レギオンの超越者、ロイン
イズミの残した武具を袋詰めにしたあと、俺とアキラは腰を下ろして話をしていた。
よくよく考えれば、さまよう必要なんて特にない。このまま腰を据えて、最後の一人が来るのを待つことにした。
「しかしあれだな……イズミってコスプレっていうか、コスプレの衣装を作るのが好きだっただろ? で、この鎧とか剣もコスプレっぽいじゃん。それが巡り巡って、伝説の武器ってのは……なんか時代を感じるな」
「嫌な感じ方ね……いやまあ、そのあたりもちゃんと伝えているのよ? マーニャちゃんにも、ゲームとか漫画を参考にしたって伝えているし……反発されたけど」
「それは……隠してもいいんじゃないか? 歴史を修正してやれよ……」
「イズミが嫌がったのよ……文化を残したがったし……クリエイターに敬意をって……絶対隠さないでって……」
「マーニャの気持ちがちょっとわかったぜ」
自分達の暮らす都市を作った偉人が、後世の為に遺産を残した。
でも本人はオタクで、作ったものも趣味性が高いって……イズミが存命だった時は、さぞ信者を困らせたに違いない。
「っていうか、アンタは趣味関係で、イズミと仲良くなかったわよね?」
「アイツはキャラが好きで、俺はシチュが好きだからな。だからまず、話がかみ合わない」
「私ともかみ合ってないわね……」
俺達は……まあ、バイト仲間みたいなものだった。
だから趣味がかみ合わなくても、それでもよかった。
だがそれは対等だったからで……下からみたら、大変だったんだろうな。
そんなことを考えていると、やっぱり明後日の方向から接近する人影があった。
上空から降りてきた彼女は、今まで会った異能者の中では一番年長って雰囲気だ。
その表情は、とても堅い。緊張している一方で、俺に気を使っているようにも見えた。
「失礼します……私はセントラルベース防衛軍、レギオン所属……超越者のロインと申します。黒き神、スサブ様ですね」
「ああ……その通りだ。で、お前も俺を殺しに来たってわけだ……はあ、満を持してのご登場だな」
なんかもう切なくなってきたので、俺はさっさと戦って倒すことにした。
どうせなんか主張してきて、最終的には襲い掛かってくるんだ。
「いえ……貴方と交渉しに来ました。これは五大老からの命令であり、私の意志ではありません。ですがだからこそ、強い政治力を持ちます」
「はあ? なんで」
「情けない話ですが……アキラ様が不在のままでは、セントラルベースのエネルギーが維持できないことが、判明しました」
めちゃくちゃわかりやすかった。
細かい事情は分からないが、そんな理由なら交渉するしかない。
というか……それなのに、アキラは発言力低いのか。
「なあアキラ……衝撃の新事実なんだが……おまえそれなら、それこそ首根っこ押さえているようなもんだから、私に従えって強弁すればいいだろ……」
「……いえ、私も今初めて知ったわ。おかしいわね……私の作った超進化宝珠が発電の触媒にも使われていることは知っていたけど、それは他の超能力者でも製造できたはず……だから私は、そこが強みになるとは思っていなかったんだけど」
俺の胸ポケットに入っているアキラが話始めたことで、ロインは驚いていた。
と同時に、少し安心しているふうでもある。
「アキラ様のおっしゃる通り、一定の段階に達した超能力者ならば超進化宝珠の生産は可能です。ですがその数量は、超能力者の力量によって左右され……我らが捕縛している超能力者では、アキラ様ほどの量を生産できないとわかりました」
ロインは、はっきりと事情を明かしてきた。
「ご理解いただけたと思いますが、我らにはアキラ様が必要です。そしてアキラ様を開放できるのは、黒き神であるスサブ様だけ……。どうか、交渉を」
「まあいいぜ。俺だって正直、戦わずに済むなら一番なんだ」
納得できる理由なので、俺も安心する。
さて、交渉というが何をしてくれるんだろうか。
お金だろうか、市民権だろうか、それとも犯罪を無かったことにする、司法取引とか?
