第47話
タエを中心とした使者を組織する手筈を、小姓たちで整え、
日が高くなってから出発の予定となった。
その日の夜眠れなかったウシは、僅かな時間、居心地の良い自室の
机の前で居眠りを始める。だいぶ気持ちが良さそうだ。
◇
ぼんやりとした夢の中で、彼は久し振りの再会を果たす。
……八原博道少佐と、長勇中将が、少し離れて硝煙の中に立っている。
「……沖縄作戦は計画の空回りで何事も後手に回り過ぎ、
初動さえ上手く回らず必要以上の犠牲者を、出し過ぎてしまいましたね……」
と八原。
「閣下。我らの犠牲は、果たして御国の為になり得たのだろうか」と長勇。
「初動の計画段階で、既に我らは敗けていたかもしれない。
しかし沖縄県民と共にできうる限りの努力はした。
たとえ結果を伴わなずとも、それは変わらぬよ」
軍服の礼装を着たウシは苦い汁を飲み込むかのように2人に応える。
遠くの闇から、声が聞こえてきた。姿は見えない。
「僕らはあの戦場で生き残れなかった。それは変えられない事実さ。
状況がそれを許してくれなかった事が大きいよ。
気負い過ぎだぞジェネラルウシジマ。フフ」
「……バックナー?貴方なのか?」
闇からの答えを聞いた驚きにウシの声が掠れてしまう。
「ああ。タイミングよく両軍膠着したから、「沖縄作戦」としては君たちの
勝ちなのかもしれないね。……本当よくやったよな、俺たち」
「……他の者が何を言おうと、戦局は此処で全てが決まったんだ。
たとえ台湾で決戦が行われていたとしても、沖縄は不沈の橋頭堡として
必ず確保すべき土地だ。祖国皇土を護る……
最後の防衛線だったんだ」
「ハハッ。僕らは君らから奪った土地の恩恵を、存分に使い潰してやる。
かつて僕らから奪おうとしたようにな」
「……やめてくれ!バックナー将軍、あんなに惨たらしい出来事は、
私たちだけでもう、充分じゃないか!」
◇
「……ウシ先生、大丈夫ですか?珍しくうなされていましたよ。
バックナー将軍とは、どなたですか?」
ユウノシンは心配そうに、彼へお湯で絞った手縫いを渡す。
悪夢から目覚めたばかりで顔が涙と汗でぐちゃぐちゃだ。
2、3度じっくり拭ってやっと、彼は落ち着きを取り戻した。
「……ここからはかなり遠い琉球の地にいる、
かけがえのない我らの盟友だ。
戦を無駄だと言い切ってくれる稀有な武将と言えば、
わかりやすいかもしれないな」と自嘲気味に小さく呟く。
(そう、彼は降伏を求めた。
降伏など、認められる我らではないと言うのに……)
◇
やがて旅支度が整った彼らは、殿様たちとカゴシマ城に暇乞いを告げた。
旅の仲間は、タエ、ジュウアン、ウシ……
そして無理矢理付いて来たユウノシンの4人であった。
城門でタエとジュウアンはともに鹿毛の馬に騎乗し、
ユウノシンとウシはそれぞれシマヅ家から拝領済みの
栗毛と黒鹿毛の馬に騎乗する。
ウシの乗る馬は普段は毛色から「クロ」と呼んでいた頭のいい、
日頃大人しい牡馬だったが、「今日はいつもと様子が違う」と言うように、
彼は荒ぶっていた。
「……クロ、今日から少し皆で遠出する。お主が1番年嵩の馬なんだが。
落ち着いてはくれないか?」
彼の頸を撫でて、なんとか落ち着かせようとする。
クロはなにやら物言いたそうに南の空に顔を向ける。
その切実な表情は、主人の心へ訴えかけるようだった。
「摩文仁の方角……?」掠れた小さな呟きを拾ったその瞬間のクロは、
何かに取り憑かれたように、涙を流す。
「……摩文仁は、そなたの真名か?
お主の本当の名前は、そう言うのか……」
大きく頷くクロを、彼が真名で呼ぶことにしたのは、
成り行きだった。北の空ではゆっくりと、
暗い雪雲が垂れ込め始めていた。
【次のお話は……】
クロダさん家の兄弟昔話
【「旅の場所」鹿児島県 鹿児島市 鹿児島城跡】
第47話 居眠り運転 (騎乗)、ダメ絶対 了
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