第59話
自己紹介のつもりだろうか、ウラシイ王子はウシのことを聞く前に
己の事を話し始めた。
「ワシには2人の良い兄がいた。2人とも、若いうちに姫御前に
囚われてしまった……」
叡弘達は静かに聞く。
老人の話を遮ったら二度と聞く機会には会えないと思ったからだ。
「長兄はワシと違って知恵が回った。スイ城やウラシイ城に密かに
収められていたウミトゥクガナシ(尚巴志王)の記録を漁るまでは。
……彼はスイ城の行政を統括し、上手く父王を支えていたのだから」
「美しい姫御前を留めた姿絵や、王女としてアジの花嫁として
嫁いで行った話、惚れ抜いた2番目の相手が彼女よりも先に死んでしまった
話をよく読んで、ワシらに聞かせてくれた。
その頃はワシらも若かったから、妻に迎えるならそのような女性を
娶れる事を夢見たの……」
「父王は仕事に支障が出てきた長兄を心配して、嫁を広く探させた。
だが彼の心はすでに姫御前のことで一杯なのは誰もが知っている
事だったし、彼も見合いを断り続け……ついには痩せ細った体で
スイ城のダンジョンへ向かってしまったのじゃ。
慈悲なのか入り口に長兄の簪が投げ置かれていて、次兄が
それを取り戻してきてくれた。次兄が言うには、これだけしか、
残っていなかったそうじゃの」
「勇猛で人気者な次兄は、それから何日もダンジョンに入って長兄の遺体を
探した。ワシも行こうとしたが彼は断り続けた。
彼もまた『只者では無い美しい姫御前は、ワシの物……』
そう言って彼も簪以外、ワシらの元へ戻っては来なかった」
「……以来、スイ城のダンジョンは父王によって封印され、
王族の刑場としてだけ、機能していた。じゃが今年の夏は違って、
強い子に託されたウシ殿の手紙によって眠っていた姫御前が目覚めた……
ウシ殿は手紙一つでこの様な事をやってのけたの。
それをワシが興味がないといえば嘘になる。そしてお主らは、
その事に詳しそうだの。わかっている事を全て、話してはくれんか?」
話を終えて白湯をすするウラシイ王子の表情は、嬉々としている。
懐から紙を取り出し、広げた。
叡弘たちは和紙に書かれた、英文の写しを覗き見ると山口さんは頭を抱え、
叡弘は途切れ途切れに読み上げている。どうやら読める様だ。
「……文書にサインとか、サインが花押……
教科書に出てくる総理大臣くらいしかわからないけど、
本当に使うんだ……」彼は読み上げた後の感想を小さくごちる。
山口さんは、「バックナー中将……サイモンさんはこれが
欲しかったのかな?かつての敵同士が手を取り合えるのなら、
これ以上望めるものはないのかもな」
と驚いている。
叡弘はウラシイ王子に向き合い、こう告げる。
「彼らは僕らの故郷を、全力で護ろうとしました。ですが……
故郷は敗れて全てを無くして、……焼け野原から僕の先祖は大変な思いを
しながら、暮らしを立てて行きました。彼らを敵に回す事だけは、
どうかやめてください」
山口さんは、叡弘から出た言葉をつなぐ。
「今から約300年後に起こる世界を巻き込んだ大戦を締めくくる最終決戦、
沖縄戦の司令官で、彼はサイモンさん達が闘った相手のトップです。
日米の攻撃で、沖縄島は禿げ上がり、あらゆる倫理が破綻したけれど。
……結果は伴わずとも、僕らの故郷を護ろうとしました。
……それだけは、どうか解ってあげてください」
2人はウラシイ王子へ、懸命に嘆願する。
「強い子よ。お主はどう思う?この2人からはもの凄い人物が、
あのサツマにいる様にしか聞こえないの」
「サイモン殿の様子を訪ねられた時は、彼は目に涙を浮かべていました。
私からはとても悪い御仁には見えませなんだ。
……彼もまた、ウシ殿の手紙を読み上げる時は
とても嬉しい表情を浮かべていましたな」
「フム。もっとウシ殿の情報が欲しいぞ。敵を……いや、相手を識れば
百戦危うからずだからの。ところで叡弘と申したか。
疲れている其方のために今日はお開きにしよう。大儀であった。ハハハ」
気持ちの良い笑いを残して、彼は屋敷の外へ向かう。
門外では警備が控えており、彼を待っている。振り向きざまに。
「そうだ!今夜はナカグシクのバンショを間借りした。
急ぎの要件があればそこへ」
その時の無邪気な彼の笑顔は、薄暗い月明かりでも
隠す事はできなかった。
【次のお話は……】
マイチ、ナカグシク合宿記。その1。
第58話 遠い記憶 了
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