世界を救って帰ってきたのに、取引しなきゃそれが得られないってのか……。
「まずこちらの要求を述べさせていただきます……アキラ様への汚染を解除し、開放してください」
「いいぜ。正直今すぐやってもいいぐらいだ」
「ありがとうございます。ついで……汚染し拘束している、四人の解放を」
「ああ、それもいいぞ。ただ、怪我しているのもいるから、今すぐ解放ってのはやめたほうがいいけどな」
出された二つの条件は、俺にとってどうでもいいことだ。
なんなら、無条件でもいい。
だが次に出されたのは、とんでもないものだった。
「これが、最後の条件です。スサブ様……心苦しいのですが、解放した後はこの世界を去り、異次元に戻っていただきたい」
「……はあ?」
「お願いします」
誠意を込めたお願いだとは、俺にも伝わってくる。
だけどこんなの、飲めるわけがない。
「ふざけんな! それのどこが交渉だ! 俺に何の得がある!」
「そ、その通りよ! 私でもびっくりしたわ!? ロイン、それは五大老の言葉なの?」
アキラもあわてていた。
いくら何でも、これはない。
これじゃあ交渉になってない。
「いえ、五大老の指示は、アキラ様にお戻りねがうこと。他のことは、私の考えです」
「他の四人を解放しろってことはともかく……俺を追い出そうってのはどういう了見だ」
極めて切実な顔で、俺に訴えてくる。
そこには、俺への申し訳なさとかが、ぎっしり詰まっていた。
だとしても、俺を怒らせるだけだ。
「最初にアキラ様が貴方に何を言ったのか、見当は付きます。加えて、他の超越者が何を言ったのかも」
「……」
「皆が、貴方を否定したのでは? 貴方が偉業を成したことが伝わっていても、この世界はそれを受け入れられないのです」
結局、社会そのものの話か。
わかってはいたが、嫌になる。
嫌なそれを、受け入れる気はない。
「で? その、俺になんの得もない話を……どうやって納得させるんだ?」
「対話によって、です」
「俺の意見を酌む気もないのにか」
あくまでも真剣に、ロインは俺を見ている。
その表情に、迷いはない。
つまり逆に言って、俺の要望を取り入れる気がない。
その方が俺の為になるって、信じて疑ってない証拠だ。
「……貴方は、アキラ様を倒し、私以外の超越者を倒しました」
「ああそうだよ……そんな俺を相手に、まだ『私の方が強いです、だから降参しろ』なんて言うのか?」
「いえ、言えません。最強の超越者である私ですが、貴方の方が強いでしょう。その状況で、貴方が対話をしてくださるとは思っていません」
ロインは覚悟を決めた顔で、俺を睨んでくる。
そこには、自分の強さとは別の根拠があるとわかった。
「……貴方がアキラ様たち五人を封じることができた、勝つことができた理由、全員に共通する敗因。それは何だと思いますか?」
「俺が強いからだろう」
「その通りですね。ですが、もう一つある」
そういって彼女は、何かのボタンを押した。
それを合図にして、遠くから高速で、多くの気配が接近してくる。
「仲間が汚染されることを警戒し、一人で戦わざるを得なかったからです」
そうして現れたのは、十人ほどの男女。年齢は、ロインより少し下ぐらいだろうか。
剣呑な雰囲気で、俺に警戒心を向けてきている。
「我らレギオンの独自技術、黄金属性は……黒タイプの汚染や赤タイプの浸食を完全に遮断します。これは金が腐食しないのと同じように、絶対的なものです」
「だから俺が相手でも複数で囲めるってわけか」
「ええ……そのうえで、ここにいる私の配下たちは私に次ぐ実力者。こと殺傷能力なら、他の超越者さえ超えているでしょう」
「なるほど、それなら……ん?」
そこまで聞いて、俺は途中の論理破綻に気付いた。
「なあ、おい。お前の話が本当だったとして……確かに凄いと思うが……」
俺はよくわからないので、そこを聞こうとする。
しかしそれを、彼女は遮った。
「アキラ様の実力は、私も知るところ。他の超越者……特にトネリのヴィギレは、そうそう汚染されることはありません。黒タイプである貴方が勝つなど、普通ではありえない」
「そ、そうだよな?」
