第46話
それからのタエと住職のジュウアンの動きは、電光石火のごとくであった。
彼らはその日のうちにカゴシマ城へ、単騎駆け入ったのである。
深夜近くにカゴシマ城の大庭に入り、2人はシマヅ家に面会を問い合わせた。
本当に突然の来客であったが、彼らは一刻(2時間)以内には、顔を揃えていた。
2人が待たされた城の大広間に、ヨシヒサと当主のタダツネ。
それからウシが集まり、協議が始まる。
シマヅ家の存亡がかかる、大事な打ち合わせとなっていくはずだが、
血の気の多い家臣団や小姓たちは遠ざけられた。
尼僧の装束を着ていても、相手はまだうら若い女子であったためであろうか。
◇
「戦上手なナガマサ公が攻めてくるの。目当てはサツマだけではなさそうな……」と
顎を撫でながらヨシヒサは呟いて、今しがた聞いていたタエの話に
静かに返事を返す。
当主も困った表情で「クロダが攻めてくる理由は今の所サツマにはないが、
まさかカンショやジャガタラ欲しさに攻めてくるのも、
あまりに単純過ぎやしないか?
欲しがっているのは、サツマの全てであるならば……」と
おもむろにウシを見つめた。
彼は静かにタエを見つめている。
小さな子どもを見るような、父親の微笑をたたえていた。
当主の胡乱な視線を受け止めた彼は真顔に戻り
「……我らは、手を取り合うと約束した。
争う相手はクロダ様たちではありません」と低く呟く。
その約束を今は遠い彼の地にいる、かつての敵将であった
バックナー中将に宛てた文にも書いている。
「……今度は我らが手を取り合い、あの戦争への二の轍を踏まぬよう
サツマの国と共に、祖国のため敢闘し、最大限努力いたします」と。
それは「未来への約束」であり、悲惨な戦闘を経過した彼の
切実な願いでもあった。
「……私がクロダ家への使者になりましょう。彼らが私の価値を
認めてくれるのであれば、無事に戻って来れます。
大丈夫。私の生徒たちはすでに、素晴らしいサツマヘゴになりました。
立派にヤマトの国を、導いてくれるでしょう」
すでに彼の肚が座っていた。まるで後悔はしていないようだった。
彼の心には、何かが去来していたようだが、落ち着いた表情からは
読み取れない。
彼の揺るがない雰囲気を読んで
「ふむ、辛い役目だが、行ってくれるのは有り難いの。
無事に戻ってくるんじゃよ?」とヨシヒサ。
当主は
「……ウシ殿以上の交渉ができる家臣は、いないな」と
申し訳なさそうに言ってきた。
その時、廊下の方が急に騒がしくなる。
「ユウノシン、詮議中だ!勝手に入れば切腹だぞ!」
「入ってはいかん!」「このままではウシ先生が……」と
声が大広間まで近づいて来た。
5人ほどの大柄な先輩武士を振り払い、ぼろぼろになったユウノシンが、
手早く居住まいを正し凛とした声で目通りを願う。
「ユウノシンでございます。何卒今晩の協議の末席に侍らせて
いただきたく存じます」
「……ユウノシン、席を外してもらえるか?」
穏やかな声で、ウシは彼を拒絶する。
「嫌でございます」
「ユウノシン!」低く通る声で彼は窘める。
再び云わんとしたウシの声を遮り、
「先生のお生命がかかったこの協議、見極めとうございます!」
彼は叫んだ。誰よりも近くで学んで来た彼は、
読み取りにくい心情を慮ることのできる存在にまでなっていた。
機会さえあれば、簡単に自らを犠牲にしてしまう脆さを
持っている事も、誰よりもよく知っていた。
「将の務めとは、まず生き抜く事でございます。
先生は、自らの教えを曲げる気ですか?」
興奮気味の彼は、目を赤く染めて今にも泣きそうになっている。
「……ユウノシン、教義問答はその辺での。角に座っておれ。
発言は……なしだの」と見かねたヨシヒサが誘導した。
ユウノシンは、サッとその席へ座る。
彼は取り出した手縫いで、涙を拭いていた。
◇
「クロダ家のタエ姫。五十路も過ぎた爺ィがお供になりますが、
どうぞよろしくお願いします」とウシはニコニコと微笑みながら、
若干明るい声をタエに掛けた。
彼女も年嵩な彼の容貌にすっかり萎縮してしまっている。
ジュウアンは、ウシの事をタエに簡単に説明した。
もちろん、あの「中将の君」の話題も入れ、彼女を
つとめて和ませようとする。
(その話題だけは、やめてくれないか) 内心思いながら、
彼は新しい仲間がまた増えた事を受け止めた。
気付けば外で、旭日が昇ろうとしていた。
【次のお話は……】
クロダの姫とチクゼンに向かう事になったウシ達。
安全運転で出発進行?
……飲酒運転も、ダメだぞ☆
【「旅の場所」鹿児島県 鹿児島市 鹿児島城跡】
【後書き】
タエちゃんをみて、娘さんを思い出していたかな?
第46話 約束と希い (ねがい) 了
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