第55話
ジャナウェーカタとマイチは、スイ城の一室で
目の前にある地図を睨みつけていた。
……将軍の喜んでいた地図と、山口さんの書いた地図だ。
将軍の地図は文字こそ読めないものの、先だって収集された
地図の精度の上を行き、山口さんの地図は、
将軍の地図の輪郭をなぞり上げたように描かれ、
更には農作地に適しているとされる土地を、朱色の顔料で
書き加えられていた。
「ギマのペーチン、これは一体どう言う事だ?
政に関わるサンシカンよりも、
他国の者がこの島をよく知っている、……ゆゆしき事態ではないか」
「……彼らの能力を密かに調べましたところ、平均値を大幅に超えていました。
それに彼らは、遥かな未来からやってきた、我らの愛し子です。
ジャナウェーカタ、……バックナージュニア殿はどうなんですか」
「将軍は……気付かれると面倒な能力をお持ちだ。
だから敢えて口にしない。ですよねウラシイ王子」
いつのまにか座っていたウラシイ王子は、身体を揺すり、
2人にこう呟く。
「彼が己の真価に気づいたら、この国はきっと無くなってしまう。
本人の高潔な人柄と、能力が一致するとは限らないしの。
……あのキコエオオキミ亡き後、亡国の恐ろしい王女殿下に
気に入られているのも」
ウラシイ王子は苦い表情と鋭い眼差しを、2人へ向ける。
「あの王女は国の英雄を2人、夫にしたが、どちらも彼女をモノに
できなかったの。彼女が愛し抜いた2人目の夫を亡くして哀しみに暮れた挙句、
……国の姿を、大きく歪めてしまった」
(……シマヅのウシ殿へ、手紙を預かった時、とてもそんな風には見えなんだ。
そういえばウシ殿も、ヤマトの武士らしくなくて随分気さくにしておられたの)
「……ところで、お2人にお尋ねしますが、地図の話だけではなく
……何故こんな話を某に?なんだか怖いのですが」
「…………聞いてないのかの、強い子よ」と
ウラシイ王子はマイチに問いかける。
「お主は今日付けでサンシカンになった。よろしくな「ギマウェーカタ」」と
至極冷静な声で、ジャナウェーカタが伝える。
そういえば、前回目通りした時にいた他のサンシカンがいない。
……リストラされたのだろうか?
彼は豆鉄砲を食らった鳩のように、しばらく固まってしまったが、
ウラシイ王子が肩を力強く叩く。
「強い子よ。わしの思っていたよりも早く、時局が動きそうだの。
……若い其方らの力が必要だからの。フフ。この間のサツマへの役目、
本当に見事な働きをしてくれたの。将軍が言っていた「友」と
繋ぎを付けてくれた事、優秀な工芸技師のスカウトまで、
いやはやかたじけない」
調子の良い笑顔の明るい声で、ウラシイ王子は彼をねぎらうが、
目が笑っていない。マイチは彼の表情を見て、戦慄した。
◇
主人が離れた戦艦ミズーリは、ナーグシクの浜で停泊している。
ウシデークを終えた近隣のノロと、島中から集まったユタ達は、
戦艦を横目に、故郷へ戻っていった。もちろん、しっかりと報酬の
キニーネ粉剤を、それぞれ受け取っている。
カッチンに詰めている男性のユタへの報酬は、マウシの部下が引き継いで、
渡しに向かった。ミズーリの側へ残ったのは、叡弘と山口さんの他に
マウシや、船の外に控えているナーグシクのノロ達。
それからヨシュアとマイクだった。
ミズーリの甲板で叡弘は
「……やっと落ち着いたから聞くけど、マイクさんとヨシュアさんは、
勝連城跡に住んでたキジムナーを怒らせてここに流されてきたんですよね。
山口さんは恩納村でフテンマの女神さまの怒りを買って、僕は北谷で交通事故。
バックナーさんはイチュマンの浜でドザエモン……
なんか共通点ないかな?とか思ったけど、どうなの山口さん?」
山口さんは「プラス薩摩に牛島中将だもの……ナニコレなんか
ドッキリ仕掛けられてるのかな?」と笑う。苦笑いだ。
隣で座り込んでいるマイクは、紙切れに英語で名前を書いて、
共通点を探っている。
「分かっている内、俺たち4人は沖縄作戦組で、
キミらはその戦後組。
……話を聴くとここにも近く、ジャップ共が攻めてくるらしいな」
山口さんは「ミスターマイク」というのをやんわり
「マイクと呼んでくれ」と遮られる。
「……マイク、もともとこの国は大国のおこぼれに預かってきた歴史が長い。
俺の習った歴史通りなら、この国は武士階級であっても武装解除してるから
平時は武器を持たないし、攻めてくる島津氏も、表向きは徳川の命令で
動いているだけなんだ」
「ハハッ。ジャップも俺たちみたいにお役所仕事かよ」
と嘲るように笑って、マイクはタバコを吸い始めた。
「……貴方達の学んだ歴史は、歪んで縺れて、
それからどうなったのですか?あなた達が来た時代は、
皆幸せなのでしょうか」
マウシは泣きそうな顔で、山口さんへ問いかけた。
アキヒロの表情が、はっと暗くなる。
「日本に取り込まれて、アメリカに奪われて。祖国へ戻ってきて……
それでも僕らはこの土地で精一杯生きています。明るい明日を信じながら。
……そうやって次の世代へ、望みを掛けるんです」
ヨシュアが山口さんの言葉を繋げ、
「国のない僕らの先祖と、同じ生き方なのかもしれない。
国がなくても、蔑まれても、なんとか光明を切り開いてきたように」
穏やかな口調は、静かに響く。
心細げな叡弘は山口さんを見る。
いつも彼が優しいのは、きっと辛い現実を乗り越えてきたからだ、
と腑に落ちた。暮らしを守るために仕事に没頭しすぎて、
大切にしていた家族と引き離されてしまったけれど。
「僕は……僕は、同じことが起こらないように努力しろ!って
言われてるような気がする。神さまでもなんでもいいけど……
僕のいた時代は、平和だけど、どこか不健康で、たまに思う事があったよ。
「どうしてこんな時代を生きているのかな」なんて」掠れた声が、
恐怖に震えている。
叡弘は日本人……彼らにとっては、かつての標的の、末裔なのだから。
「ヘイボーイ。俺たちのアイスバーグは、バックナー閣下との合流で完了した。
心配するな」マイクは笑う。
「全く。あの時キミがあの亡霊を刀へ閉じ込めなかったら、
僕の愛しいマウシは今頃どうなっていたか。本当に恩にきるよ」と
ヨシュアも笑顔で言ってくれた。
マウシは顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
「叡弘、大丈夫だ。……俺たちは間違わないし、きっとうまくいく。
ここが俺たちの正念場だ」と山口さん。
彼は「……もう、傷つけ合わなくてもいいよね。
仲良くできるかな……」と
弱々しく呟いた。
蒼海の戦艦ミズーリに、早い夕方が差し掛かる。
【次のお話は……】
主人公たちは、ナカグスク間切のホームに戻ってきました。
第54話 ウラシイ王子の「闇」 了
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