第39話
マイチは中型のヤンバル船の上で木綿の種が入った袋を、
見つめていた。
夏は涼しく、冬は暖かい木綿の生地は、琉球の冬を過ごすためには
正に打ってつけの素材だった。もちろん、麻や芭蕉布といった布類も
存在したが、どちらかと言えば、冬の着物に向いてはいなかった。
「ギマ様、そんなに見つめていると、種から芽が出ますよ。
あんまり見つめないでくださいまし」と
声をかけてきた若い女性の名は、キクチヨと言った。
となりに座る若い女性と姉妹になる彼女たちは、
シマヅ家から派遣された機織職人として、
彼らとともにこの国へやってきた。
サツマから出発して一週間、
アマミやヨロンを過ぎ、大型船から中型の船に乗り換えたキン間切を
過ぎて今は、叡弘達との予定通り、中城湾に向かって進んでいた。
旅程は偶然にも天候に恵まれ、風を受けて帆を孕ませ、
昼下がりの沖合いを船は進んでいく。彼は木綿の種を、しまい直した。
「あーっと言う間に着いたの。ナーグシクから例のアレも見えてきたし、
中継のヤケナ港を過ぎればあと一刻以内でナカグシク湾に着くわい。
寄り道したいのも山々なんだがの、将軍へ返事の手紙を預かって
しまったから、ウミチルの鏡で合図を送るだけが良いの」と
残念そうに呟く。
「ウミチルの鏡」とは、マイチの娘、ウミチルから船旅のお守り代わり
に渡された手鏡のことである。銅の合金で作られたそれを太陽に
かざすと、激しい光を放つ。
「山口が言うには、三・三・七の拍子で反射させると良いと言っとったの」
船の補給も兼ねて、カッチン間切の岸辺に在るヤケナ港に着いた頃、
マイチは手鏡を撫でながら頭の中で何度か練習した。
あとはカッチン半島の先にあるヘシキヤさえ回れば、
海を挟んで遠くにナカグシク間切が見えるはずなのだ……
補給が終わるまでのしばらくの間、マイチはカッチン間切の
ペーチンから熱烈な歓迎を受けた。酒宴の用意があると盛んに勧め
られたが、役目の任務遂行優先のため、丁重に断った。
この辺りに住む若者たちもナカグシクへカンショ栽培を
学びに行っており、早い帰りを待ち望んでいるとも伝えられる。
補給が終わった頃には早い夕方になってしまったが、
ヤケナ港を出発したマイチ達の気持ちは、すでに次へ向かう。
◇
ピカピカピカ、ピカピカピカ、ピカピカピカピカピカピカピカ………
ナカグシク間切のバンショ近辺になると、マイチは名残推しそうに
手鏡を反射させた。すると、バンショの方から、ドラとホラ貝の返事が
返ってきた。マイチは涙を堪え、やっと気持ちをスイへ向けることができた。
◇
遅い夕方にマイチ達はナーファの港へ着いたマイチ達一行は、
ここで一旦別れることになる。彼は急いでスイ城へ登城せねばならず、
部下達は荷物の積み下ろし作業のため、港へ残る事になる。
キクチヨとヤチヨは、明朝ギマ村へ向かうように、と申し渡していた。
急いで準備した馬に騎乗し、スイ城に着く頃には大分遅い時間に
なってしまったが、出来るだけ急いで国王の元へと向かった。
マイチは歩いてウナーへ向かう。
城の中ではかがり火が焚かれており、神秘的な様子だったが、
お構いなしで進んでいく。ウナーに続く門の前で嘶く馬がいたが、
中で何が起こっているのか、分からなかった。
ウナーに続く門をうっすら開くと、隙間の向こうで国王と将軍、
それからキコエオオキミが3人で何か話をしている。
「何者じゃ、隠れてないで出や」とキコエオオキミの一喝で扉が開いた。
マイチは国王とキコエオオキミに向かって平伏し、こう言った。
「ギマ村のペーチン、マイチでございますれば、サツマから書状を携え、
ただ今帰還いたしました。書状の宛名はバックナージュニア殿で
ございますが、国王陛下にもどうか、お目通し願いたく、
参上つかまつりました」
将軍が手紙を受け取り、書状の開き方に手こずっていると、
国王が手紙を開くのを手伝ってくれた。文書はなんと英文で書かれて
おり、二人が読めない英語を将軍が判読して伝えた。
以下、英文の和訳を記す。
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親愛なるバックナー米国陸軍中将閣下、
再び書簡を受け取ることができたのは、偶然ではないと思っています。
私達の戦闘の決着はすでに着きました。
今度は我らが手を取り合い、あの戦争への二の轍を踏まぬよう、
薩摩の国と共に、祖国のため敢闘し、最大限努力いたします。
大日本帝国陸軍中将 牛島滿 (花押)
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「ジェネラルウシジマ、君はあの悲惨な仕事で学んでくれたのか?
……都合のいい言葉で、また裏切ったりしないか?」
彼は書状を読み上げ、マイチに向かって問いかける。
マイチは将軍の問いに答えることができなかったが、
書状を送った人物は、将軍にとって重要な人物である事だけは見抜く。
「ギマ殿、すまない。あまりに予想外の言葉が返ってきたんだ。
つい、ギマ殿にあたってしまった」
国王とキコエオオキミはその様子を見て呆れている。
まるで自分達は蚊帳の外だったからだ。
国王は、書状の表紙の裏に、なにやら漢文で書かれた文章が
書き込まれていたのを見つける。将軍は読めないので、代わりに国王が読み上げた。
内容はどうやら、親愛なる誰かに宛てた「惜別文」のようだった。
国王の読み上げが終わると同時に、ウナーの底から地響きが鳴る。
キコエオオキミはおののいていた。
◇
「この言葉は呪文じゃ。地中の底で眠る姫御前が起きてしまう。
やめてたもれ」
「キコエオオキミ。私ならもう、ここにいるわ」
……ひたひたとキコエオオキミの後ろで、闇の中から発光した女性が現れた。
「ギマのペーチン、遠路呪文を届けてくれて、ありがとう。
私のいたダンジョンの不死兵達は皆、ニライカナイへ旅立ちました。
彼らは幾星霜、彼の地への旅立ちを夢見ていました。
彼らの代わりに、お礼を言います」
彼女はギマに向かって頭を下げた。姫らしからぬ行動は、
マイチの心胆を寒からしめた。振り返る事なく彼女は言葉を続ける。
「私の魂魄が入る当てなら、すでについているわ。
だから心配しないで。キコエオオキミ」
「モモトフミアガリ様!」
「ダンジョンの龍がカッチン間切まで連れて行ってくれるし、
入る先はカッチンのノロよ。大丈夫。これ以上何か言えばあなたに
取り付いてパワーリバースさせるわよ?」
張り詰めた空気を壊したのは将軍だった。
「私はこの国を救うことを任された。あなたもその力で協力して
欲しい。なんなら私もカッチンへ行こう」
「面白い殿方ね。かつての旦那様を思い出したわ。そうね、
ウフグシクそっくり。いいわ。一緒に行きましょう」
柔らかな笑顔で彼を誘う。
ウナーにギリギリ入る大きさのある龍が呼び出された。
金色と赤を纏う神龍だ。将軍と王女を連れて、
龍はスイ城の空を飛び立った。彼らは東へと向かった2人の後を、
見つめることしかできなかった。
【次のお話は……】
作品舞台の紹介コラムになります。
【「旅の場所」沖縄県 那覇市 首里城跡】
第39話 ギマのペーチン、琉球へ帰還す 了
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