プロローグ
ヘルメットを被ったバックナージュニアは、亜空間航行中にある
快適な戦闘機のコックピット内で、モソモソとソイソースのかかった
チキンサンドを頬張る。
流れついた琉球では主に鶏肉のタンパク質が、かろうじて彼と彼の
理性を支えていた。そしてどういう仕組みで繋がっているかわから
ないが、通信が入る。彼が琉球に顕現させた戦艦ミズーリにいる
ヨシュアからだ。
将軍は色のついたグラスカバー越しに、旭日をジロリと見据える。
「こちらミズーリ。ジェネラルバックナー、目的地に到達までの予想
時間は1時間弱。現在ミッドウェーを通過して
オアフ島へ向かっているが、状況は?」
「……何ら、問題は無い。ホットコーヒーが飲めない以外は」
将軍のかなり上機嫌な声が聞こえる。
あの夜、ミズーリが現れ、スイ城のドラゴンは現在搭乗している戦闘機へ、
フミアガリ殿下が急に姿を変えてしまった。
そして彼らは文字通り天空を駆け、現在は故郷ケンタッキーへ向かう
ミッションを開始する。
「フミアガリ殿下は、本当にチャーミングなプリンセスだな。
主人が誰かわかった途端に淑やかになった」
「……閣下。貴方は私の夫たちよりも、恐ろしい方ですもの。
当然ですわ」彼女の気配は笑っている。
将軍の帯刀する魔剣「千代金丸」は今ではフミアガリの魂を納め、
いよいよその威力を増している。彼女によると彼が以前組み伏せた
キコエオオキミの魂も、この中で静かに眠っているらしい。
「閣下、もう少しで貴方の故郷が見えるのは、後30分くらいかしら。
向こうは見たことがない程大きな島なのよね。ふふ」
戦闘機のオペレーターをしながらも、どうやら機嫌がいいようだ。
◇
(ヤマグチと言ったか……戦争に負けたと言うのに、
ジャップは所詮ジャップでしかないのか……)
簡単な食事を終えた将軍は、山口さんの事を、ゆっくり思い返していた。
彼は油断のならない憎むべき標的の末裔だった。
軍事的素人な彼の加勢はさっくり丁重に断ったが、知りうる限りの情報は、
共有することになった。特にマイチの歴史的な業績と、
薩摩にいる牛島滿中将の存在は、お互いを驚かせるには充分な話題であり、
彼らに望むべき未来を、仄めかせた。
「現段階で琉球の日本併合を、僕個人としては望んでいます。
この先300年余り、日本を豊かで平穏な国として過ごさせてあげたい。
たとえ全てが灰燼に帰そうとも。
逞しい僕らの先祖は、ゼロから立ち上がったのですから。
それに、外交カードなら、たくさんあります。
今なら日本と対等の立場で、無闇に蔑まれる事もないでしょう」
「スィートポテトだけでは、影響力は大きく無いはず……」
彼は山口さんを睨み、訝しげに質問する。
「マイチ、いや儀間眞常たちは、カンショ普及をはじめとして、
貧しい琉球にいくつかの産業を興し、貧しい人々を救おうとしました。
植民地や南部などで貴方がたの行った、プランテーション農法の自律版です……
僕は、学んだ歴史とは違う、好ましい形で日本と琉球が、
肩を並べてくれるのを望んでいます。そのためにサツマイモ等には、
とことん頑張ってもらうつもりです」
「それから敵将だった牛島中将の元に、わざわざマイチさんを送って
カンショを届けさせた事も。本当は、その狙いが有ったのではない
ですか?今回は、かつて聞き届けられなかった降伏勧告よりは、
効果はありそうですね」
「本当は、二の轍なんて踏みたくありません。戦後に出来上がった
不公平な安全保障のくびきから、解放される事ができないにしても、
努力はできるはずです。……国では無く、己の誇りを賭けて」
山口さんは穏やかな口調で、精一杯の言葉を将軍に投げかける。
真っ直ぐな眼差しは、真剣なものだ。
「ミスター……実は、私も似た様な事を考えていた。
しかし、琉球の将来的な併合先は日本では無く、合衆国だ。
現時点では欧州各国の植民地で、未だ国として自立していないが」
彼は山口さんを突き放す様に、言葉を返すが、山口さんは、
残念そうに言葉を繋ぐ。
「戦後、祖国復帰以前に沖縄県民と軍政府官僚などの、大きく掛け
離れた習慣の違い等から米国への併合は免れています。無駄ですよ。
僕らの望ましい受け入れ先は、日本一択。
僕らはどうしたって「ニホンジン」なんです。
……結果として「ジャップ」と蔑まれる未来になっても、
愛おしい家族や仲間の為なら、どんな恥辱でも耐えられる……」
将軍は、穏やかな視線を山口さんに向ける。
護るものを持つ者の表情は、彼の心を波うたせた。
◇
戦闘機がハワイを通過する前、
「……マウシは今頃、若いヨシュアと懇ろになっているのでしょうね。
つまらないわ、というような調子でフミアガリは言う。
「……ハズバンド達は、殿下のお気に入りではなかったのか?」
将軍は若干困惑気味だ。
「彼らは私の事を、閣下の様に淑女として丁寧に扱ったけれど。
それだけだったわ。その頃の私はまだ生身で、閉じ込められた人生は
まるでつまらなかった。
まだムラにいる娘達の方が、幾らか倖せだったかもしれないわ。
……それも示し合わせたように2人とも」
「……誰も受け入れる事もなく身体を喪った後、スイ城のダンジョンへ
篭ったの。私よりも、ずっと可哀想な人たちが居たから。
一緒に暮らすようになって、彼らの心は遠い遠い場所をずっと見ていたわ。
「お母さん」ってずっと泣いている、まだ大人になりきれない子ども達も
たくさんいた。身体を持たない私にできることは、
そばにいてあげることぐらい……」
「優しくて美しいレディーを妻に迎えて、幸せにできない……
私も向こうで妻が居たが、彼女を不幸にしてしまったかもしれないな……」
彼はフミアガリの言葉を受けて、努めて言葉をかける。
「閣下はお子様はいらっしゃるの?」と
なんだか申し訳ない声でフミアガリは返事した。
「3人ほどいる。息子と娘だ。フフ」彼は小さく笑った。
「なら、大丈夫。きっと、奥様を思いやってくれているわ。
何もないよりは、ずっと良いもの……」
2人の眼下に、オワフ島の島影が見える。
将軍は小さく、「……リメンバー、パールハーバー」とごちた。
【次のお話は……】
故郷ケンタッキーへ、戦闘機で向かう将軍。
……着いたけれども話が短くなりました。
【「旅の場所」那覇市 首里城跡→
アメリカ合衆国 ミッドウェー環礁を経由、ハワイ州 オワフ島】
【後書き】
将軍「いや確かに航空機、あるけど……(ドン引き)」
フミアガリ「閣下のために特別仕様よ☆ミッドウェーもハワイも、
無補給wでいけるわ☆」
山口さん「ダンジョンのお姫様、ハイスペック過ぎ☆」
プロローグ 鐵の処女 了
作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018
【航空機】
イメージは垂直離着陸のできる戦闘機。
和装にヘルメットというクレイジー衣装です。
気密服いるんじゃ……
【王女さまの貞操】
2度嫁入りしたものの、作中では手付かず。史実は知らない←
エピソードタイトルのせいで鋼鉄の処女が過ぎってしまう。
【子どもでいられなかった子どもたち】
首里地下司令部には学徒隊もいらっしゃったようです。
国頭の護郷隊も大変、厳しかったと。




