第56話
戦艦ミズーリ号を、後にした叡弘と山口さんはキーちゃんに乗って、
ナカグシク湾、マイクとヨシュアが「バックナー・ベイ」と呼んでいた
海域を進んでいった。
海面を滑るように進むキーちゃんの動きには無駄がなくなっている。
ウシデーク、琉球の古民俗事例に関わったためだろうか。
彼らは1時間も経たず、ナカグシクの砂浜から上陸しマイチの手配
していた屋敷にたどり着いた。
屋敷の周りには何故か人だかりが出来ていて人々は2人を見ると、
畏まってうずくまってしまった。彼らはキーちゃんを押して屋敷へ向かう。
◇
「……叡弘、山口、お帰り」にっと笑うマイチが、屋敷の庭で待っていた。
彼は紫色のハチマチを被っている。
「「マイチさん」」2人は驚いて声を上げる。
「マイチさん、遠路はるばるナカグシクまでどうしたんですか」と山口さん。
「ギマ村はどうしたの?ナカグシクで何かあるの?」と叡弘。
ヒゲを撫でながら、
「……積もる話は座ってからにせんか。わしもこの重たいハチマチ
を外したい」
2人はマイチの申し出に、うなずいた。
一息ついた3人は屋敷の2番座で、紙に書き取ながら話を進めていく。
タンメー達は人払いで屋敷の外にいる。
かつてニーノシマの宿で3人で過ごしたように。
あの頃を思い出して、叡弘は微笑む。
「こんな感じで宿で、時代の事を教えてもらったんでしたね。
なんだかとても懐かしい」
「ハハハ。そうだの。あの時はカンショの事で頭が一杯で、
無邪気に過ごせたの」
マイチが寂しそうに薄く笑いながら、懐から折りたたまれた地図を取り出す。
……1つはサイモンの地図、もう1つは山口さんが書いた地図だ。
「ワシは君らと仲たがいしたくはない。この国でこれだけの情報が
魔法無しでも扱える人物は、本当に限られてくる。
君らはこの情報は、どのようにして学んだのか、教えてはくれんか。
……返答次第では、ワシの首が飛ぶ」
山口さんは彼の震えて絞り出すような声に、驚いてしまった。
「マイチさん、この地図は、この島の400年後に当たる未来の姿です。
後の世に生まれた僕らは、あらゆる情報に晒されています。
本人が望みさえすれば、子どもが通うような手習所でも至極簡単に、
学ぶ事もできます。サイモン……バックナー中将の地図は、
僕らのいた時代よりも前に日本と同盟国軍が戦争をするために
作られた地図で……」
「バックナージュニア、シマヅにいたウシ殿といい
……あの方達は何なのだ。知ってる限りのことを教えてくれんか?
どうにかなってしまいそうじゃ」
マイチは言葉を遮って山口の答えを待つ。泣きそうな表情で、とても辛そうだ。
「マイチさん、何かあったの?その服装でくるのも、大変だったよね。
良かったら話してくれない?」
優しい言葉をきっかけに、マイチはポタポタと涙を流しながら、
「……家族を国の人質にされた。望む働きをしなかったら、ワシ共々、
殺されてしまう。ワシはともかく家族を殺されたら
……ご先祖様に申し訳が立たない」
2人は彼の言葉に息を呑む。
◇
「……俺の習った歴史じゃ、マイチさんのサンシカン任官はしてなかったな。
その代償なのかも……」
「ウシ殿。心当たりはあるの?山口さん」
叡弘は泣いているマイチの背中をさすってなだめている。
彼の涙が止まるまで、しばらく時間がかかった。
「ウシというのは、将軍が話してくれた牛島滿氏のことだろう……
あまり良い印象で習った覚えがないんだよな。
まぁあの彼も、おそらくそうだけど」
遠くを見るように、山口さんは低く呟いた。
どうやら思い出しているようだ。
「……特に沖縄戦の評価は真っ二つ。あまり沖縄では触れたがらない
人物だな。首里城跡の地下に司令部壕を築いたんだっけ……」
マイチは「ではスイ城のダンジョンで眠っていたのは……」
青ざめて震えている。
山口さんはうなずき
「彼の指揮した関係者なのかも知れない。……本人は何か言って
いなかったか?」
「特には。じゃがウシ殿から渡された手紙の裏側に、誰かに宛てた
惜別文が記されておったよ。陛下が読み上げると、地響きと共に
眠っていた彼らが、居なくなっておった」
マイチは何故かフミアガリ殿下の事は伏せて話を続けた。
山口さんは、悪い冗談を聞くような顔で、話を聞いている。
「バックナーさんも、部下に慕われる将軍だったみたいな話を
うっすら聞いた事があるから、それで亡霊に取り憑かれたとしても、
不思議じゃないかもな。
……亡霊もお姫様の名前みたいな名前だったかな。
ちゃんと授業、聞いとけば良かったな……」
「あの刀に閉じ込めたお化け、どうなったのかな?
サイモンさん無事だと良いけどね」と叡弘は笑った。
つられて力なくマイチも笑っている。
話を聞いていて恐慌状態が落ち着いてきたようだ。
隠している事も見知っている2人に、呆れてしまった。
「……何だか、君らを見ていると元気をもらえるの。
いや、笑わなくては。死神に取り憑かれてしまうの」
彼は空元気で、弱々しく微笑んだ。
屋敷の外ではどんよりとした曇り空が広がっている。
【次のお話は……】
この国は、果たして雄飛できるだろうか?
【「旅の場所」沖縄県 中城村 上間】
第55話 2人の将軍 了
作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018




