第57話
ようやく落ち着いてきたマイチは、山口さんが簡単に書きつけた
年表とにらめっこしている。山口さんが隣で簡単に説明し、
叡弘も2人の話を聞いていた。
「……侵攻の後は、連行されたサツマからエド上り、
サツマとの講和条約の掟十五条で1人だけ反対を続けた
ジャナウェーカタが切腹に追い込まれるんだったっけな」
「サツマイモは。この戦を止められたなら、名前が変わったりするのかの」
「いいえ。文字通りサツマイモになるでしょう。
サツマから広がった歴史は変わらなかったですから。もし、我々よりも先に、
ミヤコで定着していたカンショがサツマへ向かっていたなら、
また変わったかもですね……」
「重税の回避と外交権の自由を獲得するには……
いや、単純に向こうのワシは何をしていた?
モメンやカンショだけでは足りぬ。家族の命がかかっているんだ。
どうか教えてくれんか……」
「黒糖製造の普及ですね。それから、原料となるサトウキビ栽培も、
普及させていましたね」
「サトウキビ(ウージ)、この島やアマミに自生しているウージの事か?
あれは皮を剥いたものを、そのままかじるだけの物だと聞いたぞ?」
「煮詰めて固めると香辛料と同じくらい貴重な食材に変わります。
薬の代わりに使われる事もありますね」
2人の会話を、叡弘が止める。
「……この話なら、タンメーさんたちも呼ぼうよ。
今に始まった事じゃないけれど人の命がかかってる。
粗が出てはいけないよ。どうかな?」
◇
山口さんとマイチが、マヅルの出してくれた白湯を飲んで一息つく。
叡弘は湯冷ましをもらった。
「そういえば白湯を飲む余裕ができたのは、家を出て以来だな。かたじけない」
マイチは礼を言うと、そばに控えているタンメー夫妻の説明を始めた。
「彼らから地図の件の報告を受けた。地図は国の宝だからの。
お主たちに危害が及ばないようにと、タンメーが報告に来てくれたんだの。
責めないでやってくれ」
タンメーは震えた声で
「差し出がましい事をしました。しかしお2人が居なくなって
しまったらと思うと、足が動いておりました」
「どうか勝手をお許しください。旦那様方」妻のハーメーは彼を庇う。
「叡弘はどう思う?俺はもういい」と山口さんは笑った。
「……地図や知識は山口さんのものだから、大丈夫ならそれで良いよ」と
叡弘は応えた。
◇
「黒糖は誰でも欲しがる食材だし、もし望ましい形の流通ができれば
有り難い。日本が主な取引先だけど、後々サツマでもサトウキビ栽培は
行われていたんじゃないかな?いつかギマ村の馬たちに、お菓子の名前
をつけてましたよね」
「黒糖ではなくて白い砂糖があれば、馬が足りなくなるかも……」
「砂糖、叡弘それだ!」山口さんは叡弘の背中を叩く。
彼の中ではなかなかの回答なのだろう。
「痛いよ山口さん。白い砂糖もいいけど、お土産品でも好まれるのは
日持ちする黒砂糖なんだ。黒砂糖で白砂糖並みに扱いやすくできたら、
ほかの生産地と個性が分けられて良いのかも」
「ウージ(サトウキビ)なら、いくつかこの屋敷の裏庭にも生えてますよ」と
叡弘の飼い犬を抱いているカメが教えてくれた。
「刻んでお持ちしましょう」と素早くマヅルが鉈を持つ。
どうやら手慣れているようだ。
「小さな子どもたちが腹ごなしに齧っていましたわ。
それがこの国を救うなんて……」マヅルは驚いている。
やがて短冊状に刻まれたサトウキビが皿に載せられて供される。
皆で齧りながら、叡弘はお土産品の黒砂糖の事を思い出す。
マイチは不安気に、
「……些細な食べ物で、この国を開く事が出来るだろうか。
ウラシイ殿下がこれをお望みかなんて……分からない」ポツリと呟く。
「サンシカンは行政の長だからな。出来る事がたくさんある代わりに、
できなければいけない事を負わされる。持ちうる手で、国の繁栄を
導く事が望まれているのではないでしょうか?」
……あくまでも優しい声で、山口さんは返事をする。
「ワシを、呼んだかの?強い子よ」
屋敷の門の方から、ガハハと笑う声がした。
寒空は夕日を吞み込もうとしている。
【次のお話は……】
主人公たちの前に現れた謎の老人。
彼も立派な登場人物です。
第56話 「海邦養秀」 了
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