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61 命を賭して




 ジョー・ガウンが耳打ちした提案。

 それは到底うなずけるようなものではなく、グフタークの表情が驚愕に染まる。


「バカな、それでは貴殿が――」


「頼んだぞ」


「待て、ジョー殿!」


 承知する間も拒む間もなく、筋骨隆々の巨漢が突進していく。

 圧倒的な力の差を思い知らされたはずのサムダへと、たった一人で一直線に。


「はんっ、死にに来たか」


「否。貴様に死を届けに来た」


「あぁそうかい!」


 迎撃として放たれる手刀。

 音を置き去りにするほどの速度の突きがカウンター気味に繰り出され、


 ドボォッ!!!!


 ジョー・ガウンの腹部を貫通した。


「やっちまったね。無策な突撃などするからさ」


「……ふっ、ふふ……。それはどうかな……」


 ガシッ。


 腹に突き刺さったままのサムダの腕を、ジョー・ガウンが両手でつかむ。


「あぁ? 何のつもり――」


「ふんッ!!」


 ドガッ!!


「ぶっ……」


 そして、サムダの顔面にめがけて強烈なヘッドバッドを繰り出した。

 至近距離で頭突きを食らっては、さすがにノーダメージとはいかず、鼻血をまき散らしながら大きくよろめく。


「……ちぃっ! 離さないかい!」


 ぐい、ぐいと、ジョーの腹に突き刺さった腕を引き抜こうとするサムダ。

 しかし、筋骨隆々の両腕に血管が浮き出るほどの力を込めたその腕力は、彼女でも振りほどくことがかなわない。


「ふんッ!! ふんッ!!」


 ドギャッ、バギッ!!


「がっ、ぎぁっ!!」


 拘束されたまま、何度も何度も強烈なヘッドバッドの直撃を食らい続ける。

 一回や二回どころではない。

 二十回、三十回と執拗に繰り返し、仕掛けた側であるジョー・ガウンの額からもおびただしい流血が起こっていた。


 ジョー・ガウンの死を覚悟した反撃を前に、老婆の顔面は血にまみれ、もはや意識を保っているかも定かではない。

 ふらつきながら、なすがままに攻撃を受け続ける。


「……そろそろか。ぬぅぅんッ!!」


 ドギャァァァッ!!!


 つかんでいた手を離し、並みの相手なら首が吹き飛ぶほどの渾身の頭突きを見舞うジョー・ガウン。

 その勢いで刺さっていた腕が腹から抜け、よろめくサムダをすかさず担ぎ上げる。

 傷口をふさぐものがなくなったことで、腹に開いた風穴から大量の血が噴き出すも、


「ぐぅぅ……っ! なんのこれしき、鍛え上げた我が肉体は決して崩れぬッ!!」


 歯を食いしばり、サムダを抱えたまま高く飛び上がった。

 ぐったりと動かないサムダの背後にまわり、手首を取ってひねり上げ、足を絡みつかせてホールド。

 車輪のような形を取って、地上のグフタークめがけ高速回転で落下を始める。


「グフターク! 我が全身全霊をささげた一撃、決して無駄に終わらせるなよッ!!」


「……心得た!」


 ジョー・ガウンの覚悟に応えるため、グフタークも力を振り絞り、自身の持つ生命エネルギーを折れた剣へと伝達し、暗黒の刃として具現化。

 拘束されたまま迫るサムダの心臓へ正確に狙いを定める。


「食らうがいい、サムダ!」


「命を賭した、我らの覚悟をッ!!」


 ズドッ!!


 技が炸裂した瞬間。

 グフタークの刃は確実に、サムダの急所をつらぬいたはずだった。

 しかし。


「な……っ」


「バ、バカな……!」


 しかし、現実に黒いオーラの刃が貫いているのはジョー・ガウンの胸板。

 拘束されていたはずのサムダなど、どこにもいない。


「ごばっ……! こ、このホールドを逃れられるはずが――」


 完璧に捕らえていたはず。

 吐血しながら状況を確認したとき、ジョー・ガウンは初めて気が付いた。

 自分の手首から先が、はじけ飛んでなくなっていることに。


「ジョー殿……!」


 すぐに闇の刃を消し、倒れ伏したジョー・ガウンを救おうとするグフタークだったが、


 ズドッ!


「が……っ!」


「いけないねぇ、敵を見失ったってのに仲間の心配たぁ、まったく悠長なもんだ」


 背後からの手刀の一撃に、彼と同じく腹部をつらぬかれる。


「……なぜ、なぜジョー殿の拘束から……っ、逃れられた……っ」


「いやはや、本当に大したモンだよ。一瞬。ほんの一瞬とはいえ、9割の力まで引き出させたんだ。肉体の主導権を奪われるギリギリさ。その力で拘束を無理やり引きちぎり、逃れたんだが――」


 ズボォ……!


「ごは……っ」


 腕を引き抜かれると、彼女は糸が切れた人形のようにその場へ倒れ込んだ。


「代償は大きかった。今度こそ、本当に終わりだねぇ」


「ぐ……っ、ジョー、殿……っ」


 それでもあきらめず、這いずってジョー・ガウンの下へとむかおうとするグフターク。

 ジョー・ガウンも何とか起き上がろうとするが、


「グフターク……っ、む、無念……っ」


 ついに力尽き、砂煙を上げて大の字に倒れる。

 筋骨隆々の鍛え上げた肉体に満ちあふれていた生命力は見る影もなく消え失せ、やがてその体は黒いチリへと変わっていった。


「あぁ、死んだねぇ。お疲れ様」


「……っ、くそっ!」


「で、アンタも後を追うかい? それとも、魔王が死ぬまでここで寝てるか?」


「……愚問ッ!!」


「……ほう」


 歯を食いしばり、折れた剣を握りしめてグフタークが立ち上がる。


「魔王様が託されたのだ……! この私に、貴様の足止めを……ッ! ならばその使命……っ、死んでも、死んでも果たすッ!!」




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