第28話
……八原くんや長君とも、戦争が終わったら、
一緒に食事して、夜半まで酒盛りをしたかったなぁ。
今頃、靖国神社に祀られているのかな。向こうでみんな、
酒盛りしているのかなぁ……
満腹になった彼はぼんやりと、とりとめの無い考えと涙を浮かべる。
住職たちは黙々と食事を続け、様子を見ていた。
「笑顔になったと思ったら、泣き出しそうな顔をしよって。
ご飯が足りなかったかの。ほほ」と
笑いながら住職が彼に尋ねる。
「いいえ。とても美味しかったです。ご馳走様でした。
……一緒にいた戦友と食べられたなら
どんなに良かっただろうと思ったのです。お見苦しい所をすいません」と
申し訳無さそうに頭を下げた。
「ふむ。友と食べたかった、と申したの。ご友人はどうなされたのじゃ?」
住職も昼飯を終え、彼の方に集中することにしたらしい。
話を聞きたがっている。
彼は深呼吸をしてから、答え始めた。
「ここから南に遠く離れた琉球と呼ばれる島国をご存知でしょうか?
私はそこで外国と大きな戦を、多くの戦友達と共に3月の間、
昼夜を問わず敢闘し、負けを負う責任感から洞窟で命を断ちましたが……、
何故か先祖の故郷であるはずの薩摩へ流れ着きました。
友と呼んでも差し支えない長君や戦場で長患いをしていた八原君、
各師団の部下たち、故郷の未来を担うはずだった、
たくさんの子ども達まで巻き込んでまで戦ったのです……
……なのに恥ずかしながら、彼らを置き去りにして、
私だけ故郷に帰ってきました」
肩を震わせる彼の目から、握り拳に涙がポタポタと落ちて行く。
声も震えており、相当悔しくてたまらないらしい。
住職は不可解な表情を浮かべ、
「ふむ、噂に聞くリュウキュウか。戦の噂はわしがこの寺にいた頃から、
遡っても無い。しかしお前さんの口ぶりとあの素振りの美しさは本物じゃ。
……仔細はともかく、ウシはとてもとても大切にしていた者たちから
仕方なく離れなくてはならなかったんじゃな。
さぞかし辛かったじゃろうて」
住職は今にも泣き崩れそうな彼の肩を抱き、
止まらない涙を取り出した手拭いでやさしく拭いていく。
小坊主も長老も、言葉が見つからず彼らの側に居るだけしか出来ない。
「本当に恥ずかしいところを、見せてすまなかった」
彼はしょんぼりと周りの者たちに謝った。
住職に借りた手拭いはえらくカピカピになっている。
……やがて落ち着いてきたのか、彼は小さな声で続ける。
「彼の国は元々貿易で成り立っていた小国……
ですがもうすぐ近いうちに徳川の命令で、島津の殿様が琉球へ攻め入ります。
闘うことで私は、沖縄に居る人々をすでに心底傷つけてしまいました。
私の先祖と同じ故郷の者が私と同じように、権力者の命令によって
無辜の民を傷つけてしまうのかと思うと残念でなりません」
住職と長老はそれぞれ言葉を選びながら、
「ウシはどうしたい?立場のことはひとまず置いといて、
気持ちを自由に申してみたらどうじゃ?」
異口同音にやさしく問いかける。
「私はちっぽけな1人の人間に過ぎません。
部下たちも動員した学生たちや住民までも、
私に従ったのではなく、国や軍の命令だから仕方なく従っていたのです。
こんな事言うと軍隊仲間たちから酷く軽蔑されるかもしれないが……
それでも、わたしは徳川や島津に彼の国を攻めて欲しくはない。
あんなに惨たらしい出来事は。私たちだけでもう、充分じゃないか?」
かすれた声と両手で頭を抱えた彼は呟く。
部屋の誰もが、彼の悲痛な心の叫びを黙って聞いていた。
彼はあまりに激しい戦闘経過を思い出し、精神が磨耗して
完全にパッキリと折れているのだ。
ここに居る誰もが知るところではないが、
彼はあの激しい戦争の司令官だった。
戦場へ送り出した士官達に申し訳ないと臨んで向かうには
あまりにも条件が厳しく、
すでに海も空も敵に奪われた兵站の整わない戦地へ赴き、
逃げ出せない不安に怯えて暮らす島に住む住民たちや、
学生たちと他の土地の者で組織された末端の部下たちとの間の
相互理解が、信じられない程薄くても、
どんなに勝算が望めなくても。
それでも彼らは祖国を護るために自身の血と肉、
充分とは言えない僅かな装備を持ってしてでも可能な限り、
時間を稼がねばならなかった。
……誰のために?かけ離れた「異なる世界」に
招ばれてしまった彼の呼びかけにはもう、「答え」がない。
住職は彼の肩をよしよしと抱きながら、
「要はこれから起こる戦を止めたいんじゃの?
しかしお前さんの心はすっかり折れておる。
朝に子ども達に素振りを伝授した偉丈夫と同じ人間とは思えんの。
戦を止める方法を考えるにしても、しばらく休んだ方がよいの」と
優しく休息を勧めた。
長老は「そうじゃった。その為に寺に来たんじゃ。
住職さま、ウシを寺に置いてはくれんかの?」
本来の用件を手早く尋ね、彼は寺へ引き取られる事が決まった。
時間は早い夕方に差し掛かり、柔らかな日差しが彼らを
包み込んでいった。
【次のお話は……】
ウシ、少しずつ回復期に入る(多分)。
【「旅の場所」鹿児島県 鹿児島市 喜入地域】
第28話 壊れた「精神 (こころ)」 了
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