第52話
あくる朝、ナガマサとウシは関所の広間で取り決めをする事になっていた。
関所の通常業務は、門前でかなり静かに行われている。
ナガマサは朝やってきた近習と、キヨマサの使者にも囲まれ、
厳しい態度だ。タエは兄から離れ、ウシ達と共に席についた。
彼らをクロダ家ひいてはチクゼンに招いたのは、彼女だったからだ。
「クロダの家と、シマヅの家、それからセイショウコウ……
まとまれば領土も豊かになりましょう。
国の強さよりも、今は豊かさを望むべきです。兄様が牛耳を執りたい
お気持ちもわかりますが、まずは飢えている民のことを
お考え下さいませ」タエは昨日と打って変わって彼らを静かに諭す。
遥か古代から続く国際貿易都市ハカタを擁するチクゼンは、
豊かな良港であったが、富の集中が特に激しい地域であった。
クロダ家のチクゼン入国後も、それは変えられない個性であった。
彼らであっても慣習に倣った以上の利益を望む事は、
できなかった。
計画されたクロダのサツマ攻めは、戦国における世の倣いであれば、
無理からぬことでもあった。
彼らの前には領民の貧困救済策としてサツマの国で導入された
カンショとジャガタラの苗と、そしてシマヅ家からの出所不明な
年嵩で不思議な人物がいる。彼は静かにナガマサへ向かう。
「私は私の小さな願いに付いて来てくれた方たちへ、
手を差し伸べて行きたいのです。
国が真の意味で富む、それが願いに通ずる事であれば、喜んで」
ナガマサは不可解な表情を浮かべる。「ウシ殿の願いとはなんだ?」
「この国の健やかな繁栄をです。遠い未来、私たちは大きく道を誤ってしまい、
数え切れない多くの民を傷つけてしまうでしょう。
……それをできうる限り、避けて通りたいのです」
ウシは何故か琉球の事は伏せて、ナガマサを説得する。
「遠い未来よりも、目の前にいるわし達の事は
気にはならなんだか?」ナガマサが彼を睨んだ。
「……ナガマサ公。天地が裂け、民が住めなくなるまで疲弊させたこの国を、
私に再び、見せる気なのですか?」
ウシの放った昏い殺気が、ナガマサに襲いかかる。
彼は瞬時に悟った。この者を敵に回すのは悪手であると。
ゴクリと息を呑み、言葉を繋ぐ。
「将は寛容であるべき、交渉では疎かにしたくない。
……セキガハラの役でも、斯様な闘気は感じた事はないな」と、
彼はウシにやんわり殺気を抑えてくれと頼んだ。
彼は穏やかな表情に戻り、
「ではシマヅとの交渉は……」ナガマサも「続けよう」と作り笑顔で答える。
それからの三国交渉の時間はそれほど長くはなかったが、
内容はサツマとヒゴ、チクゼンの国が不可侵条約を結ぶ事、
サツマからイモ科植物の農業指導を入れ、派遣される指導員の人数に
応じて、若く健康で優秀な人材を交換留学生に派遣することを
約束した。この場合の「留学生」は、体のいい人質でもあったが。
ようやく3者はギリギリのすり合わせを行い、交渉が成立する。
ここに九州の兵どもの足並みが出揃った形となった。
【次のお話は……】
……ウシ達が頑張っていた間の、ヤマトの国の状況です。
【「旅の場所」福岡県 八女市付近】
第52話 汝、一門 (ひとかど)の武将たりや? 了
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