーラの薦めに従って、並んで座る。
対面にはエルフ達が並ぶ格好になったが、レイアは何故かこちら側に座っている。
「そうだな……。ここ、エルフの里の近くに迷宮ができた。迷宮を破壊するか、それとも利用するかまだ決めかねており、それを決定するため……情報を得るためにレイアを呼び戻し、村の戦闘能力が高い連中を従えさせて先遣隊に出した。ってのが、俺の聞いているこの村の状況なんだけど、それに間違いはないか?」
「概ね間違いはありません」
「概ねってことは違う点があるってことだな?」
「はい。『迷宮をどうするか決めかねている』というよりも、『できれば利用したいが、村人を説得できる材料が無い』と言った方が正しいのです。精霊のおかげで、この村の中にいれば安全で、食料の心配もありません。ですが、信仰するべき精霊に頼り切っている状況は、到底健全であるとは言い切れません。それに――」
「もし、封印が破られ再び人間に攻め込まれた場合、隠れ続けて戦闘能力を失ったエルフ族は全滅するしかない。ここ以外にもエルフ族はいるのだろうが、少なくともこの村は全滅だ」
「……そういう事です。ですので、多少なりとも自給自足可能になり、戦闘訓練にもなる迷宮の存在は、渡りに船というわけなのですが、村民の多くは村の外に出ることすら怯え、勝手にレイアを呼び戻し迷宮を破壊しようとしたのです。ですので、レイアを呼んだ元々の理由は、迷宮探査の為ではなかったのです。この二点が違うだけで、それ以外に関しては、キョーヤ様の仰るとおりです」
思ったより深刻な内容だった。
俺の所為ではないとは言え、元は人間が悪いので突き放すのも後味が悪い。
「俺の要件は迷宮を残して欲しいってのと、可能であれば迷宮で取れるコーヒー豆を卸して欲しいって話の二点だったんだけど、状況はあまり良くないようだな」
「そうですね。誰も迷宮に入らず放置するようなことになれば、森に魔物が溢れます。そうなってしまえば、もはやこの村から出ることは叶わなくなるでしょう」
思い出すのは、先の魔物の大量発生だ。あそこまでの規模にはならないだろうが、戦闘力が皆無のまま、迷宮からあふれ出た魔物と戦うのは不可能だろう。
「このまま、村民の気が変わらない限り迷宮を潰すしかない……か」
せっかく見つけたコーヒーの木だ。ここで逃すのは惜しい。となれば……
「あの……ちょっと良いかな?」
「どうした? 咲良」
「うん。えっとね、エルフさん達が怖いって思ってるゲルベルン王国は、このまま行けばなくなっちゃうわけでしょ? その事を皆に話せば、ちょっとは変わるんじゃないかって思うんだけど」
「それも難しいでしょう。他種族すべてが、かつて里を責めた人間達と同じではないと、私は知っています。ですが、ほとんどの村人はそうではないのです。獣人族であれば多少は……と言ったところですが、刻みつけられた人間族への恐怖は忌避感は直ぐには拭えないでしょう。レイアのような例外もいますが……」
「あはは。私はその襲撃を実際に経験したわけでもないですから」
貧困層を救う際、金を稼ぐ方法を教えるのでは無く、食料だけを無料で配布してしまうと、楽をして腹を膨らませる方法として認識してしまい働かなくなるという話を聞いたことがある。
引きこもっていれば安全と食事の心配をしなくていい現状は、村人にとってこれ以上にない程楽な状況だろうからな。
恐怖をいいわけに、緊急避難であるはずの現状をずるずると引き延ばしたがっているってことだな。
少なくともエルノーラはそれを理解しており、残りの三人も少なくとも見かけ上はエルノーラによる説得が完了している状態ということだろう。
まーある種の社会問題だな。
斬り伏せる、殴り飛ばすという方法での解決が不可能な分面倒だが、これを解決しないと俺のコーヒーライフが水泡と帰すわけで。
「んーこの辺りに居る中級精霊くらいなら、ちょっと話せばエルフに力を貸すのを止めさせられるけど? 止め時を見失っているだけだろうし」
「それもありだな……」
究極の荒療治として選択肢の一つに入れておくのもいいだろう。
「リリアノも、手を貸すのを止めた口だしね」
「可愛い子達であるのは変わらないけど、際限なく甘やかすのは違うかしらー」
なるほど。それで、契約者であるレイアと一緒に旅をしてるのか。
「ちょっ……ちょっとまってくだされ。精霊様の助力無くしては、生活も立ち行かない現状で急にそんなことをすれば、飢えて死ぬだけとなってしまう……」
ずっとだんまりだった、村長のグイリンが慌てて割って入ってくる。
「あら? 別に私が言わなくても時間の問題よ? すでに一抜けした子がいて、その子は旅の楽しさを知ってる。精霊は気まぐれな子が多いから、いつまでも契約者以外を守り続けてくれるとは限らないわよ?」
シンシアのセリフに顔を青くするグイリン以下三名。
エルノーラだけは我が意を得たりとった感じだが。
多少の蓄えはあるだろうし、精霊が力を貸すのを止めた途端に植物が枯れるってわけでもない。
なので、グイリンの言うとおり見捨てられた瞬間にいきなり詰むという事はないだろう。
でも、そのままで待つのは緩やかな死だ。
今回、レイアとリリアノを呼び戻さなければまだしばらくあった猶予も、二人の一時帰還によって大きく削られることになるだろう。
というか、シンシアをもって気まぐれという精霊がよく今まで力を貸し続けてたよな……
「では、今の話を公布すれば……?」
えっと誰だったか。そうそう、書記のオストだ。
彼だけはずっと何やら羊皮紙に書き続けていたが、今は手を止めている。
「まだ大丈夫。まだ大丈夫と、ずるずると行って緩やかに死ぬだけだな」
「それでも、一部の者迷宮行く。俺も行く大丈夫」
ムグルの言うとおり、一部の者は現状を正しく把握し、危機感を持って行動できるだろう。少なくとも先遣隊に出されたエルフ達は、迷宮に潜るようになるだろうと思う。
だが――
「それは、寄りかかる対象が変わるだけだな。うーん。アンナロッテ。お前はどう思う?」
「そうですね。私の経験から言いますと……足りないのは危機感かと」
どこかの筋肉弟みたいなセリフだが。正鵠を射ている。
「その通りだ。精霊が居なくなっても迷宮に潜れば、生きていける。なんて考えは、甘すぎる。先遣隊の連中程度の腕で、本当に迷宮に潜り続けられるとでも思っているのか? レイアがいなければ、一時間もせずに全滅するぞ?」
まさに、自分が死なないとでも思っているんじゃないか? というやつだ。
できたばかりの迷宮は、本気で殺しにかかってくるからな。




