第61話
マイチは1週間、山口さんの講義を受け続け、この国の輪郭を
把握していった。スイへ戻ったウラシイ王子
とジャナウェーカタからは戻りの朝、
「面倒な事務処理はワシらに任せろ。
お主は、お主の道を開け」と命令されている。
現状ではカンショの普及は、本島内では主だった間切で終えており、
戦時作物の最低限のライフラインは確保した事になっている。
モメンの普及も人づてに聞き、ギマ村での試験栽培が順調に
進んでいる事がわかった。
マイチはその報せを聞いて、涙ながらに息子の名を呼ぶ。
彼と近隣の若者達がカンショ同様に技師のキクチヨとヤチヨ、
それからモメンを受け入れ、ムラにいる女達は嬉々としてモメンの
収穫を楽しみにしているという。
「サトウキビの栽培と加工技術の普及を成功させれば、
ギマ村に帰れるかの?」
マイチは山口に問う。山口さんは被りを振る。
「史実ではこれと黒糖事業の普及で貴方は紫冠を賜っています。
しかし既にその上のサンシカンになられてしまった以上、
するべき事がきっとあります。公害問題とも言いますか……」
山口さんの歯切れが悪い。どうやら言いたくない事らしい。
「……言ってくれ。多分耳の痛い話だろうが、家族と引き換えにはできん」
山口さんは落ち着いた声で彼に伝える。
「ここでは魔法が使える土地柄なので、把握しかねますが。
しかし、僕らの歴史では黒糖製造に大量の国産木材を使用し、短期間で
土地が荒れていきます。……黒糖事業と同時に管理植林を行うことも必要です。
特に海沿いや国頭における赤土の海の流入は、漁業を荒らします。
……心に、留めておいてください」
かつて、黒糖製造には大量の薪や木材を必要とした。普及を良しとしたが、
木材の不足は計算外だった当時の首里王府方が儀間眞常の死後、
大政治家と称される三司官の蔡温の登場によって植林事業や、
開墾政策によって問題が解消されるまで、長く時間が必要だった。
もちろん、彼が「儀間先輩のバカヤロォォォー」とか言って
涙目で事に当たっていたのは、……言うまでもない。
山口さんは、言うだけ言うと、立ち返ってマイチに頼み込む。
「マイチさん達が測量した地図の全てを、一度私に整備させてください。
……あれには人の命を奪うマラリアの分布が載っているはずです。
本島内だけでも開墾をする際、我々の命綱になります」
マイチは思い出していた。かつてアジ達に集めさせた地図を。
そして書かれていない地区が虫食いのように島の形を食い破り、
将軍と山口さんの地図を見なければ、島の形など把握できなかった事も。
「離島も検地をした方が良いか?マラリアはそこにもいるのか」
マイチは問う。
山口さんは少し考えて、「少なくとも大きな島のミヤコとイシガキは
お願いします。他もマラリアがいた地域だったかも知れんですから……
マイチさん、ちょっとだけ待ってください」
◇
「……だいたいこんな感じだったかな?」マイチの目の前で山口さんが書いたのは、
紙のサイズが屏風程の大きさになる南西諸島域の簡単な地図だった。
範囲が広く、さまざまな大きさの紙を寄せ集めて書かれている。
「赤い色で示した場所が、サイモンさんや牛島さんの生きていた頃の
マラリアの分布地域……僕らは病気の絶滅した時代からやってきました。
ここにキニーネが存在するとは言え、動く人数が多いとやはり気になる事です」
「この赤い地域以上にマラリアがいなければいいんですが、
それを知って行動を起こす方がいいですね」
彼の言葉に、マイチは無言で頷く。
「……地図の全ては、スイ城にある。山口、叡弘、スイへ来てくれるか?
……ワシは皆のために、「破れない屏風」を作りたい」
静かに話を聞いていた叡弘も、2人を見て静かに頷いた。
寒風がナカグシクから吹き寄せる。
【次のお話は……】
覚悟を決めたマイチとともに、主人公たちはスイ城へ。
【後書き】
……この物語で、一番書きたかった場面です。
この話を目指して当初から頑張っていました。
第61話 破れない屏風 了
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