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異世界単騎行 The Battle of Okinawa 1609 ⇄1945  作者: ロータス
第4章 サツマインフェルノ 1604年 水無月
44/159

プロローグ

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 長く砂浜が続くとある国の海岸に、1人年嵩の男が身一つで流れ着く。

 着ている服は海水と砂まみれで腹に切り傷を抱えており、裸足である。


 近隣の漁村に住んでいる漁師達に戸板に乗せられ、救出されたのだ。

 移ろい行く意識の中、ここがあの世なのかと力なく笑い、腹を括った。


 漁村に運び込まれ、次に意識を取り戻した時に世話をしてくれていた

 老婆によると、彼は一週間、眠り続けたという。



 服も清潔だがつぎ当てだらけの着物に替えられ、着ていた服は

 周囲には見当たらない。老婆はニコニコと笑いながら、男を見て


 「流れ着いたのはお前さん1人じゃ。髷も結わんとは、お坊さんかの?」

 と聞き慣れた簡潔な日本語で尋ねてきた。


 「私はお坊さんではないですよ、おばあさん。私のことは、

 どうか「ウシ」と呼んでください。

 古い友達から、そう呼ばれていました」


 男は笑顔で返す。ウシは老婆に、ここはどこなのかを尋ねる。


 「ウシ。ここはシマヅの殿様が治めるサツマの領地のキイレ村じゃ。

 エドのナイフさまとオオザカのジブさまが、

 ここから北の地で大きな戦を起こしよった。

 この村の若い衆がその戦からやっと最近、戻ってきたんじゃ。


 ……がシマヅの殿様は負けたジブさまと組んでおっての。

 勝ったナイフさまにも最近、たくさん削り取られてしまったんじゃ。

 おかげでワシらの払う年貢が嵩んでしまった。

挿絵(By みてみん)


 ……これ。泣いてしまうと疲れてしまうからおよしなさい」

 今度は辛そうな表情で、彼に返事してくれた。

 ウシは「サツマの領地」と聞いて驚き、静かに涙を流している。

 彼の先祖は代々、薩摩に住んでいた武士だったのだ。


 ここがもう、あの防戦一方で悲痛な戦場では無いことを確信して

 老婆の話を聞いていた。少なくとも、艦砲射撃の雨を昼夜分かたず

 無慈悲に受けることも無いのだ。


 ご先祖さま達がせめて、ココに流れ着くように取り計らいを

 してくれたのだろうか。止めどない涙を布で押さえ、包帯代わりの布を

 巻きつけられた腹を撫でながら、彼は心底ホッとしているようだった。


 作戦への重責から自決まで追い詰められた彼にとって、

 ……今は本当にそれが精一杯だった。


 注意深く老婆の話を聞いていると、

 どうやら「関ヶ原の合戦の戦後」がこの村に訪れていたようである。

 戦上手な薩摩国の処遇を、ウシは幼い頃から、家族や仲間内から

 よくよく教えられて育ったので熟知していた。

 

 「あの悲惨な戦場」へ彼が赴き、自決する羽目に至った遠い理由でもある。

挿絵(By みてみん)


 漂着からしばらくして、彼が立ち歩き出来るようになるまで回復すると、

 漁村の若い男衆とも馴染んで行く。

 年嵩のウシは、やがて彼らと一緒に漁に出るようになった。


 漁場から遠く、幼い頃によく見た桜島の姿が見え、

 長閑にもくもくと煙を上げている。

 空は高く、漁には恵まれた日だった。太平洋との境には、

 静かに薩摩富士が控えている。


挿絵(By みてみん)

 彼らは網漁で魚を捕まえて、大漁の魚を獲得してきた。


 「魚とはこんなに色とりどりで鮮やかなものだったのか」と

 ウシは驚き、また癒される。


 南国サツマの海は、黒潮の掛かる土地柄で人々にとっては生活に

 欠かせない豊穣の海だったのだ。


 村の皆が彼の回復を喜び、年貢の代わりに取り上げられた魚の残りや

 貝などを囲み、ささやかなお祝いをしてくれた。


 戦場と遠く掛け離れた、あまりにも長閑な光景が彼を包み込んで行く。



 「セキガハラの大戦は、この村の若い衆を根こそぎ奪っていったからの。

 1人でも村人が増えるのは良いことじゃからの」


 仙人のような風貌の長老が笑いながら彼に声をかける。


 「お前さんはもともと何を生業にしておったんじゃ?

