第54話
故郷の草原に降り立った将軍は、感慨に耽る。
「……私は、きっと彼らの勝手な都合で
動かされているに過ぎない。
だが、とにかく「あの土地」で
我らの犠牲が減るならば、惜しくはないさ」と
力なく呟き、草原の遠くへ、視線を送る。
……目的地は、わかっている様だった。
彼の胸中には、沖縄で犠牲になった士官たちの顔が去来する。
様々な年齢の彼らが、まるで消耗品のように
損失していく光景は、彼にとって目に余る惨劇で、日常だった。
中には10分と保たず、あっという間に銃弾に倒れる事もあった。
作戦地の沖縄でドイツの降伏や、本国ルーズベルト大統領の死去が、
彼を通り過ぎていった。
……あの日攻撃を受けることさえ無ければ、
輝かしい戦勝国の凱旋将軍として彼の名は戦史に遺ったはず、
だったのだ。
◇
歩を進める彼は、やがて草原から森へ入る。
森林特有なオゾンの香りと鳥の囀りが、彼を出迎えた。
「殿下、どうかケンタッキーの土地神について、
教えてはくれないか。
私自身の信仰とはおそらく掛け離れているから、
何か取り付く島があれば、いいんだが……」
「閣下、ケンタッキーの土地神は、
……名前は「黄金の虹」と言って、だいぶ厳しい方らしいわ。
ここの精霊達はこの土地の恩恵を司る彼に、
大いなる敬意を持って接しているようよ……」と
再び姿を現した彼女は、珍しく心配している。
彼女の言葉に、
「……姿を顕わしてくれるなら、
ジェネラルウシジマよりは厳しくないさ」と彼は薄く笑う。
やがて2人が森の奥に小さな滝を見つけると、森から鳥たちの気配が消えた。
「……彼の在わす場所についたわ。
機嫌が良いと、良いのだけれど」
周囲は静粛に包まれている。
滝の音以外は何も聞こえない、静かな場所だ。
滝の方向を向き、低いよく通る声で、叫ぶ。
「……黄金の虹よ、どうか願いを聞き届け給え。
……尊き御姿を、お示し給え」
一瞬、沈黙が支配する。
が、滝壺からヒタヒタと彼の方へ、水の塊が這い寄ってくる。
「呼んだのは其方か。……何が望みか」
水塊が静かに、彼の心へ問いかける。将軍は彼の方へ屈む。
「黄金の虹さま、私は信仰は違えど、この土地で産まれた者です。
縁あってこの星の裏側からやって来ました。
望みは、どうか貴方の加護を、遠いその国へ分けてはくれませんか?
遠くない未来、この土地で育った若者たちも、犠牲になります。
……私はそれを防ぎたい」
しばらく沈黙が続いたが、やがて返事が返ってきた。
「……土地の恩恵は、彼の地にも授けてやろう。
ただそちらの娘御も言ったように、もうすぐ私の命運が尽きる。
それでも構わないか?」
「協力に感謝する。……神は早い決着をお望みか。……努力する」
やがて気配が消えた。滝の音だけが、辺りにこだまする。
彼はフミアガリに向かってそっと言う。
「では帰ろうか。……第2の故郷へ」
【次のお話は……】
……将軍がケンタッキーへ里帰り(嫁かよ)している間の、
琉球での出来事。
【「旅の場所」ケンタッキー州 ハート郡 マンフォードビル】
第52話 「黄金の虹」 了
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【土地神】
地域に根ざした、自然崇拝に近い信仰。
近代化に伴って姿を消していく。
近代文明との出会いと、神々との別れの時代。




