第99話 エルフの森
遅くなりました。
残酷な表現があります。
レイアさんたちは改めて平身低頭して謝ってくれ、俺たちは謝罪を受け入れた。
元より被害はゼロなのだ。あまり頭を下げられ続けるのも逆に気まずい。
「一応、自己紹介しておこうかな。俺は藤堂 恭弥。南 咲良に、イリス。アンナロッテにマリナにヤスナ。それに、この丸っこいのがタマだ。
知っていると思うが、都市セーレを拠点に冒険者をやっている。ここに来たのは……言ってみればたまたまだ」
アンナロッテとマリナさんに関しては、あえてフルネームを伝えなかった。
「私は、レイア。で、こっちが私の契約精霊。木精霊のリリアノよ。私のことはレイアって呼んでね」
「そうか。なら、俺も恭弥でいい」
「んー。お兄さんはお兄さんって感じだから、お兄さんのままで。アシハラの言葉って独特で発音しにくいし」
「まぁ。呼びやすいように呼んでくれて構わないけど」
そのあと、エルフ語で改めて自己紹介をしたあと、迷宮を出る。
といっても、ボス部屋から迷宮の外までは、靄に触れれば一瞬で移動できる。
レイアたちが最初に靄に触れ、その後に俺たちといった順番だ。
特にそうしろと言ったわけではないけど、「俺たちが出たあとこっそり迷宮核を取るような真似はしませんよ」ということだろう。
そうして迷宮を出た俺たちの目の前には、一日前と同じく光の差すことがない森が広がっていた。
「それでは皆さん。ご案内しますのでこちらへ。――リリアノお願いね」
「任せるかしらー」
張り切った様子のリリアノが近くの木に飛び込むと、音もなく木が移動し道を作る。
生えている木が移動すれば地面に穴くらい開きそうなものだが、どういうわけか真っ平らで歩きやすい道がそこにはあった。
「では、皆さんをご案内しつつ、エルフの村と私たちの目的について説明させていただきますね」
リリアノさんが説明してくれた内容をかいつまんで言うと――
迷いの森というのは本来の名前ではなく、元々はエルフの森という名前だった。
木精霊とその眷属の妖精を信仰し、共存する森の民。それがエルフ。
彼等が作る木工品や服飾品の質は高く、それらを輸出して生計を立てていた。
それが崩れたのは、約1000年ほど前のこと。ゲルベルン王国がエルフの森に対して戦争をしかけたのだ。
宣戦布告も何もなくいきなり襲ってきたという。
エルフは人間と比べて寿命が長く、魔力も高い。
しかしながら、圧倒的に数が少なかった。
数が質を上回り、森は……いや、森の民たちは徹底的に蹂躙された。
森は焼かれ、その面積を半分にまで減らした。
豊かな森を狙ってきたはずのゲルベルン王国がなぜ森を焼いたのかはわからないが、森の奥に住んでいたエルフたちは元より、森の入り口付近にあったダークエルフたちの村は全滅の憂き目に遭った。
「ダークエルフ?」
「はい。私たちエルフは、魔力と器用さに優れますが、ダークエルフは武勇に優れた種族でした。エルフやダークエルフの住処はここだけではありませんので、完全に滅んでしまったわけではありませんが……少なくとも、この森にはすでにダークエルフと言う種族は存在しません」
エルフたちと共に戦ったダークエルフが全滅し、エルフも1/3までその人数を減らした。
もはやこれまでと、木精霊の力により森を封印しエルフの森は迷いの森になった。
そうして、村ごと引きこもって今に至ると。
……ずいぶんと気の長い籠城戦だな。
冒険者ギルドでも迷いの森にエルフが住んでいるという話は聞いたことがなかった。
人や動物すら近寄ることのできない、閉ざされた森。それが、今人間たちに伝わっている情報のすべてだ。
恐らく、全滅したかどこかへ移住したことにでもなっているのだろう。
例によってゲルベルン王国が真実を曲げて他国に伝えている可能性は多分にあるわけだけども。
たとえば『最初からエルフなど住んでいなかった』とかね。
「引きこもるにしても、なんでもっと早く引きこもらなかったんだ? さすがに被害が大きすぎるだろう」
「『森を変化させるのを嫌った』と聞いてはいるけど、実際に精霊契約してみると一目瞭然。これだけの規模の術を発動するには、何日も魔力を練り込まないと不可能なのよ」
なるほど。
といっても、俺とシンシアならそんなに時間をかけずに、森を変化させることができるだろうけど。
まぁそれは言っても詮無きことか。
「まぁ何日もかかる術なのに、『森を変化させるのを嫌った』おかげで初動が遅れたってことか? まさか火を放つとも思わなかっただろうしな」
「お兄さんの言うとおり、恐らくそんなところでしょうね。それに、戦い自体は短時間だったそうよ。捕虜を取るつもりもなければ、領地が欲しいわけでもない。実際、彼等の目的は森ではなく――」
そうして語られたゲルベルン王国の目的は、ひどく恐ろしい物だった。
「――彼等の目的はエルフとダークエルフの心臓であり、森にはなんの興味もなかったの。特にダークエルフは徹底的に心臓を奪われ、その結果が……」
「全滅……と」
あまりの非道さに俺たちは声を失った。
俺とてこの世界に来て人を殺してはいるし、「きれい事を……」と自分でも思わなくもないが、文字通り全滅ということなら、戦闘員、非戦闘員、老若男女関係なく心臓を奪って殺したと言うことだ。
到底許されることではない。
なるほど。それなら、彼等がいきなり口封じを画策し敵意を向けてきたのも納得だな。
いや、今にして思えばあれは敵意ではなく、恐怖だったように思う。
推察するに、「ここで口を封じないと、悪夢が再び村を襲うかもしれない」といった感じだろうか?
