第62話
翌朝、叡弘達とサンシカンのギマウェーカタは、ナカグシクのバンショに
詰めていた彼の近習とともに、王都スイへ向かう。
整備され始めている宿道と狼煙の伝達は彼らの脚を
速め、その日の早い夕方にはスイ城へスムーズに参内する事が出来た。
「……あのスイ城下の混雑が嘘のようだ。道に誰もいない」
着いたスイ城の厩舎で、誰よりも驚いたのは叡弘の愛機、
キーちゃんだった。
「使える特権と魔術を全て行使した。民には悪いが道を譲って
もらったの。稀な正念場だからの。……さあ行こう」
穏やかな声でマイチは叡弘たちへ声をかける。それは覚悟を決めた者の声だった。
◇
スイ城内の書物庫、先だって測量された地図はスイ城正殿の北翼……
後世では薩摩側を歓迎する「北殿」の場所に配置されており、
あらゆる部署の書類が整備、蓄積されていた。
「ギマウェーカタ様。ご所望の地図は全て揃えて、二階の議場にて
広げております。こちらへどうぞ」
案内役が彼らを地図まで案内する。そこには広い空間と、床面に敷き
詰められた地図が広げられていた。
「私の魔術で図を床へ固定させています。大きな地図の上を歩いても、
地図は痛みませんので」
彼はぶっきらぼうにそれだけ言うと、そそくさと退室してしまった。
「……それでは、地図を見ようかの」彼は歩を進める。叡弘達もそれに続いた。
「……暗くなってきた。明かりをつけようか」
作業中の2人を気遣い叡弘はランタンを探す。
「私に言って頂ければ、お持ちいたしますよ」いい匂いと共に、
階段のあった方向から案内役とタンメーがやってきた。
「「「タンメーさん」」」3人は驚いた。
「屋敷はちょっと、急いでイシヒラのペーチン様にお願いして、
皆でスイに出てきました。ギマウェーカタ様の使った魔法が切れる
ギリギリでお城へたどり着いたので、本当よかったですよ」
「さあ、私達にも破れない屏風作りのお手伝いをさせてくださいませ。
まずは腹ごしらえからですね」
彼が持っていた盆には、良い香りのする月桃の葉に包まれた
おにぎりが載せられていた。おにぎりの中には、油味噌が入っている。
……ハーメーの得意料理だ。
案内役は何と、舶来品のお茶を持ってきてくれた。
「……腹が減っては戦はできんの」マイチは楽しげに笑う。
◇
「……あとは国頭の、山深い地域だの」マイチと山口さんは頷きながら、
地図の空白部分を書きつけていく。
山口さんが最初に書いた地図へ、青い顔料を使って書き込んでいた。
「石川、恩納、宜野座、名護、本部、今帰仁、東それから国頭。
……この辺りは戦争マラリアの被害が特に酷かった地域です。
どうやら、予想していた地域以上にマラリアは進んでいない。よかった
……ところで金武が微妙に開けていて地図が発達しているのは?」
不可思議な点に山口さんが問う。
「ここはハネジ間切と同じく水田地帯が発達している。
彼の地より豊かではないが」
マイチは頷きながら返事をする。彼らの作業は、順調に終われるようだ。
……視点を変えてみると、叡弘は案内役と話をしていた。
「ここの書物の管理は、魔法使い達の仕事です。古文書の多い
ウラシイの古城と連携していますよ。書類や資料自体に力が込められて
いる場合、……その管理もしなくてはいけないので」
「今、スイ城は力に溢れていますからね。ギマウェーカタがサツマより
持って来てくださった惜別文の魔力を変換して、
地図や書物の管理をだいぶ容易にさせていますね」
地図の仕事は山口さんとマイチさんで手が足りているので、
叡弘は彼にそれを見れるか聞いてみた。
「ギマウェーカタのお許しがあれば。以前模写したものをお持ちいたします」
少し離れたマイチが案内役に、
「文字に魔力がない模写なら構わんが、その子も魔法使い見習いじゃからの」
と返事をする。相変わらずの地獄耳だ。
やがてサツマから届いたという、「惜別文」のレプリカが
叡弘の前にやってきた。山口さんも、マイチも手を休めてやってきた。
叡弘はゆっくり噛み締めるように読み上げる。
「……どんなに状況が厳しくても、命令を出し続けなくちゃいけない
なんて辛いよ。これでダンジョンにいた彼の関係者が、居なくなって
どうなったかは分からないけれど……」
叡弘の途切れそうな言葉をマイチが繋ぐ。
「……姫が言うには、ニライカナイへ旅立ったと言っていた。
彼らは守るべき将に対して悔いを残していたのだろうかの?」
「指揮や通信系統が滅茶苦茶になって、それでも懸命に
付いて来てくれた。か……」
山口さんは複雑な表情で、感慨深く文章を見る。
どうやら文字の状態を見ているようだ。
「とても綺麗な楷書で書かれている。文字サイズのばらつきも欠落も無い。
本人は至極冷静にこれをしたためたのかもしれないな。
肉筆は結構、書いた時の感情や個性が出るんだ……」
「私の方からも、少々申し上げてよろしいでしょうか?」
案内係が小声で遠慮がちに声をかける。
「……模写を魔術で作成した時に、これを書いた人物の想いが私へ
流れ込んで来ました。「……立場にあるものが、護れなかった……」
……悔しい気持ちと、哀しい気持ちが相混ざったかのような、
心が引き裂かれそうな心地が致しました」
案内係はそれだけ言うと、その時の事を思い出したのだろう、
ポロポロと泣いてしまった。懸命に彼は手ぬぐいで涙を拭うが、収まるまでに
時間がかかった。控えていたタンメーは彼にそっと茶を勧める。
……彼らのスイ城での1日目は、そうやって過ぎていった。
【次のお話は……】
スイ城2日目。
【「旅の場所」沖縄県 中城村 上間から那覇市 首里城跡】
第62話 我ら、後世を照らす嚆矢とならん 了
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