第35話
日当たりの良い和室で、身なりのいいご隠居のような
初老の男性が慣れた手つきで、イキイキと薬を作っていた。
彼は医者にかかるのを良しとせず、時折自作の薬を、服用していた。
身の回りには少なくとも10種類以上の薬の材料が並び、
独自のレシピを改良するのを趣味として励んでいた。
薬の評判は上々で、何故か同年代の家臣達がこぞって飲みたがるほどの
腕前だった。
部屋へ妙齢の女性達が、それぞれ荷物を持って部屋に入ってくる。
この部屋は、彼の完全なプライベート空間のようだった。
「イエヤス様、白湯と、薬包に使う紙をお持ちしました。
一息つきましょう」女性の中でひときわ美しい着物を着ている
美しい女性が静かに声をかけた。声に応じるように、彼は顔を向ける。
「おお、おカジ。もう片付けてしまわねばならない頃合いか。
全く、楽しい時間は早く過ぎてしまうの。白湯をもらおうか」と
その時の彼の手の中には、遠い明国の南から取り寄せた、
黒砂糖の粉末が収められていた。
しばらく持っていると手の熱で溶けてしまうのを知っている彼は、
手早い動作で入っていた小さな麻袋にそれを戻した。
部屋に続く縁側で一服している。この時代のお茶は薬剤としての
効能もあることから、彼は必要のある時以外、茶を楽しもうとは思わなかった。
カフェインの取りすぎは現代でも薬効を損ねることがあるが、
偶然にも彼はそれを知っていた事になる。
部屋の中では側仕えの女性達で、出来上がった薬の梱包作業と
片付けが行われている。彼は茶碗を抱え込むようにして俯いていた。
「……またあのリュウキュウのことを考えていらっしゃるのですね。
恩知らずで分からず屋の事を考える時間は、もったいないですよ。
早くサツマかヒゴに行った戦好きのキヨマサ殿に命令して、
攻め入ってしまえば終わりですのに」とむくれる。
おカジはとても頭の良い女性で、彼はそれによって助けられた事もあるが、
今は完全に政への口出しだったので、頷いてスルーすることにした。
彼女の言う通り、確かに今、イエヤスはリュウキュウの謝恩使について
静かに考えていた。
おカジは数ある側室達の中で、イエヤスに特に愛されていた女性である。
彼女でなければ、この場で命を落としていたかもしれない言い様だった。
(リュウキュウ守護のサツマを、動かすか?国の端の端へ追いやったが、
油断のならないヤツらだからの。セキガハラの論功行賞でも
わざとキヨマサ殿を隣に付けたが、果たしてこちらの要求通り、
彼の国へ働きかけてくれるかの……?)
彼は遠い眼差しを南へ向ける。未だ見ぬ彼の地と繋がっている空は、
早い夕暮れに残暑の暑さをまだ残していた。
【次のお話は……】
作品舞台の紹介コラムになります。
第35話 「メンツ」バトル 了
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