第8話
結論から言うと宿屋の朝ごはんは、絶品な和食でした。
(山口さんが隣の席で大きくなったまま、何回もお代わりしていた
印象が強すぎて、味を思い出せないけどね。
お代わりの回数がとにかく多かったなぁ……)
叡弘は半ば呆れながらも目の前にいる彼に問いかける。
「……山口さん、食欲あるの?というか食べ物食べられるの?」
食後のお茶を飲んでいた山口さんの答えは「イエス」だそうで、
叡弘の中では中々不思議なユーレイさんの立ち位置になってしまう。
出会う前の8年間は、なぜか食欲が起きなくて、
まともに食べられない状態だったらしい。
「タバコ屋のカナメさんから聞いた話だが、
俺の身体は「呪い」にかかっているらしいな。
ナーファ近辺にその専門の魔法使いが居て、
治せる病気と同じくらいに考えて良いみたいなんだ」
と緑色の発光を強めて言う。興奮していることが分かりやすい。
「南へ向かっているなら急ぎじゃなくていいから、
一緒に行けたらいいよな。
……でもタバコ買って貰ったからさ、
どこか先に行きたいとかあったら、言ってくれよ?」
ズズっとお茶をすする山口さんの姿は、落ち着き払った大人の姿だった。
……発光はしているけれども。タバコを買った時のガツガツさ見られず、
穏やかな表情だ。
◇
今日の主な予定は風呂だ。実はこの街に着いてから
浴場の存在を知っていたが、
もう4日ぐらい風呂に入っていない。いい加減入りたい……
浴場では魔法で簡単に洗濯ができる方法も教えてくれると聞くと
やはりファンタジーな世界なのね、と彼らは内心呆れてしまう。
山口さんは風呂と聞いて表情がほころぶ。
「8年まともに入れなかったから嬉しいよ。
お湯を沸かす事もできなかったんだ」
その様子を見た彼は「お背中、お流ししますか」とイタズラっぽく笑う。
風呂屋は宿屋の5軒先にあった。しっかりした大きな建物で、
テレビドラマで見た様な和風の印象が強い。
破風屋根の目立つところに大きな木材を切って作った
「松屋」と看板があって古風な感じを際立たせている。
風呂屋は二階建てで入り口から男女別々に入る形だった。
山口さんの「混浴じゃなくて残念」と言う小声はとりあえず聞き流す。
入り口部分は明かりとりのためか吹き抜けで、
高い部分が板壁で区切られている。
受付は特に明るく、部屋の隅に行くと仄暗い。
混雑する時間帯を過ぎていたのかお客さんがまだ少なく、
隅にはランタンのようなものがぼんやり灯る。
受付と支払いを済ませて貴重品を預かってもらうと、
木製の番号札が紐に括りつけられた物を渡された。
「貴重品との引換札になります。腕に取り付けて使ってくださいませ」
(なるほど、貴重品の保管はどこでも方法が変わらないのね……)
納得した顔の2人は、楽しそうな様子で風呂の入り口へと吸い込まれて行く。
洗い場で服の消えていた山口さんの方は
叡弘が体の一部を触れれば普通に洗えたのだ。
背中もちゃんと流せたので、あまり追求しないでほしい。
叡弘にとって彼はもう、
怖いはずのユーレイではなくただ光っているだけのおっさんでしかない。
ご機嫌な山口さんは湯船にゆったり浸かり
「お風呂が気持ちよすぎて、溶けそう」と仰せだ。
形が崩れたように見えるのは多分湯あたりのせいではない。
叡弘も目の前にあるおかしな風景を気にする事を諦めて、
久しぶりの風呂を楽しむ。
◇
風呂が終わって、隣り合う洗濯場に顔を出す。
着ているのは浴衣だけで下着を履いていないのでいかにも心許ない。
山口さんは「脱いだ服が消えた」と
叡弘の持つ桶の中で小さく縮こまってしまった。
女性の係員は
「旅人初心者だとよくありますので、ぜひお洗濯を覚えて行ってくださいね」
と事務的に伝える。
山口さんの服は「お客様が着たいと思った服を形作ることができます」
と案内されると安心したのか、彼の目に涙が滲んでいる。
(そう言えば山口さんが臭う事は今までなかったなぁ)と彼は思い返す。
洗濯に使う魔法は洗浄と乾燥で、説明を受けながら生活魔法のためか
叡弘は少しの魔力で簡単に仕上がると下着を見られないように急いで履く。
(ふう、やっと落ち着いた)
振り返ってみると山口さんはご機嫌な様子で、
色々悩んだ末に甚平の衣装を着ている。
周りに服だったモヤが消えかかっているが、
彼の個性として自然と受け入れてしまう。
「……教えてくださる方がいて助かりました」
叡弘の頭上に乗っかった形でかなり上機嫌な山口さんが感謝を述べる。
彼女は続けて
「それから仕立て済みの服をいくつかご用意した方が良いですよ。
街の市場に扱っている店があるので地図を書きますね」
と案内してくれる。身の回りの品を揃えたかったので、
渡りに船だと彼は思った。
地図を書きながら、係員は
「もし良ければ、『収納に関する魔法』もご案内します。
覚えておけば旅先でだいぶ快適になりますが?」
と訪ねて来た。説明によれば
普段珍しいアイテムとして
位置付けがなされている装備ではあるものの、
街に住む人間なら誰でも持っている能力だそうで
魔力を割り当てる事によって機能する事から
サイズの大小は使用者の魔力が左右する……
説明を聞く2人は信じられない、と驚いた表情を係員に向ける。
「今日はお客様があまりに少ないので、特別ですよ」
頬を少し上気させた彼女は静かに微笑んだ。
【次のお話は……】
お風呂と洗濯が終わったので、お試しに
アイテムボックスを作ってみる主人公。
昔の市場での買い物は、直接値引きもできました。
珍しい商品をみて回るだけでも、楽しいかもしれません。
【「旅の場所」沖縄県 宜野湾市 普天間】
第8話 「命の洗濯」 了
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