閑話 前編
スイ城から、各地方に伸びる街道がある。
各間切へ早馬伝令のために整備された「スクミチ」だ。
ウラシイにいた古き時代の覇王、ショウハシ王によって礎が築かれ、
かつての天下の逆賊であるカッチンアジのアマワリを素早く壊滅へ追い
やれたのも、整備され始めていたこの街道の存在が大きい。
将軍は「問題なくこの道を使うこと」ができた。
かつて指揮を執っていたアイスバーグ作戦の準備段階において、
彼らが空撮して作成した地図の主要道路は中世から400年間、
大きく変化しなかった道だからだ。
彼はあえて航路を選ばず、
スクミチの東巡りルートを早馬によって辿る気でいる。
軍馬の扱いは取り立てて上手くはないものの、一般的な乗馬の範囲でなら
彼に何ら問題も無い。
スイ城の厩舎前に騎馬をあらかじめ用意してもらっていた
額に流星を持つ栗毛の大型馬に、輸入品として重宝されたヤマトの国の
簡素な馬具が装着されている。
馬は装蹄されておらず、乾燥避けの蹄油がかろうじて塗られ、
王家の家紋が右臀部の馬具から覗く部分に小さく焼き入れられており、
火傷痕が痛々しい。
厩番が着物に袴姿で頭巾を外した彼を見立てて
鞍や鎧の細かな調整を素早く用意する。
その間、初対面の馬を慣らすための時間はあまりなかったが、
馬のことをある程度なら知っている彼の掌に、馬の気持ちが落ちた。
「ありゃ、スイ城一の暴れ馬が、こんなに大人しくなって。
手の施しようがないから、大陸へ売ろうと思っていたのに。
不思議だなぁ。旦那様のことをとっても惚れ込んでいるよ。
これならきっと、この旅は上手くいくよ」と厩番は喜んでいた。
「厩番、この馬の名は何という?」
静かに彼は尋ねる。
「悪さばかりするコイツには名前なんてありませんぜ。まあ強いて言うなら、
フラーグヮー(おバカちゃん)ですな」
「……頭のいい馬に、そんな可哀想な名前をつけたら、
ひねくれるに決まっているじゃないか。
お主だって、その名で呼ばれたくなんかないだろうに。
どれ。私がお前に名を与えよう、お主の名前は『ビッグレッド』だ。
私の故郷で、1番強くて早い馬なんだよビッグレッド。
一緒に旅を頑張ろうな」
彼は馬に優しく言ってビッグレッドの鼻面を撫でると
馬が涙を流して、喜んで嘶く。
厩番と彼の会話を、どうやら理解しているらしい。
厩番は2人の様子を見て驚いた。
◇
体高は将軍より低くはないが、馬は大人しく主人を気遣う
素振りを見せている。……主人の決まった馬がする行動だった。
馬は言葉に言い表せられない気持ちを心の底から憎んでいた厩番に伝えて
くれた彼へ、痛く感謝しているように思えた。
ほんの僅かな間、目の前にいるビッグ・レッドの面影に、
懐かしい故郷ケンタッキーへの望郷の念を抱く。
戦士は感傷に耽る暇は無い、と言わんばかりに胸中へ巡らせた考えを
振り払い補助もなしに、素早い動作で鞍へ跨った。
彼は無邪気な新しい友を得て、カッチン間切までの旅を辿り始める。
予定では今日の昼までに中城湾の見える
イリバルへ着かなければならなかった。
スイの喧騒を抜けた将軍の単騎行は、行程が順調以上に過ぎて行く。
昼過ぎには当初の目的地だったナカグシク間切を過ぎ、
グシカワバンショに着いた時は夕方の遅い時間になっていた。
出迎えた係員が馬具を外し、騎乗でクタクタになっていても彼は
土埃で汚れた馬体を洗い厩舎内にある馬房の一角に入れた。
スイからの指示を聞いていた係員が馬へ飼料を与え、その他、
強壮剤として明国から輸入した珍しいニンニクとハチミツを処方される。
馬桶に頭を突っ込む彼が喜んで食べているのを確認した後、
やっと休息に入ろうと振り返ると、着物の裾を彼に掴まれる。
驚いて振り向くと、ビッグレッドは泣きそうな顔で
こっちを見つめているのだ。
「……慣れない寝床で不安なんだな、一緒に眠ろうか?」と
提案すると、彼の明るい嘶きが返ってきた。
明日の朝は早い。仕方無しに厩で手早く飯を平らげ、
寝藁の敷かれた馬房とビッグレッドの身体を枕の代わりにして、
共に深い眠りにつく。
【次のお話は……】
閑話の続き。ケンタッキ〜は、
沖縄県民のソウルフードの1つです(これは作者の確信)。
【「旅の場所」沖縄県 那覇市首里城跡からうるま市勝連城跡】
閑話 「ビッグ・レッド」 前編 了
作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018




