第63話
1人の男がサンシカン達のはじき出した作物栽培準備要綱に
舌を巻いている。サンシカン達の後ろには、
冠と琉装姿の叡弘と山口さんが控えていた。
「……これほどまでに民のことを考えていてくれたのか。
私は良い部下に囲まれていたのだな」
彼らの前には髭の一筋まで美しい壮年の男が座っている。
彼の名はネイといった。しかし本名は誰にも呼ばれず、
親しいものはウミトゥクガネガナシ、親しいものではない場合は
ウシュガナシーメー……つまり「国王陛下」と呼ばれる者だ。
ジャナウェーカタをサンシカンに取り上げた後の最近の彼は、心身共に絶好調に
なっていた。どちらかといえば元々体も弱く文辺一偏だったが、
今では早朝、将軍とジャナウェーカタによっていつの間にか鍛え上げられた
近衛や踊奉行の若者に混じって習練をするようになった。
もちろん政務も滞りなく、むしろ以前よりも整然と行われている。
ウラシイ王子は彼の変化していく見た目を喜び、後宮に当代自慢の美姫を
次々と送り込む。今では後宮も、彼に集中的にプロデュースされて、
かしずく女性達までも活きが良くなってきた。
「誰でも良いから、皆で美しい陛下の御子たちを産んで育てておくれ。
……長くはないワシの最期の夢になるかの」
……民に愛された王の姿は、今では一片の曇りなく輝き、
かつて御庭に現れたあの神龍にも劣らない。
◇
「キン間切には悪いが、外国人の寄港取引は修理の終わった
ウラシイ海城が一手に引き取っている。
将軍の顕現させたグスクに劣らない戦船は
よそ者の目から隠したの」
ウラシイは要綱を読み終えた彼に言い添える。彼は静かに頷いた。
「……ジャナウェーカタの部署で明国との交渉ごとで困った事は無いか?」
ネイは彼に尋ねる。
「クメ、出先のリュウキュウ館共に問題無し。明国へ気取られ無いよう
強く注意喚起をしています」
ジャナウェーカタの仕事はいつも完璧だ。
……ネイの本気を恐れた官僚たちは、いまだに恐怖によって縛られていた。
「この書類を元に地図を作ったそうだが、私も見てみたい」
彼がそう言うと、ギマウェーカタが山口さんの地図を引き出して、
「この者らが共にこの地図を作ってくれました。私の助手です。
……立場を超えた言葉を言うかもしれません。しかしお怒りなきよう」と
簡単に紹介する。山口さんと叡弘はマイチに言い含められているのか、
平伏したままだ。
「目通りを許す。表を上げよ」許しの言葉が入り、彼らはやっと王の姿を見る。
彼らから見た王の印象も悪くないようだ。
「……遠慮が無いのは将軍で慣れた。我らの愛し子達よ。
この国を開く路を、示してくれ」
優しい微笑をたたえた王の前で、彼らは地図の説明をした。
この地図は約400年後のこの国の姿であったこと、マラリアは
治療薬がサイモンの戦船「ミズーリ」に多く収容されている事、
史実通り、攻められる前までに産業振興を推し測り、
……地図で地割を計画し、足りなくなる材木のために植林を
推進するように進言する。……国を富ませ、兵を強くしなければ。
戦上手な彼らには交渉時点でも勝てない。
サツマにいる牛島滿中将の事も、順を追って簡単に説明し、
この島の遥か未来の歴史に関わる人物だと、王に認識してもらった。
隣に座っているウラシイ王子は、彼の話に目を輝かせて
聞いていたのは言うまでも無い。
「植林は黒糖製造にかかる木材不足への対応です。
息の長い事業ですが、辛抱強く進めていきましょう」
山口さんはそう言って言葉を締め、叡弘は物言いたげに王を見る。
彼は恐る恐る、言葉を紡ぐ。
「……王は、人頭税についてどう思いますか?僕は税が払えなくて市に
売られる幼い子ども達を見ました。
僕は……次代を作る子ども達を重税から救いたい。
……カンショも、モメンも、サトウキビがあっても、
豊かになっても重たい税金に怯える暮らしを続けるなんて、……嫌だ」
叡弘はナーファの街で売られていた子ども達の無気力な眼差しを思い出す。
彼らの将来は既に彼らの物では無く、奪われた物は計り知れない。
……あの眼差しに似たものを、実は彼が学生の頃にも見ていた。
奨学金を獲得できず、学費の捻出に喘いでいた同級生達だ。
学費が免除される特待生ほど優秀では無くとも、彼らにも将来の夢があった。
しかし、進学するにつれて高い授業料を支払えずに、退学の選択へ
追い込まれた友を、彼は苦い気持ちで見送っている過去があった。
……彼はそれを思い出し、身震いをする。
……この国の幼い子ども達の未来を、僕が守らねばならない。
「僕が言っている事は、皆にしてみればただの世迷言なのかもしれません。
……僕らの時代は子どもが生まれにくくなって子どもが法律の面からも
ある程度大事にされています。弱い立場である彼らの身体を売り払ってしまえば、
国はやがて立ち行かなくなるでしょう。王様、どうかお考えください」
彼は精一杯の眼差しを王へ向ける。王は無言で叡弘を見据えた。
一触即発の体だ。しばらくしてネイが笑う。
叡弘のひたむきな眼差しに心を打たれたようだ。
「相分かった。そのように取り測ろう。子ども達の取引はやめる代わりに、
彼らの将来について具体的な方針を考えてみよ。
……今年の秋頃に生まれる私の子ども達が成人する10年余り後が、
どうなるか楽しみだ。フフ」
意外な彼の色よい笑顔と返事に、山口さんと叡弘は喜ぶ。
ウラシイ王子とサンシカン達は、
固唾を呑んでその光景を見守っていた。
【次のお話は……】
ここは、異世界……
第63話 キングズ☆ブートキャンプ 了
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