第7話
フテンマの街に着いて初めての朝を迎えた。
と言うか、まだ暗い内から行商人の掛け声が聞こえてくる。
聞こえてきたのは卵や野菜、食べ物系の掛け声だ。
寝袋の中で明るくなってから動こうと薄暗い中
惰眠を貪る彼に山口さんが、
「宿の入り口で刻みタバコ売ってる!買いたい!」と言い放つ。
山口さんはギャンブルもお酒も嗜まないが、
タバコの愉しみだけは止められないと
恥ずかしそうに打ち明けてくれた。
「ここに来た時以来、ずっと吸ってない」
と聞いた時は、目を覚ましつつ
「いいですよ買いましょう」と即答で返事をする。
……愉しみが心を癒してくれる事を、彼は知っているようだ。
2人は宿の一階へ降りて行く。
宿の土間先でタバコ売りが、商品の販売に勤しんでいる。
お客が数人いたのだが見慣れない恰好をした2人の方を見ると、
客たちは目を見張って立ち去る。
「今日は変わったお客様がいらしてくださいました。
ですが、お子様にはタバコを売ることはできませんよ?」
笑顔で彼の方を見て、山口さんを見る。
小さく叡弘の肩に乗っていた彼は、
「……驚かないでほしいんだが、元の大きさに戻っていいかな?」
念を押して商人の前で元の大きさに戻った。
商人は驚いているが、「なるほど、お客様はこちらですね」と見据えている。
始終発光しているのだから、時間は関係ないのだが、
大きいままの山口さんを明るい時間に
じっくり見る事ができたのは初めてだ。
叡弘の肩に触れていると、叫ばずにちゃんと喋れるらしいが
……何か関係があるのかは良く分からない。
とても緊張しているのか、ハスキーのかかったいい声で話し始める。
身長は高い方で今の叡弘よりも頭二つ分、175cmぐらいで
ソフトモヒカンに刈られた頭、服はポロシャツと半ズボン、
すらっとした足の先には、ビーチサンダルを履いていた。
容姿は柔らかい印象だが、改めて見ると目力の強そうな印象だ。
商人が驚いているのはどうやらそこらしい。
「……お客様はどのようなタバコをお望みでしょうか。
私めがご用意できる銘柄は5つあるのですが、
よろしければご覧くださいませ」と商品を勧められる。
彼は笑顔で商品を眺め、叡弘もついでに見る事にした。
よくわからないのでキセルなどを触らずに見ていた。
どれも細かい装飾が施され、美しい。
商品は葉タバコ、刻みタバコ、本体とキセルを入れる筒や箱があり、
葉について細かい部分は彼と商人が聞き交わしている。
「このキセルはおもしろい造りになっていますよ。魔法術式が施されて、
人体に無害な状態でお楽しみ頂けます。
どのようなお客様にもご対応させていただける品です。
山口様、お持ちになってみてください」
勧められた彼が恐る恐るキセルに触れて見ると、
手が透けずに触れられるらしい。
感激しているのか涙まで浮かべていた。
「タバコ、吸える……」
山口さんが大きいままで、
タバコの吸い方を商人さんにアドバイスしてもらっている頃、
宿のお客たちが様子を見に寄ってきた。
「お前さんたち、面白い奴だな。そんなにタバコが好きなら、
ナーファの港で舶来品のタバコが卸されているぜ。
本当にうるさい奴はそこで輸入品を買うことになるんだ」
と彼らは気持ちの良い笑顔を返して来る。
「俺はこの街に住んでいるアガリメーのタル、
この街を中心に雑貨の行商をしている。
タバコ屋も商売仲間でな、ウエジョのカナメと呼ばれているぜ。
お得意様になりそうだから、これからもよろしくなニーニーグヮー」
叡弘は彼らに勢いよくポンポンと背を叩かれ、
10歳前後の少年の身体では弾き飛ばされそうになったが、なんとか堪える。
商品の支払いをお願いされると、値段の高さに驚いてしまう。
キセル1つで3銀、刻みタバコ用の葉特級に1銀かかるのだ。
箱は1番安い5銅。タバコの効能は人体のそれと変わらず、
キセルも人間に戻っても使える便利アイテムらしい。
眼を輝かせて山口さんがこちらを見ているので、
これは衝動買いじゃないと叡弘は言い聞かせて急いで支払いを済ませる……
(元々山口さんの畑に雑草がわりに生えまくっていた薬草の利益だから、
ケチらないで払おう……)
カナメさんが布バッグを無料で付けてくれると言う。
こちらから値切り交渉ができなかった為の「サービス」なのだそうだ。
山口さんに頼まれキセル道具を箱から取り出して渡すと、
嗜み方を教えてもらったらしく、楽しげに刻みタバコをキセルに詰め始める。
食事の時のようにくっつかなくても、キセルを持ちながらの作業なら
問題ない。
ただ、話によると触れることのできなくなる
箱からの出し入れまでは叡弘の役目になっているらしい。
しばらくすると、紫煙をたなびかせた山口さんから至福の顔で感謝される。
彼が言うには味はマイルドで美味しいらしく、けむいが匂いはしない。
パッと見、まるで紫色の水蒸気がまとわり付く。
「大切に使ってくださいね。キセルを武器がわりに使ったり、
火鉢とかに強く打ち付けたり……」
と心配げに言うと、山口さんは頷き、続ける。
「……吸殻を使って敵を攻撃したりなんか、しないよ。
ヤンチャは苦手さ」
とニッと笑った。やっと2人の見解が一致して笑い合う。
買い物を終えた2人の後ろから
美味しそうな料理の匂いが鼻を掠めた。
そういえば朝飯は出るのかと遠目で食堂の雰囲気を確かめながら、
身支度のために二階にゆっくり戻って行く。
【次のお話は……】
道具一式でタバコが買えた山口さんは、かなりご機嫌です。
叡弘と一緒にいる事で、彼の身体に変化が?
【「旅の場所」沖縄県 宜野湾市 普天間】
第7話 8年ぶりのタバコ 了
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