第53話
戦闘機は、ハワイを超え、サンフランシスコ沿岸へ差し掛かる。
まだこの時代は、彼らのフロンティアの終着点だ。森と草原が広がっていた。
この広い地域は、先住民たちが自由を謳歌している。
戦闘機の名前は、「フミアガリ王女殿下」の英名で
「The Fighter of Princess Fumiagari」と2人は名付けた。
彼女の生前における不幸な経緯を聞いた彼が、せめて空の上では自由に
駆け回る事ができるように願った名前だ。
「……幸せな家庭か。身分を問わず、いつの時代も手に入れるのは、難しいなぁ」と
将軍はため息をつく。
「お優しい閣下。フフ。生身の頃に、もしも夫が貴方の様な方でしたら、
もう少しだけ楽しかったかもしれないですわ」彼女も機嫌が良い。
「これでも子を持つ親なんだ。娘の幸せを願わない父親なんて……すまない」
彼は急に彼女から碧眼の瞳を伏せる。
「いいえ。きっと私の父も、彼なりに少しは考えてくれたかもしれないわ。
……戦国の世の倣いですもの。祖父も娘であった母を、
父の元へ送り出す時と、きっと同じ……」
彼女の声は淀みなく明るい。
◇
やがて機影は目的地上空に差し掛かる。
ここは北アメリカ大陸の中で、特に豊かな地域……
フロンティアラインは東に遥か遠く、この地が入植者たちに
「ケンタッキー」と呼ばれるまで、まだ少し時間が必要だった。
この大陸に住む多くの先住民ネイティブ・アメリカンは、
土地と精霊を敬虔に扱う土地柄……
彼はフミアガリに頼まれて、琉球ではまだ確かめていない存在、
所謂「ケンタッキーの土地神」の加護を得ようとはるばるやってきたのだ。
目的地にたどり着いた彼女は静かに笑う。将軍も満足気だ。
「まだ、この土地は近代文明に穢されてはいないわ。
私達は例外としてだけれど。
精霊達は、異郷である私達の訪れをとても喜んでいるようね。
琉球もそうだけど、やがて神たちのグレイスは多くの人々に届かなくなるの」
彼女はスムーズな垂直着陸態勢に入りながら、残念そうに呟く。
「殿下。信仰が残れば、神々や殿下は生き延びる事は出来ないか?」
「いいえ。わかりやすく言えば、夢でほんの少しだけ、経験したの。
別の場所で。貴方たちの息遣いが聞こえない処よ……
信仰が残っていたからこそ書物に閉じ込められ、身体に力が入らなくて
生身の頃よりも、もっと動けない状態になったの。……辛かったわ」
「だからこそ、閣下の故郷にいる土地神さまの加護も必要なの。
琉球にいる私達だけでは、……足りない。どうか繰り替えされる惨劇から、
私達のいとけない民草を救って欲しい。バックナー米陸軍中将閣下」
フミアガリは酷く真剣な口調で彼に嘆願する。
「琉球にケンタッキーの加護を付加させる……か。
まぁ、出来る事をしてみるさ」
彼は不思議な表情でぶっきらぼうな返事を返す。
しばらくして着陸がすでに完了した戦闘機の、丈夫なガラスでできた
コクピットハッチが開いた。
太陽は中天を指してあたり一面が草原になっている、平場に着いたようだ。
少し遠くに、森が見える。
◇
「……帰ったら、うちの家族とバーベキューパーティー、したかったな……」
座席でヘルメットを外し、機体から降り立った彼は呟く。
「バーベキュー?」フミアガリは不思議そうに訪ねる。
「あぁ、私が生きている頃に流行った、鉄板に牛や豚、羊の肉を焼いて
供する料理なんだ。パーティで長い時間焼くのは大変だから、
家族で交代しながら焼くんだよ。アラスカの招集に行く前には、
息子たちも結構上手く焼けるように……」
彼は泣いていた。愛おしい家族の居ない故郷に戻ったところで、
何も無い草原が広がって居たからだ。頭では分かっていたつもりだったが……
草原を優しい風が吹いて行く。
「閣下……」
「すまない……少し1人にしてくれるか?」
沈黙したまま、彼女の気配は消える。
実りの秋は、ケンタッキーからすでに去ろうとしていた。
【次のお話は……】
将軍、目的を遂行す。
【「旅の場所」カリフォルニア州 サンフランシスコ→
第53話 父と子と精霊と…… 了
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【フロンティアライン】
作中だとケンタッキー州をまだ通過してない段階。
書いていた時は穀倉地帯グレートプレーンズ(真ん中あたり)と間違えていたり。
【バーベキュー】
将軍が言ってるのでアメリカンなバーベキュー。
お好みで色んな肉を焼いて美味しく頂きます←
隠喩のバーベキューについてはお口をチャック。




