第58話
「ワシを呼んだの。強い子よ」
その笑い声に驚いたマイチは驚愕し、声のした方を見つめる。
「ウラシイ王子……」
しっかりとした足取りで近づいてくる老人は、歳を重ねた老人と
いえども背筋がしゃんとしている。
彼の頭には黄金のジーファーが輝き、侍従が屋敷の入り口へ
控えていた。
「強い子よ。この者らが、お主の言う我らの愛し子か。
なるほど良い顔をしている。将軍とは異なる形でこの国を、
……暴風から救い出してくれるか?」
彼は叡弘と山口さんを交互に見つめる。何か感慨深げな表情だ。
「殿下、彼らをどうか傷つけないでいただきたい。
……刻まれたサトウキビはいかがでしょうか」
2人に危害が及ばない様、マイチは若干震えた声でサトウキビを彼に
勧めた。ゆっくりで絞るような声で、彼らをかばう。
「強い子。ワシは甘いものは好かぬ。会えぬ其方の家族は無事で、
お主が入れぬギマ村で蟄居じゃ……民に恵んだ作物に
依って国を開こうとするお主を、今から馴らしておかねば。
ワシら王族も、上手く生き残れないからの……かつての我らが始祖、
あのカナマルガナシ(尚円王)さながらに国を奪われては、元も子もない」
「……はい……」マイチは泣きそうになりながらも、小さく彼に同意する。
「……ジャナウェーカタ、ワシの代わりに味見してはくれぬか?
お主は好きであろ」と振り返って彼を呼ぶ。
「はい。サトウキビの食べ過ぎは歯を虫に喰われます。
ギマウェーカタ、……湯も所望したいが」
◇
「……サトウキビは割と手に入れやすい作物だが、
それから汁を煮詰め出す方法はどうする?こんなに硬いもの、刻むのも
難儀であろうに……」
味見を終え湯で口をすすいだジャナウェーカタもやはり
叡弘と山口さんを見つめて呟く。
急な来客にタンメー達は控えてしまい、代わりに彼らが2番座へと座っていた。
日が暮れてしまって、門外に控えていた多くの侍従達は、
警備要員を残してバンショへ移動している。
「それは……」と困り果てたマイチは、すがるような眼差しを
山口さんへ送る。彼は視線を受け止めてこう答える。
「私がお答えしても、よろしいでしょうか?」
山口さんは彼らへ静かに問いかける。
3人はうなずき、山口さんは話を進める。
「この時代の黒糖を作る方法は、実は子どもの頃に体験したことが
ありますね。かつての「大恩人」を忘れない機会として、
課外授業で習いました……」
大恩人に当たるマイチを見つめ、彼は話し始める。
「マイチ。ギマウェーカタがカンショの普及をマチュー、
野國総管から託され、成功させ彼の事業が国から
認められます。さらに彼は貪欲に殖産をこの地に植え付け、
……外敵がいなければこの国はさらに富んでいたことでしょう」
「サトウキビは、硬いもので挟み込むようにして汁を
絞り出しますね。明国の南方で考えられたやり方を、
彼は若者を派遣して学ばせて持ち帰らせた、と学びました」
……スラスラと黒糖製造のプロセスを、山口さんは長く話し続けた。
静かに聞いているウラシイ王子とジャナウェーカタの傍らで、
マイチは必死な表情で帳面へ書き留める。囚われた彼の家族の事を思えば、
無理からぬ事でもあった。
山口さんは紙に簡単な窄糖機の図を描き始める。
叡弘も彼の絵を見てこう呟く。
「山口さん。実はそこ、僕も行ったんだ。水牛が周回してて、
のんびりした感じだったね。真ん中にいる人も、まったりしてたっけ……」
山口さんは「叡弘も見てくれたのか」と嬉しそうに目を細める。
搾る風景はとても珍しくて、スマホで動画撮影したけど、
ここに来た時に無くしちゃって……」彼はすまなさそうに言った。
「良いさ。叡弘から見て気になる所とか無いか?」と問いかける。
「そうだね。山口さんの絵だと、サトウキビを挟み込む部分が
露わになっているから、キビと一緒に指を無くしそうだよ。
……そこくらいかな?」彼も一生懸命、考えているようだ。
「黒糖の他にも、お土産屋さんとかで焼き物の器が売られていたっけ
……シーサーの焼き物とか。
山口さん、ここでシーサー、見かけてないけれどこれは?」
「陶器の製造はモメンと同じく史実通りなら島津侵入後あたり、
シマヅ氏から朝鮮出兵時に捕虜にされた技師がココにきて発展させていたな。
まさにこれからの産業だ。……今ならあの牛島中将に通じてシマヅへ
要請すればできるか……?
サツマ焼も同じプロセスを踏んで形成発展させたんだっけな?」
山口さんは叡弘へ呟くように返事を返す。
「……マイチさんは、彼に会ってどう思った?
僕は山口さんよりも彼のことをよく知らない。直に会ってもいないんだ。
……サイモンさんの様な、怖そうな人だった?」
叡弘は穏やかな口調で問いかける。
マイチは書き込む手を休めて、深呼吸しながらかぶりを振る。
「……いいや、ウシ殿はワシから見て、とても優しそうな方だった。
周りも彼を気にしていたが気がつくと、フッと消えてしまいそうな
印象をお持ちだったかな?あの手の優しさは、マチューと同じく、
まるで地獄を見た者の類いの様だったの」
「……ほーう、よーく聞かせておくれの。強い子よ。相手を知る事良い機会じゃて」
黙っていたウラシイ王子は、さながら獲物を見つけた眼差しをマイチに向ける。
ウシの印象は一門の武将でもある、彼の好奇心をくすぐった様だ。
ギラギラした瞳は、老将のみなぎる闘気を物語る。
「将軍はアレでしっかりしておるよ。姫御前に会われても
正気を喪っていないのが証拠。
罰を受ける王族は生贄として彼女に囚われ、肉も心も全て吸い取ら
れるからの……」
そう言って彼は言葉を続ける
「国だけが無くなるならまだ良い。ワシらがいない方が上手くいくかも
知れん。しかし姫御前や神々も跋扈する恐ろしい土地では、
弱い民草の安寧は図れない」
……彼の物話は、これから始まろうとしていた。夜の帳がナカグシクを包む。
【次のお話は……】
ウラシイおじいちゃんの思い出。
第57話 産を殖し、業を興す 了
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