第37話
叡弘たちは充てがわれた屋敷で、朝ごはんを食べていた。
近所から持ち寄られた栄養価の高いニワトリの卵や、
ニーノシマの宿で食べたような雑穀米のご飯が朝食として出てきた。
付け合わせに、手作りの油味噌が少しだけ、小皿に乗せられている。
朝支度を済ませて、食卓を前にした叡弘が
「マヅルさん、カマさん、タンメーさんやハーメーさんも、
一緒に食べた方が、美味しいですよ。こっちで食べませんか?」と
彼らに問いかけた。
タンメーが怯えたように、
「先生たちと、一緒に食事だなんて、恐ろしくてできません。
どうか私たちは別に……」といいかけると、
「僕らはサムレではありません。ギマ村のペーチン様が教えてくれた方法で、
ナカガミのみんなで、お腹を空かせないように、力を合わせて
みんなでこれから頑張るんです。
そうしたら、ナーファの街で税金のカタに売られていく子ども達を、
取り戻す事だって……、初めから売ることも考えすに済むかもしれない。
だからどうか、僕たちと一緒に過ごしてはくれませんか?」
食卓に近づいた山口さんは黙って事の成り行きを伺う。
いつも消極的に見えた叡弘が、この国の身分制度と戦っていることが、
彼は内心嬉しかった。
やがてマヅルが口を開いて、
「サムレでなくても、ナカガミだけでも。民の事全員を考えてくれるなら、
立派な先生だわ。先生のお願いには私達が逆らうわけにはいきません。
私はご一緒いたします」と叡弘達に近づいているのを見た皆が、
少しずつ付いてきた。昨日の歓迎会は一体なんだったのだろうと思うぐらいだ。
6人で食膳を囲んでの朝食が始まった。
最初こそぎこちない空気が漂ったが、山口さんがタンメーさんに
味噌の味が絶品である事を伝えると、うちのハーメーの自慢料理なんだと
嬉しそうに話をしてくれた。卵は茹でられた物が出され、あまりの
殻の硬さに驚いた。
山口さんが言うには、カルシウムを多く含む石灰岩の島だから
できる事なのだそうだ。
殻を剥き、プルンとした白身が出てきた。
口に含むと、味の濃ゆい黄身の味が、口の中で広がる。
カマは「鶏の卵はご馳走なんです。今日は頑張らないといけませんね」と
叡弘に笑いかける。子犬はというと、叡弘の背中の裏で、
昨日の残飯をもくもくと、おとなしく満足そうに食べていた。
食事が終わってハーメー達が食器を片付けていると、手持ち無沙汰な
タンメーが叡弘達に、書斎部屋の使い方を教えてくれる。
この屋敷の部屋の作りは伝統的なもので、台所が傍にある表が3部屋、
裏に2部屋あり廊下で1周できる家だった。
さっき皆で食事をした部屋が一番座、客人を応対する二番座を挟んで
書斎になる三番座が設えてあった。
壁には大きな本棚が作りつけられ、たくさんの紙と筆記用具が用意されている。
「ギマのペーチン様から、くれぐれも2人によろしくと言われておりまして、
最近、手早い検地を行ったので、ナカガミの地図を写した物なら
取り揃えております」と紙の束を差し出された。
地図は村ごとに一枚にされていて、集落の位置と畑をつなぐ
道ぐらいしかわからない代物だったが、山口さんがとても喜んだ。
「例えばな、現在地が中城村の役場前だとすると、
耕地面積がこのくらいで………開墾もどれだけできるかな……
ちょっと縮尺のでかい地図もあった方がいいよな………作るか」
山口さんは書斎に置かれた大きな和紙に筆で地図を書き込み
はじめた。そんなに時間がかからず、
縮尺はテキトーな沖縄本島と周辺離島の地図が完成する。
「仲間内で沖縄本島を手早く一発で書けるように
競争していたんだ。まあ、仕事場だからな」と得意そうに言う。
山口さんはそれだけで満足せずに、赤い絵の具で地図に色を
足していく。
記憶にある中部の畑があった地域を、書き込んでいる。
「カンショの他にも、マイチさんが新しい作物を連れて来てくれる。
畑の面積は、多い方がいいさ」と彼らに見せてくれた。
叡弘とタンメーは、驚きながらも山口さんの地図を見入ったが、
タンメーが言うには、
地図上でのナカグシク間切の畑は、ほぼ未開拓地域だったのだ。
彼らは少ない耕地で収穫を挙げ、なんとか税金を支払っていた。
早速タンメーから、畑の分布を聞き出し、集落から遠くない原野を
少しづつ開拓するよう段取りを考えていると、昼飯の下準備が終わった
カマとマヅルが期待の眼差しでこっちを見ている。
ハーメーは、タンメーの方を心配そうに見つめていた。
叡弘はそんな様子の彼女たちに笑って手招きした。
同じ部屋に彼女たちも座ってもらい、カマが叡弘に促されて質問をした。
「ギマのペーチン様が連れてくる作物とは、どのようなものですか?
カンショのように甘くて美味しい物だと良いのですが……」
その質問には山口さんが答えた。
「少なくとも新しいモメンという着物を織る作物と、
お菓子の材料に使われるクロザトウを広めるんだ。この2つがあれば、
明への交易にももっと、力を入れて国が栄えるかもしれないんだ」
彼は自分の言えるギリギリの情報を渡し、自分から戦の準備を
匂わせなかった。今はカンショで国力の底上げを図るのが最優先だった。
「機織物は一通り母に教えてもらっています。モメンがくるのは楽しみですね」
とマヅルも喜んでくれた。
やがて彼女たちが昼飯の支度に戻ると、タンメーが、
「新しい地割の相談は、ペーチン様へお願いしてみましょう」と
進めてくれた。開墾に伴う新しい耕地は、地割によって
管理されなければならなかった。先日会ったイシヒラの許可が
必要であったのだ。
食事を終えた昼過ぎに2人が、タンメーに教えてもらった通りに
書状をしたためて、バンショの受付に行こうとすると、
タンメーに押しとどめられた。
近所の若者に頼んで持っていかなければならず、直接面会の予約を取ると、
相手が面食らってしまうので、出来れば避けるようにと、お願いをされた。
カマが二番座の縁側で寝そべる子犬をのんびりと庭から見ている。
「叡弘様、この子犬には名前を付けないのでしょうか?迷い犬でも、
これだけ慣れているのですもの、名前があってもいいと思いますが……」
言われた彼は子犬の名前を考えることをすっかり忘れていた。
山口さんに「クロザトウ」を沖縄方言で何と言うか聞いて、
寝そべる子犬を静かに抱き寄せながら、囁くようにカマへ教えた。
「……この仔の名前は、クロザーターだよ。カマ。キーちゃんの時みたいに、
また名前をつけ忘れそうになっていたよ。ありがとう。」
カマだけに見せた叡弘の無邪気な笑顔は、思わず彼女の顔を赤くさせた。
乾いたカーチーバイの風が吹く。
強い日差しが、屋敷の庭先を眩しく照らした。その白さは、
ムラ一帯に広がっている。
【次のお話は……】
カッチン間切から帰還した将軍。スイ城の裏ボスとご対面……
第37話 ホワイト・コーラル・ロード 了
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