第43話
やがて、約束の日はやってきた。冬の早い朝で、淡い雪が降り始めている。
寺には殿様方が茶席の見届け人としてやってきていた。
彼らはウシの引き抜きをどうやら恐れているようだ。間をおかず
キヨマサの到着が知らされ、寺の境内で待ち合わせる。
遠くに馬群の嘶きが聞こえ、門のあたりが騒がしい。
薄く積もり始めた雪の上をサクサクとだいぶ足早に歩を進め、
ウシとヨシヒサの前に、身なりの良い中年の偉丈夫が現れた。
背丈はウシと同じぐらいで、高い背だ。
……後世に広く有名になった「清正の虎退治」は、当人の恵まれた体格でも
簡単に想像することができた。
「シマヅ様、お初にお目にかかる。我はヒゴノカミ。カトウ、キヨマサと申す。
して文をくれる、「美しい中将の君」は……」と
彼は若干鼻息を荒げ、辺りをおもむろに見回すが、……悲しいことに
「美女(中将の君)」はいない。周りはどう見ても女性には見えない
若者たちと落ち着いたオッチャンばっかりだ。
「カトウ殿、どうやら情報が錯綜しておるようじゃの。
こちらが会いたがっていた、ウシ殿じゃ」と
ヨシヒサが紹介してくれた。
無言で静かに佇んでいるウシを、彼の鋭い眼光が捉える。
「これはこれは……どうにも礼を失してしまったようで。これだけの
偉丈夫を美姫と勘違いしてしまったか」とガハハと笑う。
「美しい筆跡の文を読み込んでいるうちに、其方の事を美しい女子と
思い込んでしまったようじゃ。許せよ」と、ちょっとだけ残念そうに結んだ。
彼は気持ちのいい笑顔で、ウシを見つめる。ウシも静かに微笑んで、
「いや、姿の見えない文でのやり取りだけなら、仕方がないでしょう。
……殿様方、そろそろ中に入りませんか?一席設けてあります。
続きはそこで」と促した。
◇
茶席をしつらえた暖かな室内から見え、静かな庭園の眺めは風情を醸している。
「……それにしても、ウシ殿は面白い方でありますな。優雅な草書の文で、
とてもマメな返事が来た時は、つい、武家の若い女子からの熱烈な恋文かと
思いました。茶菓子に出された、このお手つくりの甘い揚げイモも
さることながら、サツマの民に2つのイモを行き渡らせて
飢えない国づくりを目指しているそうではではないですか」
お点前を終えたキヨマサはウシの印象を、ちょっと恥ずかしそうに
簡単に述べる。
それについてヨシヒサは「彼のおかげで、最近は特に退屈せんで済むの」
とニコニコと答えた。
「セイショウコウ、などと民に慕われてはいますが、持ちうる飯の
タネはやはり少ない。こちらにもイモの苗を、どうか分けては
くださらぬか?」と彼は申し訳なさそうに、申し出る。
「……見返りにもよるの。キヨマサ殿は何を引き換えにしてくれる?」
とヨシヒサ。
間髪入れずに彼は、「クロダ殿との顔合わせに、お力添え致します」と
強く答えた。
「……クロダ殿とセイショウコウ、シマヅ家の雁首が揃えば、
さらに海向かいのモウリ殿なども噛んで、この地は栄えます。
クロダ殿はトクガワに覚えめでたい家柄。外しておく手はないでしょうね……」
ウシは呟くように、ヨシヒサに進言する。
それまで静かにしていた当主は、
「……クロダ家は、天下の軍師。こちらの思うようには行きますまい。
しばらく考えさせて頂きたい」とキヨマサへ返事をした。
シマヅの決済は、
次世代の彼によるべきだったからだ。
しんしんと、屋外の冷たい空気が彼らに這い寄ってくる。
【次のお話は……】
茶会が終わって、ホーム(カゴシマ城)に戻ってきました。
……お酒は20歳を過ぎてから。美味しいけどね。
【「旅の場所」熊本県境に近い鹿児島のお寺】
【後書き】
ウシ「書状に肩書と名前書いたのに、
名前だと思われてないとか……
中将の君って、何さ……」
バックナージュニア「いよっ☆手紙美人」
キヨマサ「楷書だったら、多分男だと思えたんだけどな?
すまん☆(//∇//)」
……手紙美人、いいよね……
第42話 虎と狼の「お茶会」 後編 了
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