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第100話 エルフの村

 お待たせしました。

 足下には緑の絨毯が敷き詰められ、立ち並ぶ緑の(ひさし)は強くなり始めた陽光を柔らかな木漏れ日へと変える。

 比較的大きな木の(もと)に統一されたデザインの木製の住居が建ち、村の隅には高床式の倉庫が幾つか並んでいる。

 そして村の中央には、一際巨大な木。その名は世界樹。

 そこにはエルフたちの長、エルダーエルフが住んでいる。

 

 ――というのが、俺(と咲良)の勝手なエルフの村のイメージだ。

 

 村の中央には巨大な湖(川が無いため、ただの水たまりと称した方が日本語的には正しい)、そしてその湖の中央には小島がありそこにはたしかに巨大な木が生えている。――世界樹かどうかは知らないけど。

 湖は恐ろしく透明で澄んでおり、鏡のように空と巨木を映している。

 結界を抜けて俺たちが転移した場所は、その島の巨大な木の麓だった。

 

 下から見上げる限りでは木の全容を掴むことはできず、木の種類もわからない。

 妙に幹が長く太い木だなという印象がある程度だ。

 

 いきなり村人とかち合う可能性も考えいていたが、少なくともこの島の中には人の気配は無いし、対岸にも人の姿は見えない。

 人の気配こそ無いが、妖精はそこら中にいるな。外部からの入り口だ。警備は厳重にする必要性がある。

 その点24時間警備可能な妖精にはうってつけというわけだ。

 人とは違って、精霊経由で頼めば騒がれることも無いからな。今の俺たちにとってその点はとても都合が良い。

 

「レイアちゃん、これがもしかして……世界樹!?」

 

 咲良が目を輝かせる。

 

「いえ、ただのバオバブの木よ。精霊の力で枯れななくて樹齢は一万年以上だから、ものすごく大きいってだけで。それに世界樹なんて木はきいたこと無いかも」

 

 人の夢と書いて儚いと読むわけで。

 妄想は妄想と知った少女(咲良)の姿がそこにはあった。

 

「この木が大きいこともそうだけど、ここから見る景色は壮観だな」

 

 思わずため息が出るほど美しい景色だ。

 それが証拠に皆言葉を失っている。

 

 都市セーレの教会も美しいと思ったが、あちらは計算され尽くした人口の美、対してこちらはまさに自然の美だ。

 

 わざわざ戦争を仕掛けてまで取りたいとはさすがに思わないが、この景色に興味が無くただ虐殺を(おこな)ったゲルベルン王国は謎すぎる。

 挙げ句火を放つなど……。

 

 世界樹は単なる妄想だったが、ここから見える景色は壮観の一言だ。

 

 湖の美しさもさることながら、その奥に見える景色もまた美しい。

 視界の右半分が桜色、左半分の木々は赤く色づいている。桜と紅のコントラストは、まるで春と秋がくっきりと分かれているようだ。

 

「あっちが、春の植物が……で、あっちには秋の植物が季節に関係なく育てられてる。ここからじゃ見えないけど、夏や、南国の植物がある場所もあるし、狭いけど冬の植物が植えられている場所もあるよ」

 

 『まるで』ではなく、まさにその通りだったようだ。

 木精霊(ドリアード)の力によってありとあらゆる植物を、季節に関係なく育てているのだろう。

 

 『精霊とその眷属の妖精と共存する種族』というからには、一方的に力を借りているわけではないのだろうが、その恩恵は絶大だ。

 農商都市ヘルムントのような農業プラントでは、さすがにここまでは無理だろう。

 そこら辺はさすがに妖精に分がある。

 そのかわり、農業プラントは「人や妖精に依存しない」「大量に設置可能」という大きなメリットがあるわけだけど。

 

 村民は200人程度と聞いているが、この村は謂わば迷いの森の裏側に存在するため、広さは迷いの森と同等でかなりの面積がある。

 

 村の中央の離れ小島から見渡す村は、まさに壮観の一言だ。

 ここからだと、住居どころか一切の建物を見ることができないが、人工的な建築物が無い分一層景色の美しさが際立っている。

 

「冬ってどんな植物があるんだ? 冬はあまり実りの季節って感じはしないんだけど」

 

 だから、動物は冬眠するわけで。

 

「今はカエデの木だけかな。あまーい樹液がとれるのよ」

 

 メープルシロップか。

 たしかアレは冬の間、それも一番寒い時期しかまともに採取出来ないんだっけか? 甘みが足りないとかで。

 そういえば、カラメルシロップは食べたことあるけどメープルシロップは無いかもな。ちょっと興味あるし、譲ってくれそうなら譲って貰おう。

 

「なるほどな……。ところで、この島が村ってわけじゃあないんだろ? 人の気配も無いし。どうやって向こう岸(あっち)に渡るんだ?」

 

 俺の質問に、レイアは「しまった!」と言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「そうだった、私たちにとっては当然のことだから伝え忘れた……。ごめんなさい、泳ぐしか無いの。仮に経路が割れて攻めてきても足止めできるようになっているのよ。本来の転移先もこの木の上だし」

 

 レイアはバオバブの木を見上げながら説明してくれた。

 ここからでは、転移先とされる木の頂を見ることはかなわなかったが。

 