「成熟した青タイプを汚染するなど……それこそ、百倍以上の実力差が無ければ成立しない」
「そうそう」
ここまでは、正しい。
つまり汚染技というのは、黒タイプにとっても超強力な必殺技ではないのだ。
実力差のある相手を、いたぶるための技、と言っても過言ではない。
つまり、汚染技が効かないとしても、元々の実力差は埋まっていないのだから、結局意味がないのだが……。
「ですが、いくら三百五十年間戦い続けたとはいえ、そこまでの強さを貴方が得ているとは考えにくい」
「ん?」
「その時間で、同格や格上相手にも汚染が通じるよう洗練した、と考える方が自然です」
「ん?」
「違いますか?」
違うよ、と俺は言いかけた。
だが意味がないな、と思って中断する。
確かに客観的には、その方が自然な気もするだろう。
「……それが勝算だったとして、対話になるのか?」
「こちらには、貴方を排除できるだけの力があります。それを示さずに、対話はできません」
何をバカな、と言いたいが、わからないでもなかった。
「被害者を開放すれば、暴れまわったことは許してやる。その代わりどっか行け、か?」
「……そうなります」
「断ったら実力を行使するぞ、か?」
「はい」
俺は、軽く頭をかいた。
「なあ……俺も文明の中で暮らしていた身だ、明日から電気が使えません、なんてのがどれだけ辛いかはわかってる。五大老ってのも、さぞ慌ててるだろうよ」
「はい」
「ぶっちゃけこうさあ……いろいろと後ろ暗いことも許しちゃうだろ? 言いたくないけど、高度に政治的な判断、的なさあ」
「ええ、おそらく許容されるでしょう。もちろん、アキラ様の口添え付きなら、ですが」
「で、お前さんの独断で『二度と戻ってくるな』か? なんでそうするんだよ」
俺は、正直正気を疑っていた。
まともな神経の持ち主なら、こんなバカなことを言うわけがない。
「……俺は、世界の為に戦ったわけじゃない。どっちかと言えば、一緒に行った仲間のためだった。だがそれでも、世界のための戦いでもあった。少なくとも、帰ってきて『失せろ』なんて言われる筋合いはない。俺は納得できない」
もう何を言っても無駄だ、とわかったうえで、俺はそれでも言いたいことを言う。
「お前は同じ立場で、納得できるのか? 街の為に戦って、仲間を全員失って、それで帰ってきたら『失せろ』って言われて……じゃあしょうがないねって、出て行けるのか?」
「行けます」
「……は?」
こう返されると分かってはいたが、正気とは思えない言葉だった。
「それは、お前の意見だろ。それとも、お前の仲間全員が、同じ覚悟があるのか?」
「あります」
「薄っぺらくて浅い返事だな。というか、少なくとも俺なら……自分にその覚悟があっても、他人にそれを押し付けねえよ」
俺の、こいつへの、こいつらへの心情は最悪だった。
「おい、お前ら! こいつを止めなくていいのか?」
俺は軽蔑を隠さずに、ロインの後ろにいる兵士たちに尋ねた。
「世界の為に戦う覚悟とか、世界のために死ぬ覚悟とかじゃねえんだぞ。おい!」
だがしかし、兵士たちは返事をしない。
あくまでも『兵士』に徹する構えってわけだ。
「私の部下には、覚悟があります。むしろそれがないのに、力を持つこと自体が問題です」
「……」
「スサブ様、どうか思い出してください。この世界を守るために、他の神と共に旅立った時の、高潔な心を。この世界の安寧の為に、最善を尽くしてください」
「俺は、自分の都合を考えるなってか?」
「ええ、そうです。いくらアキラ様や五大老が厳命しても……人の心は、そう簡単に変わりません。もしも無理に残るようなら……」
俺は、もううんざりしていた。
言葉を尽くして、こいつを論破してやりたかった。
ああ、だが。
俺は知らなかった。
こんなにも、心を殺される言葉があるなんて。
「それは、アザトスと何も変わりません!」
「!!」
「スサブ様……どうか、大義を見失わないでください! 人々のためには、これが最善なんです!」
「……」
「あなた一人の居場所の為に、人々が苦しむなんて、許されない。苦しむ人々の傍にいても、貴方は救われない!」
「ロイン。吐いたツバは、呑めねえぞ」




