第45話
ウシ達がいなくなった冬の寺に、入れ替わるようにして1人の尼僧が
やってきた。薄汚れてまだ幼さが残る面影ではあったが、彼女は
やっとここにたどり着いたのだ。……たった1人で。
寺の門前で倒れた彼女の名前はタエ。
聞けば遠くチクゼンの国から歩いてやってきたのだという。
尼僧は住職が治療の手を施してイモ粥をすするまでに、
だいぶ時間がかかった。
タエがやっと1人歩きできるようになって、住職は変わりように驚いた。
彼女はキリシタン……しかし部屋の隅で隠れるように、
そっと祈りを捧げていたのだ。
かつての太閤ヒデヨシの時代、キリシタン禁教と弾圧が叫ばれ、
多くのキリシタン信者だった日本人が、南蛮……現代で言うところの
東南アジア諸国に形成された「日本人街」へ移り住んだ。
禁教令後は朱印船以外の渡航も禁止され、取り残された「神の子ら」
である彼らには、やがて沈黙のみを許される状態となってしまった。
信じる神への祈りを終えた彼女を見守るように、住職は佇む。
振り返った彼女は、
「今時こんな者が、お寺にいてはご迷惑でしょう、……シマヅ公にバレれば、
累を重ねてしまいます。今日の晩、お暇をいたします」と
申し訳なさそうな、掠れた声で暇乞いをする。
しかし彼女の表情は、揺るぎない決意を固めた武士そのものであった。
「タエ殿、今この寺を離れれば、そなたの命に関わります。
あなたの行く先を、聞いてからでもよろしいのでは?」
住職は諭すように彼女へ、静かに言葉をかける。
外見上、年齢の近く若い2人だったが、落ち着いていた。
「お命を救って下さいました住職さまにはかないませんね。
私はシマヅ公に会わねばならないのです。なんとしてでも。
貧しいチクゼンの皆が首を長くして待っています。
たとえ身を引き換えにしてでも、新しい作物をチクゼンに持ち帰らなければ……」
「兄達はシマヅを潰して全てを奪う算段をしていました。
もう、きっと一刻も猶予がありません」
畳み掛けるようにしてタエは彼に訴える。住職は、
「最近、ヒゴのセイショウコウとシマヅ家がここで顔合わせを
行った事は存じていますか?中身は、今の話と繋がってしまうよう
ですが……兄達と言うのは、クロダ家の武将……、タエ殿は一体?」
「私は今年、みまかったクロダジョスイの末子です」
その一言が、全てを物語っていた。彼女は住職を見据え、こう続ける。
「……和平を願うことは、罪になりますか?」
身を切るような夕方の冷たさが、2人を包む。
【次のお話は……】
タエ姫、カゴシマ城へ風雲急を告げる。
【「旅の場所」鹿児島から熊本県境近くのお寺】
【後書き】
住職「ここ愉快なホテル、違う……」
ウシ「……古い寺社って、珍しくなるからね」
住職 「」
第45話 末期 (まつご)の一雫 了
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