第30話
2人はその日の夕暮れ時、
シマヅの大殿様がいるカゴシマ城に到着した。
彼にとってだんだん見覚えのある日本家屋の街並みの奥に、
古い山城がそびえ立つ。
遅い夕暮れですでにシルエットしか見えなかったが、美しい城であった。
城の門前の橋でタカは、
「ウシ先生、私は城の厩舎でお仲間と休憩して待っていますから、
御用が終わったら、お呼びください」とウシに下馬を促す。
彼はタカに、
「タカさん、遅い時間だから、会うのは明日になるはずだ。
今日は家に帰れなくなってすまない。ありがとう」
タカはすまなさそうな彼の様子を見て、
「いいんですよ。シマヅの殿様の家は皆さんせっかちだと聞いています。
厩が一日中開いているのも家風です。
戦や領地の中で内乱が起こった時に、すぐ駆けつけられるように、
殿様方からのお達しです。どうか気になさらないでください。
さあ、門番が待っていますよ」と城門に入るよう勧めた。
タカに促され、城の城門へ歩いて行くと、
道はかがり火に照らされ、幻想的な城の雰囲気に彼は息を飲む。
門番が厳しい表情でウシを出迎え……ようとした時、
ユニークな事件が起きたのだ。
ウシと容貌と背格好がまるで同じの門番が1人で佇む。
まるで同じ人間が、鏡合わせにお互い違う格好をしている。
坊主頭で軍服を着た彼と、髷を結い、綺麗な着物袴を着て
たすき掛けをした門番は、お互いを凝視していた。
ふとかがり火が揺らめき、
2人はそっくりな咳払いをして居住まいを正す。
この場面をもし現代人が見たら「昭和なコント番組の撮影?」とか
言い出しそうな光景だった。
彼が
「私はキイレ村のウシというもので、村の近くの寺で寺子屋を
手伝っています。シマヅの大殿様のご招待により、
この城へやってきました。
この通り寺の住職からもお墨付きを頂いています」と
お墨付きの書状を差し出すが、門番は手振りで受け取る事を
不要だと答えた。
「大殿様のお客人のウシ様……失礼ですが武家の方でしょうか?
変わった南蛮の服を着ていらっしゃるので、とりあえず、
確認させて頂きますね」
彼は「この時代にご先祖が居るかまではわからないが、
私の家は中流の武家で牛島家になります。
ウシは通称で、本当の名前は牛島、滿と申します」と返答する。
門番はそれを聞くと、驚いて笑い、答えた。
「……わしもウシジマ家のものじゃ。親戚に南蛮?の仕事をしている
者を知らないが、「ウシ」というと親戚中ウシになってしまうから、
名前で呼んでも良いかな?あ、ワシの名前はサキチと呼んでくれ。
ミツル殿」
親戚だとわかった途端、そっくりな顔と柔らかい笑顔で
言葉が噛み砕かれたが、彼にとっては好都合だった。
自分とそっくりで陽気な先祖と、笑顔のご対面を果たしたのだった。
戦国の世を駆け抜けて、関ヶ原の合戦を生き抜き、
200年以上の長期に及ぶ徳川幕府のきつい搾取にも耐え、
激動の幕末まで生き残る牛島家。
明治のご政道によって故郷から出てきた東京で、
軍人の家系として辛うじて続いていた血筋……
おそらく記録に残されていない古い先祖のサキチとの対面は、
子孫としての彼にとってどれだけの意義があったのだろう。
あまりにもそっくりな本人たちの気持ちは、
……わからないままだった。
城門の中には門番の詰所が置かれており、
今は遅い時間なのであと2人しか詰めていなかった。
彼はサキチに城内にある宿泊所に案内される。
一応大殿様のお客人なので、6畳間に布団のおもてなしを受ける。
もし、紹介なしだったなら、
「厩の寝わらでお休みください」と簡単に案内されていたはずなのだ。
住職の渡した紹介状の力は大きい。
6畳間部屋には寝具などが用意されており、布団へ倒れ込んで
そのまま眠りにつく。寺でも疲労が限界を超えた時、
ウシはいつもこんな感じになった。
