第42話
天高いサツマの国は、かつて九州の覇者ともなったシマヅ氏の本領だった。
南は東シナ海と太平洋が交差する南海に恵まれ、慶長の役後には、
北の隣国となったカトウ氏やクロダ氏などの戦国大名が入国している。
ウシも彼らの評判はかなり詳しく知っていた。彼のかつて学んだ
熊本陸軍地方幼年学校は、名将・加藤清正が築城した熊本城の
敷地内に在ったのだ。
かつての学び舎が作られた場所の本来の主人は、書状を通じて、
何故かとても彼に会いたがった。
「隣国のサツマの民が、最近元気になったのは、シマヅの大殿様が
大変珍しい人物を囲った為」という評判がたち、
サツマイモや、ジャガイモの普及が、僅かずつではあるが、
近隣の領地にも伝わってきたのだ。
根菜類の野菜は、これまでにも勿論存在したが、民衆は今までよりも
かなり少ない手間で育てられる、新たな救貧作物の到来を喜んだ。
納税作物としてはまだ未知の部分があるものの、貧しい領民たちの飢えは
だいぶ緩和できるようだった。
◇
「ウシ殿。今月になって10通目、ワシ宛に面会の書状がきておるぞ。
嫁取りでもこんなにしつこくないのにどうしたものだろうか?」
当主が半ば呆れながらも、書状をウシに渡す。
一方で彼はニコニコと嬉しそうに、書状を受け取って答えた。
「美しい姫でもない五十路も超えたジジィが、こんなに取り上げ
られるのは恐縮しますね」
「……相手はあの名将、カトウ殿だ。ウシ殿はどう思う?」
「ヒゴの国に近いシマヅの寺で、野点などをして顔合わせをしましょう。
智勇誉れ高いセイショウコウ 、なかなか会える相手ではないですよ。
……お返事をまた、したためておきましょうか」
画して両雄は、合間見える事になった。
◇
野点が行われる予定の寺は、短期間で磨き上げられ、冬の始まりには、
大名たちが訪れても事欠かないまでに整えられた。寺の者も含め、
ウシたち城の者も途中からではあったが、用意に取り掛かっていた。
(こうしていると、首里の塹壕掘りを思い出すな……
あの時よりは、随分のんびりしたものだが……)
雪の訪れまでもう少し。
一度だけ経験した南風原での冬場は短い物だったが、同じような
物薄暗くて物哀しい空気をはらんでいた。彼の目の前では若者たちが
忙しく立ち回り、予断の無いように進めている。
「ウシ様、この時期の野点は難しいので、屋内で風流を楽しむことに
なりそうですね」と背後から声がかかる。
振り返って見てみると寺の若い住職が、茶道具が収められている
包みを抱くようにして持っていた。
「……ジュウアン様、茶道具を、お選びなさったのかな?」
「ええ、この季節に飛び切りの物を。お確かめになってみますか?」
「……そうですね。目利きの勉強といきますか」と彼は穏やかな笑顔で応じた。
2人は茶室になる予定の部屋に向かい、茶器の確認をする。
どれも素朴ながら素晴らしい物だった。特に明るい肌の器は、
かつての戦友が使っていた物に、景色がよく似ている。
……手にとってしみじみと眺め、やはり同じ茶器であるようにも思えたが、
それについて彼は何も言わなかった。
「住職さま、この茶器はいかような由来があるか、お教え願いますか?」と
尋ねると、
「先代の住職が、この寺に落ち着いた時にやってきた商人から
手に入れた物です。商人はオオウチからやってきたそうですね。
そこでの取引で手に入れた物を、大変気に入って買い上げたと
聞き及んでいます」
住職は茶器をウシの手から器を静かに箱へ戻し、彼を見つめて尋ねる。
「この茶器と何か深い因縁でもありそうな……
あまり外に出ない物ですけれど……」
「……遠くに、過ぎ去ってしまったことです」と
簡潔に返事をした彼の表情は、穏やかなものである。
……自らの知る故郷が、あまりにも遠くに感じたウシだった。
【次のお話は……】
茶席の準備ができたウシ達。
……あれ?鼻息の荒いゲストがやって来ましたよ。
【「旅の場所」熊本県境に近い鹿児島のお寺】
第42話 虎と狼の「お茶会」 前編 了
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