 村人ともすぐ仲良くなったし、短期間で漁の獲れ高まで増えた。


 本当にありがたいと思っておるんだが、これだけの御仁にもし、

 扱いが不十分だったらと不安になっての。

 どうかこの爺ぃの、心の安寧の為に、教えては下さらんか?」と

 静かに問いかけられた。


 彼は「私は元々、陸軍士官学校の校長でした。

 教育者であり軍人で……」と朴訥な自己紹介を始めるが、

 老人はよくわからないという表情をしていたので、


 咳払いをして言い直した。

 確かに「この時代」、彼の経歴を正確に述べられる言葉が無かったのだ。


 「……この時代で言う所のジョウシの大きな寺子屋で

 先生方のまとめ役をしていました。先祖代々目立たない地位の

 サムライで、精一杯シマヅ家に仕えていました」


 老人は返事に目を丸くして驚きの表情で彼を見つめる。

 予想外の答えにオロオロしている。


 どうやら彼のことを、近くの村の流れ者と決めつけて

 安心したかったらしい。


 「他所の家では知りませんが、少なくともうちの家では

 命の恩人である貴方がたに、 乱暴や狼藉などできませんよ」と

 彼は付け加え、老人を優しい声で落ち着かせた。


 長老はすまなさそうに


 「殿様に仕えるサムライは全て、ワシらにとって雲の上のお人じゃ。

 近所のお寺に掛け合って、住まいを移してもらわねばならん。

 住職さまとその後の身の振り方は相談して下さらんか?」


 申し訳なさそうに問いかける。彼は内心残念ではあるものの引き受けた。

 素朴に生きる村人たちの秩序を、妨害してはならないのだ。


 その夜、すっかりお世話になっていた老婆の家で、

 長老とのやりとりを話した。


挿絵(By みてみん)


 「長老さまの判断ともなれば、仕方ないの。村に馴染んで、

 安心しておったのに」静かに老婆は答える。

 「コレはお前さんがこの村に運び込まれた時に、着ていた服の繕いを

 直したものじゃ。受け取れ」と

 綺麗に折りたたまれた茶色い陸軍の礼装が、いくつか欠落している

 ものの略章の付いたまま出される。


 彼はあの島の薄暗い洞窟で割腹自決した瞬間を思い出し、

 苦い汁をのみ下すような表情で出された服を静かに見つめる。


 「……私はあの島で一度死んだが、ここで数日過ごす内に

 未だ生きていると実感できた。この服を振り返って見ていると、

 生きることは掛け値無しに素晴らしい事だと感じてくるな。


 おばあさん、あまり価値はないかもしれないが、

 お礼にこれを差し上げよう」

 彼はただ1つだけ服へ佩いていた勲章を服から外し、老婆へ渡す。

 大きな七宝作りでできた星形の勲章だ。

 おそらく現在では彼以外、この飾りの本当の価値を知る者は居ない。


 老婆は

 「貧しいこの村では偉く珍しい飾りじゃて。

 お前さんを思い出したい時にこっそり見る事にしようか」

 と喜んで受け取ってくれた。


 「本当に世話になりました。また村に立ち寄ることがあったら、

 ご挨拶しますね」彼は名残惜しそうに別れの言葉を告げる。


 老婆はそそくさと服を持ち運びやすいように風呂敷に包み、

 彼へ押しつけるように引き渡す。


 縫い目を観察すると目立たない直しの良い服だが、

 そうでもしないと飄々とした彼は持って行きそうになかったからだ。

 ついでに幾つか、着替えの着物も入れておいた。




 南国の暖かい風が、柔らかく村に吹いている。

挿絵(By みてみん)


 【次のお話は……】

  漂着したキイレ村から、

  新しく住む所を移されてしまうウシ……


 【「旅の場所」鹿児島県 鹿児島市 喜入地域】

挿絵(By みてみん)


  プロローグ 苦海の向こうに「浄土」が見える 了


  ▼二巻カラーイメージPOP▼挿絵(By みてみん)

  作品および画像の無断引用・転載を禁止します。©️ロータス2018

たくさんの作品の中から、本作を読んでいただけて嬉しいです。

ありがとうございます。

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「異世界単騎行」小ネタ帳
(活動報告ページへ移動)
【序章】
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北谷町 桑江宜野湾市 普天間/宜野湾
マイチ浦添沖縄戦
【2章】
バックナー中将と糸満市 名城
首里城跡那覇市 泉崎/国際通り/
久米村 謝名利山
勝連城跡

読谷村 野國 野國総管

【3章】
オリンピック作戦/伝染病について

【4章】
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鹿児島県 旧喜入町と牛島滿中将
鹿児島城跡と島津忠恒
作中救貧作物ビッグレッド冠と簪
【5章】
中城村 当間地域と現地仕様なメイドさん
国王と聞得大君
ウシデーク百十踏揚
うるま市 海中道路
【6章】
加藤清正と黒田長政薩摩焼酎
熊本城跡博多港
徳川家康と近世日本の幕開け

【7章】
i592872
アメリカ合衆国 ケンタッキー 州戦艦ミズーリ
地産地消とンムクジアンダーギー海邦養秀
【8章】
【9章】
ジュゴン
ジュリ売り/糸満売り沖縄戦の戦没者数
【10章】
千姫

【11章】
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島田叡 沖縄県知事



「小説家になろう」投稿分では
こんな感じでイラストを描いたり、

たまぁ〜にAIイラストを作成しています。
 ※AIイラストについては作品掲載は無し、
 活動報告ページで使用感を述べる感じです。
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画像をクリックで関連ページ   (「小説家になろう」活動報告、みてみんブログページへ) に移動します。

※ナシロ村の画像だけ本編エピソードへご案内☆




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