閑話
マイクとヨシュアとマウシは、
グシカワ村からカッチンに広がったマラリア患者の治療に
てんてこ舞いだった。
軍医でも衛生兵でもない上陸部隊の彼らに、できることは少ない。
風邪のときの対症療法を行うのが、せいぜいだったのだ。
彼女の聞いたというデイゴの樹の精霊が出した条件は、
「この戦争で殺した相手の倍の数だけ、人の命を救え」
というものだった。
「マイクは32人、ヨシュアは27人、同郷の者たちを殺したな。
人間同士の戦などうるさくてかなわんが、
お前たちのは特に酷くて夜も眠れなかった。
要はこの島中の病気の人間を治療すればいいのじゃ。
殺せるのなら救うのも簡単じゃろ?、
それからワシが許す前に、また誰か戦で殺したらその数も含める。
わかったな!」
マウシは精霊の話されたままの伝言を2人へ伝えた。
……という理由で彼女と共に、2人は必死に
マラリア患者の治療に当たっていたのだ。
春の終わりで陽気が刺し始めたハエバル村の海岸の砂浜に、
毎日患者が運び込まれ、
すでに3人で対処できない人数まで膨れ上がっている。
近隣の村人に助勢を頼んだが、彼らは病人を見るなり
彼女に謝って逃げて行く。
熱帯で「治らない病気」として広く知られたこの禍いは、
情報を持たない村の住人にとって、恐怖そのものだった。
無理矢理作った休憩時間にマイクは、彼女に
「マラリアは「キニーネ」という薬さえあれば、治る病気なんだが。ただ、
私は支給品のタバコの在庫を最大に確保するために持ってなくて、すまな……」
と答えようとした時、マイクは肩を後ろからトントン叩かれた。
振り返るとヨシュアがすまなさそうに、2人を見ている。
「マイク、マラリア予防用のトニックウォーターを作る
キニーネの粉剤が簡易衛生キットの中にあったぞ。
……問題は一人分なんだよ。人数分に追いつかないんだ。すまん」
とマイクとマウシの方を見て謝った。
彼の手の中には「キニーネ」とアルファベット印字がされた
薬包が収まっている。
彼女はヨシュアの手の中にある薬を見て、静かに呟く。
「この薬が人数分あれば、皆が助かるのですね。
……仕方がないですが、カッチンのペーチンにお願いして
ユタの皆さんの手配をしなければいけませんね」
この気配はとヨシュアがマウシを心配そうに見つめる。
「この間みたいに無理させたくないんだが、何かあるのか?
俺たちに何かできることはないのか?」
ヨシュアの中では、すでにマイクも強制参加決定であった。
彼女は困った様な顔をしながら2人に説明をした。
「国に仕えるノロ職と同じように、民間にもユタが居ます。
ただ彼女たちは私たちとは違い生活を国によって保証されていないので、
命がけの高等魔術を使うときは多額の報酬を要求して来るのが通常なのです。
ユタの人数を集めて、高等魔術でこの薬の解析と複製を行うのですが……
どのくらいの報酬を要求されるのか、こちらを考えるのが難しいです」
という。
ヨシュアが
「魔術で医療品の複製ができるのか、まるでファンタジーだな。
……ちょっと待ってろ、見せたいものがあるんだ」
といって彼はすっかり世話になっている宿に向かって走る。
その姿を見た彼女はマイクに、
「……ヨシュアはいつも元気があまっているけれど、大丈夫でしょうか?」
と尋ねる。
マイクは一瞬だけ、砂を噛むような表情を浮かべるが返事を返す。
「あいつは貴女に舞い上がっているから、もし笑顔を見せてくれれば、
例えば空飛ぶ凶暴なドラゴンまで倒して貴女に捧げに来るかもしれないな。
だからあまり酷く扱ってくれないでくれよ?」
複雑な表情を浮かべる彼女へ、彼は新しい話題を振る。
「ユタ達への報酬は、複製した薬で支払ったらどうだ?
マラリアは人を選ばない病気のはずだから、ユタたちだって、
病気には罹患するだろう?
今はできなくても将来、強い魔法なしでも薬を準備できるように、
仕組みも考えていかないといけないし」と
簡潔に提案するとマウシはパッと明るい表情に戻る。
「この国は文字のない昔からマラリアにずっと苦しめられてきました。
こんな形で薬が手に入るなんて、思いもしませんでしたし、
国中のノロやユタなどの魔法使い達が病気の治療に向かえば、
救い切れる命の数が確実に増えます。……嬉しいものですね。」と
微笑む。
「チッ、そういう笑顔はヨシュアにとっておけ。あいつはお前の事を……」
と不機嫌そうに言った所でヨシュアが戻ってきた。早い。
「おーい!救急キット丸ごと持ってきたぞ!」
彼は役に立ちそうな道具を大事そうに持ってきたのだ。
ヨシュアは手のひらに収まる、小さな濃い緑色で包まれた
布の塊を2人の前に差し出す。
紐を解きくるくると広げて見せると、簡易外科用の手術道具や
注射器と消毒液を含む、薄い黄色のプラスチックの袋で梱包された
使い捨てのガーゼや包帯、渡されたキニーネの粉剤の他に、
頭痛薬のアスピリンの粉剤や麻酔用のモルヒネのアンプル、
抗生物質のペニシリンの入ったアンプルや軟膏などが
布のスリットから出てきた。
ご丁寧にペニシリンやマラリアの処置方法を簡潔に英語で書き記した
小冊子まである。
通常の歩兵が持ち運ぶ衛生キットの内容ではなかった。
「はじめての島上陸の時は念押しに、
衛生兵に頼み込んで衛生兵専用のキットを渡してもらっているんだ。
これであのペリリューも生き残れたんだぜ。とっておきのアイテムなんだぞ」
と彼は得意げに笑った。
ヨシュアとマイクが彼女に道具の説明をすると、彼女はヨシュアに
「どれも素晴らしい道具ですね。複製する道具の優先順位を
考えなくてはなりませんが。ヨシュア、あなたの命を守る大切な物
なのに私たちの為に持ってきてくれて、ありがとう」と
笑顔でヨシュアの方を見つめる。
ヨシュアは本当に嬉しい様で、「……コノクライ、ナンデモナイデス」
とカトコトで返事をし直ぐに首までゆでダコの様に赤くなる。
もし悪戯好きな村の子ども達がいたら、
真っ先にからかわれるくらい、分かりやすい反応だった。
ハエバル村に静かな風が吹く。
嵐がやって来る前の静けさが島中を包んだ。
【次のお話は……】
シマヅ家の本拠地にやってきたウシ。
……アポはとってある(目そらし)。
【「旅の場所」沖縄県 うるま市 勝連南風原】
閑話 「オーバーロード作戦」前夜 了
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