第44話
冬を迎えたサツマでは、寒さと雪が続いている。
カゴシマ城の一室に置かれた火鉢の暖かさは、何よりのご馳走であった。
大庭から聞こえてきたウシの生徒たちが発する自主朝練の掛け声が終わり、
明るい朝日が登りはじめていた。
視点を戻すと彼は火鉢に向かい、なにやらサキチと話し込んでいる。
……彼はウシの知らないご先祖さまだ。2人の外見は頭髪以外、よく似ていた。
「カンショから取れる酒精を思い切り高めて、医術に使う薬を作るんだが。
なかなかどうしてうまくいかん。ミツル殿は「あるこーる」があると、
病気や傷の悪化に対して強くなれるそうじゃが……」
「サキチ殿。アルコールは、簡単な衛生処理を行う上で必要な道具です。
戦時にも勿論必要ですが、平時の医術にも必要になってきます。
煮沸消毒できない時の代替案に使えるようになれば、1番いいのですがね……」
……彼はサキチに、城内に作った酒蔵での「医療用アルコール製造」を、
殿様を通してサツマイモ到来の時期から依頼していた。
酒精の強い酒はすでに存在したが、飲めない「あるこーる」を作ることによって、
衛生用品の在庫を確保しようとしていた。他にもいくつか、
生徒たちによって試験的ではあるが簡単な衛生用品の発案がされている。
サツマ産の木綿で作る、ガーゼ代わりにもなる止血帯などがそれだ。
(下痢止めの市販薬もない場所だから、アルコール消毒はマメに……)と
考えた末の判断だった。
◇
城内では最近、ウシとサキチの見分けが付いてきたにも関わらず、
2人とも名前に「先生」と付けて呼ばれる機会が増えてきた。
ウシが城内で教鞭を執り始めた最初の頃は、徹夜明けでフラフラな彼らに
よく間違えられて、サキチでは答えられない、難しい回答を迫られた事も
結構あった。酒についても、自家製(趣味)で作ってると軽く彼に
言ったところ、両肩を掴まれて「アルコールをどうか作ってください」と
自分そっくりな顔で真面目に言われた時は、内心引いてしまった。
(飲めない酒を作って、傷の手当てに使う……不思議な考え方をするなぁ)
と酒甕の前でぼんやり考えていると、彼の元にユウノシンがやってきた。
「サキチ先生。……カンショのお酒、少しだけ味見してみたいです。
ダメですか?」
ぼんやりしていたサキチは彼の美貌に少しだけ緊張するが、
確認するように尋ねる。
「ユウノシン殿、お酒はもう嗜むのですか?元服して間もないというのに」
「……みんな、僕のことお酒も飲めないお子様だって笑うんです。
確かにお酒はそんなに好きではないですが、少しは飲めるようには
なっておきたいんです」長い睫毛に涙を潤ませて、彼は訴えた。
その姿は、谷間に咲く百合にも例えたくなるほど、美しいものだった。
彼は元々、ヨシヒサについていた小姓で、元服をしてすぐの頃に
ウシ付きの側仕えになっていたのだ。
(全く、この主従は……)と
サキチはちょっと視線をあさっての方向に投げ、仕方がないな、と
まだ飲める状態のイモ焼酎を碗に一杯、そそいで彼に勧めた。
ユウノシンは座ってチビチビと舐めるように、焼酎の杯を呑んで行く。
飲む姿もぎこちない。
「いつも飲むものよりも、匂いが強いですね……」という頃には、
彼の白い肌は紅潮し、瞳を潤ませている。
彼はまるで少女のような笑みを浮かべて、はたと倒れこむ。
「」
サキチはユウノシンのあまりの酒の弱さに驚いてしまった。
鼻のあたりに掌をやると、息はしている。頬に手を当てるとじんわりと
汗をかいていて、本当に酒に弱いようだったが、別条はないようだ。
サキチはそっとユウノシンを持ち上げ、抱き抱えるようにして
ウシの部屋へ急いで彼を運ぶ。
……勿論、酒蔵には誰も入らないように、しっかり鍵も閉めた。
二度と繰り返しなどごめんだ。
◇
部屋へ駆け込むと急いで床を作られ、寝かせた彼の姿に、
ウシは静かにため息をついてサキチにこう言った。
「……実は私も酒には弱いので……若い頃は仲間内の酒席で、
恥ずかしい事も結構やりました。なのでサキチ殿に「アルコール」を
作ってもらえれば、少なくとも必要な時に酒酔いのことまで
に及ばなくて済む、と思っていたのです」
彼は話題を切り替えすかのように
「ところでサキチ殿は、酒には耐性があるように見受けます。
何か秘訣でも?」と尋ねる。
サキチは「若い頃から程よく飲み続けているせいでしょうね
……この通り、元気なものです」と小さく笑う。
彼の笑いにつられたのか、ユウノシンが床の中でくすくす笑っていた。
調子が戻ってきたようだ。その様子を、ウシは静かに笑みを浮かべながら、
こう言った。
「ユウノシン、酒が飲めない主従でも、いいじゃないか。
酒だけが、酒席の楽しみでもないぞ。時折、少しずつ教えてやろうな」
優しい時間が、通りすぎて行く。
【次のお話は……】
お茶会が開かれたあのお寺に、新規のお客様です。
【「旅の場所」鹿児島県 鹿児島市 鹿児島城跡】
第44話 スクール オブ カオス 了
【後書き】
ウシ「ウィスキー、飲みたい……」(サキチをじっと見る)
サキチ「」
……1番苦労したのは、ご先祖さまだったようで。
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