 なるほど。

 それはたしかに理にかなっているな。迷いの森の秘密がバレて大量に兵を結界から抜けさせた場合、待っているのは押し出しによる木からの落下だ。

 それをくぐり抜けたとしても、湖を抜けない限り攻め入ることはできない。十分すぎるほど時間稼ぎができるだろう。

 なんと言うのか、木の上に飛ばされなかっただけでもマシと考えるべきだろうな。

 

 

「ねぇ、恭弥。私水着とか持ってないんだけど?」

 

 咲良のセリフに他の面々も頷いて同意する。

 

 なら服を着たまま泳げば良いじゃないかと言いたいところだけど、服を着たまま泳ぐのは意外と難易度が高い。

 当然俺は問題ないとして、イリスやヤスナ辺りは大丈夫だろうが他の面々が心配だな。

 かといって、素っ裸で泳がせるわけにもいかないしな。

 体温の問題もあるけど、主に俺の理性の問題で。

 

「なぁレイア。渡り終わったら壊す前提で、橋を架けても良いか?」

「この時間は誰もこの辺りには近づかないし構わないけど、さすがに高位精霊でも無理なんじゃあないかな? 実際に使うのは術者の魔力なわけだし」

「むっ。恭弥、魔力ちょうだい?」

「いや、これくらい俺が……。わかったよ」

 

 シンシアの無言の圧力に負けて、魔力を渡す。

 レイアのセリフにプライドが刺激されたらしい。

 

 ちょっと……いやかなり多めに渡しとくか。

 

「ふふふ。これだけあれば……」

 

 そう言ってシンシアが悪い笑みを浮かべると、一瞬にして大理石のように白い石橋が完成した。

 対岸まで約1キロ程の距離を、緩やかなアーチを描きながら作られた白亜の橋は幻想的といえた。

 

 なぜか等間隔で作られたレイアの像が、これまたなぜかどや顔で歴代ライダーの変身ポーズを取っていなければ。

 無駄に鏡が用意してあったりと、芸が細かい。

 そして明らかに魔力の無駄遣いである。

 

 

「これは……?」

「恭弥の持っているイメージを借りたのよ」

 

 そう言って、ぷいっと顔を背けた。

 どうやらただの嫌がらせのようだ。

 

『ぷっくくく。かっこいいですよレイア様』

『そうです、アレなど雄々しくてすてきです……よ?』

 

 エルフは目が良いらしく、遠くの像(アマゾン)を指さして慰めている。

 ただし、皆声は震え目をそらしながらなので、説得力はゼロだ。

 彼等が元ネタを知っているとは思えないので、レイアがどや顔で変なポーズを取っているようにしか見えないのだろう。

 

「まぁ、精霊(シンシア)を怒らせてこの程度の嫌がらせで済んで良かったと思うべきだろうな」

 

 俺とて、いい加減自分が規格外だということを認めつつある。まだギリギリ人間をやめてない……とも思うけど。

 普通なら無理。それは俺もシンシアも十分わかっているので、この程度のイタズラで済んでいるのだ。

 

「か……かっっっっっこいいよ! かっこいい! レイアちゃんかっこいいよ!!」

 

 何事かと思えば、咲良だ。

 そういえば、学校では隠してたみたいだけど、こいつはまだ卒業していない口だったな。

 ――女の子だけど。

 うちの道場に設えられている巨大な鏡の前で、変身ポーズの練習をする程度には現役だ。

 ――女の子だけど。

 

 それどころか、過去に遡って見てたりするんだよな。

 おかげで俺まで昭和ライダーに詳しい。変身ポーズ限定だけど。

 

 今にして思えば、じいさんが死んでからふさぎ込みがちになっていた俺を励ますために来てくれてたんだろうとは思うけど、道場で鍛錬している俺の近くで変身ポーズの練習している女子高生ってのもなかなかシュールな絵面だな。

 もちろん、それ以外にも道場に遊びに来てはあれこれやってたし、さすがにずっと変身ポーズを取っていたわけでもないけど。

 ゲームしたり携帯弄ったりするよりは、武術の鍛錬はできないまでも、身体を動かしている分だけ俺的には好感度が高い。

 

 現実逃避はこれくらいにして……。

 

 咲良のテンションに引きずられていくレイアがいささか不安だ。

 

「そうかな? かっこいいかな??」

 

 レイア、騙されてるぞ。

 

 

 咲良のテンションが一段落した後、全員で橋を渡る。

 渡り終えた後の橋は、約束通りシンシアがどこかへと消し去ってしまった。

 使っていたのは転移魔術なので、どこかへと飛ばしたのだろう。

 どこへ飛ばしたのかは俺のあずかり知らぬところだ。

 ゲルベルン王国方面から悲鳴が聞こえたような気がするが、さすがに遠すぎるし気のせいだろう。

 

「これから議事堂へと向かって、そこで長たちにあって手早く話をつけたいと思う。それまではできる限り人目につかない道を行くから、足下の悪さは勘弁してね」

 

 そう言って満開の桜の方に足を向ける。

 これだけ見事な桜だ。村民が見物に訪れることは無いのだろうか?

 それとも迷宮騒ぎでそれどころではないのだろうか?

 

「花のうちは実が採れないから、あまり人はこないかな? 花を愛でるなら他にもっと良い場所があるし」

 

 レイアの言葉通り、ピンクの絨毯は踏み荒らされた様子も無く美しいままだ。

 こんなに綺麗なのにもったいないことだと思うけど、ここの人たちにとっては日常的な風景であり、取るに足らないものなのかもしれない。

 文化の違い、感性の違いかもしれないが、日本人としては少々寂しいものがあるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祝100話!

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