引きこもっていたおかげで、恐怖が煮詰まってしまったのかもしれない。
もし村の場所がバレたら?
もし迷いの森にまだエルフがいることがバレたら?
その恐怖故に暴走しかけてもおかしくはない。
しかしゲルベルン王国め、メチャクチャしやがる。
戦争だなんて生ぬるい。こんなものは単なる虐殺だ。
ルールも何もない、ただの野蛮人だ。
1000年前のこととはいえ、もっと徹底的にやっておけば良かったか?
当然レイアが嘘を吐いている可能性もゼロではないが、都市セーレで世話になった人と、ゲルベルン王国とどっちを信用するのか? って言われると……ねぇ?
ゲルベルン王国がそうまでして奪った心臓の用途が気になったが、『話の流れとはいえ良い気分のする質問ではないな』と思い直して聞くのをやめた。
「はい。ですが、どんな事情があったにせよ、村の者が失礼したことには変わりません。申し訳ありませんでした」
足を止め丁寧な口調に変わったレイアが深々と頭を下げた。
言葉がわからないなりにも状況を察したのか、他の面々も頭を下げ謝罪をした。
そこには恐怖も敵愾心もなく、ただただ謝意のみがあった。
「一度ボス部屋でも謝ってもらってるし、結局は何もなかった。それに、事情を聞いてますます怒れなくなったよ」
俺たちがゲルベルン王国民――特に道中で会ったような連中であれば、対処としては間違ってなかったと言えるしな。
「うーん。私たちのことが怖くて当たり前……だよね? そんなところに私たちがお邪魔していいのかなー? 大騒ぎにならない?」
レイアは、咲良の質問をエルフ語で通訳し他の面々に伝えた。
『騒ぎになるかも知れませんが、レイア様は勿論我々も説得にまわりますし、その騒ぎも恐らく一瞬でおさまるでしょう』
『黒髪のお二人は明らかにあの人間たちとは違う特徴ですし、よくよく見ればそちらにいるのはあの銀狼の獣人ではないですか。それになにより、高位の精霊使い様をあのような連中と一緒にするわけには参りませんし、そのお仲間もしかりです』
実のところ、獣人の中でも狼人族は数が少なく、その中でも銀色の狼人族はかなり珍しいそうだ。
そういえば、獣人国でも狼人族は少なかったし、銀色の狼人族はイリス以外見たことがないな。
それはともかくとして、彼等のセリフを咲良に伝えてやると、
「ありがとう!」
そう言ってにぱっと笑った。その笑顔にやられたのか、エルフたちの雰囲気がさらに和らいだ。
「ところで、迷宮ができたからといって、そう簡単に村から出るものなのだろうか? 獣人族の集落にも引きこもりの種族がいるが、近くに迷宮ができても一切出てこないのだが……」
それはそれで迷惑な種族だな。獣人国内はやたらと魔物の領域に魔物が多いのはその種族のせいじゃあないだろうな?
イリスの質問に、レイアはぽつりぽつりと事情を明かし始めた。
森を封印してから約1000年もの間、迷いの森には迷宮が一切現れなかったそうなのだ。
それなのにもかかわらず、一週間ほど前に突如として迷宮が現れたそうで、村は今その迷宮の処遇を巡って真っ二つに分かれているそうだ。
つまり、残して資源としていきたい派と、とっとと潰してしまいたい派。
そして、調査のために残したい派と潰したい派を半々でパーティを結成したが、それでは戦闘力が心許なかったので、レイアを呼んで迷宮の調査に乗り出した。
と言うことらしい。
一週間程前ってことは、丁度魔物の大量発生があった頃くらいか……? 十中八九原因はそれだよな。全く関係がないってことはないだろう。
ゲルベルン王国め、またお前等か。まぁこのことは黙っておいた方がいいだろうな。
「っと、ついたかしら」
そう言ってリリアノが立ち止まった場所には――
――何もなかった。
いや、【森羅万象】を使うと一目瞭然だ。
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・名称
森の結界
・詳細
森を特定のルートで通ることにより、通り抜けることができる結界。
正解ルートから一歩でもずれた道を通ると、惑いの呪いが発動する。
結界が破壊されるまではいかなる方法を用いても木を破壊することはできない。
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なるほど。何もないように見えるのは、特定ルートとやらを通ってきていないからだろう。
「お兄さんは気がついたみたいだけど、ここが村の入り口。正攻法で入るには大変だから、今回は裏口から。ってことで、お願いね」
「任されたかしらー」
そう言って、リリアノが何もない空間に触れた瞬間空間に波紋が広がった。
ただそれだけ。明かりがなければ、夜目が利かなければ見ることができなかったであろう僅かな変化だ。
「それじゃあ、みんなついてきて」
レイアが一歩踏み出すと、まるで目の前に水面があるかのように空間を波立たせながら、その姿を消してしまった。
エルフたちがそれに続き、ヤスナが「こう言うのは斥候の役目です」と言って続いた。
とはいえすでに引き返す選択肢はなく、ヤスナの姿が消えて俺たちもすぐに続いた。
風邪をひきました。
季節の変わり目で、雨が続いています。
皆さんも風邪にはお気をつけ下さい。
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■改稿履歴
新:
レイアさんたちは改めて平身低頭して謝ってくれ、俺たちは謝罪を受け入れた。
旧:
レイアたちは改めて平身低頭して謝ってくれ、俺たちは謝罪を受け入れた。
呼び捨てを許可される前に呼び捨てていました。