翌朝、彼は布団を折りたたんで部屋の隅へ片付け、大殿様に会う支度を
済ませて、案内が来るのをゆったりと待つ。
障子を開けて初夏の爽やかな朝の風を感じながら、
部屋に置かれた碁盤を使って沖縄作戦の模擬戦の練習をし、知恵を絞る。
彼は果敢にも、自身の折れた心と向き合っていたのだ。
(……米軍の物量は置いといて、陸軍の本部が海軍と仲が悪いのが
一番条件としてきつかったなぁ。
全く参謀どもは現場見ないで喧嘩してる場合じゃないのに。
装備品も沖縄にある分だけで頑張れって、 充りてなかったし。
もしかしたら、たどり着けなかった海軍の戦艦大和も多くの
神風特攻隊も他に使い路があったかも知れん。
この件については本当に済まないがもったいない……
……それから言葉が全く通じない年寄りの住民と予備役で、
竹槍装備の防衛隊を作ったのもかなり無理があった。
敵軍が上陸を開始するまでに、
急いで名護や知念半島の方へ住民を強制疎開させて
軍事不侵入境界線を引ければ、かりそめでも助けられた非戦闘民が
もっと多かったかもしれないな……
ほとんど無茶な命令でも付いて来てくれた、
軍属に当たる純朴な看護学生や鉄血勤皇隊の皆を
首里から出る途中で放り出しちゃったし、
もっともっと知事の島田くんや警察の荒井くん達にに口すっぱく
学童までではなく、学生の疎開まで勧めておけば良かったのかも
しれん……)
全ては後の祭りだが、彼は今、世知辛い中間管理職のありきたりな
苦悩を噛み締めている。彼はどちらかと言えば、管理職として
頑張る部下を補佐し、責任を取るタイプの指揮官だった。
さらに付け加えるなら、
フィリピン及び台湾攻略対策のためから植民地の台湾へ
帝国陸軍が誇った虎の子部隊でもある第9師団が、
沖縄作戦直前に移動させられてしまった事も挙げられる。
装備の良い部隊がいれば、軍隊が民間人を巻き込んだ戦闘を極力避け、
少なくともあの「硫黄島」のように軍属を含む戦闘員のみの闘いで
決着をつけられたのかもしれないと思う一方で、
……もっと酷い地獄絵図の結果を、描くことも考えられた。
彼の中ではあの島の洞窟で戦争はもう、一度は終わってしまった
事なのだが、曲がりなりにも生き残った人生を支配しようとする。
勝負の決まった碁盤を静かに見つめ、とりとめのない考えを浮かべながら、
彼は自分が深い闇に落ちていきそうな気がした。
近習の小姓なのだろうか。城の者が部屋の入り口で
「ウシ様、大殿様とのご面談がご用意できました。
昼のご会食をされながらぜひお話を聞きたいそうで、ご案内いたします」と
連絡してきたのは、早い昼前になっていた。
彼はしばらく小姓の後について行くと、だんだんと城の中の調度品が
豪華になって行き、目を見張る。
やがて小姓はある一室で停り、部屋につながる障子を開く。
……部屋の奥には障子が開け放たれ、広い庭が広がっている。
部屋の前には池が広がっており、池の鯉に餌やりをしている身なりの良い
初老のサムライが背を向けて立っていた。
「大殿様、キイレ村のウシが御前に参上仕りました。
お昼食をこれからお運び致します」
小姓がサムライに連絡すると、嬉しそうに振り返る。
「おお、楽しみにしていた短歌の客人か。ほらほら、部屋へ上がりなさい」
と飄々とした明るい声で老人は手招きしてくれた。
ウシの前にいるこの老人は、彼も幼い子供の頃、家族から
寝物語で何度も聞かされた薩摩の豪傑、島津義久その人であった。
彼は遠い郷愁に目を細め、ヨシヒサに招かれる。
【次のお話は……】
島津の大殿様と牛島陸軍中将の面接 (ご飯付き)。
【「旅の場所」鹿児島県 鹿児島市 鹿児島城跡】
第30話 ご先祖様、いらっしゃい 了
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